動き出す影
「さて、ここから先、俺ができる事はないだろう」
俺は、デバイスから目を離さずに言った。
モヒカンは肩をすくめる。
「まあ、そうだな」
あっさりした返事だった。
だが、その軽さの裏に、妙な確信がある。
――ここから先は、“土俵が違う”。
そう言われている気がした。
「……俺は、何をしたらいい?」
問いかけると、モヒカンは少しだけ考えた。
いや、考えているフリだな。
こいつは、もう答えを持っている。
「あんたにゃ、ガーデスが付いてる」
そう言って、顎で軽くサイコロを指した。
「好きにしな」
無責任なようでいて、
妙に背中を押す言い方だった。
俺は鼻で笑う。
「……それじゃ、ちょっと情報屋をあたってみるか」
動くなら、そこしかない。
ゴーグルの影は、表の世界には残らない。
残るとすれば――裏だ。
だが、モヒカンは首を横に振った。
「普通の情報屋は無理だぜ」
「……だろうな」
俺も同意する。
あのレベルの話だ。
生半可な連中に聞いても、時間の無駄だ。
「それよりも」
モヒカンの声が、少しだけ低くなる。
「気掛かりなことがある」
俺は眉をひそめた。
「なんだ?」
「あんたが今、匿ってる“お嬢様”がな」
その言葉で、空気が変わった。
頭の中に、あの女の姿が浮かぶ。
震える手。
曖昧な記憶。
そして――あのデバイス。
「……ちげえねえ」
短く答える。
あの女は、ただの依頼人じゃない。
少なくとも、もう“普通”ではいられない場所にいる。
俺は視線を落とし、サイコロを見る。
“1”。
さっきの結果が、やけに引っかかる。
――何かが起きる。
そう言ったのは、モヒカンだったか。
それとも、もっと別の何かか。
「わかった」
俺は、ゆっくりと立ち上がる。
「また連絡を入れる」
「おう」
モヒカンは、いつもの調子で手を上げた。
「頼んだぜ、“選ばれた男”」
「やめろ。その呼び方は」
軽く返して、背を向ける。
ラボの照明が、背中を長く引き伸ばす。
足音が、やけに響く。
――外に出れば、いつもの街だ。
ネオンと騒音。
嘘と金と、どうしようもない現実。
だが、今は違う。
何かが、確実に動き始めている。
俺は、ポケットの中でサイコロを握った。
冷たい。
生きているみたいに。
「……女神様、ね」
小さく呟く。
その答えが祝福か、破滅かは――
まだ、分からない。
ただ一つ確かなのは……。
あの女と、あのデバイス。
そして、ゴーグル。
全部が、同じ線で繋がり始めているってことだ。
「さて……」
俺は夜の空気を吸い込む。
「まずは、お嬢様の様子でも見に行くか」
嵐は、まだ来ていない。
だが――
風向きは、もう変わっていた。




