1 という兆し
「おい、本気で言ってるのか?」
俺が呆れ半分で言うと、モヒカンは即答した。
「俺はいつだって本気だ。女と機械の扱いにはな」
「お前、さっき“女の扱いは下手だ”って言ってたろ」
「それはそれ、これはこれだ」
まるで会話が成立していない。
だが、こいつの場合、それが普通だ。
――問題は、今も“普通じゃない”ことが起きているってことだ。
サイコロは、迷いなく止まっていた。
“1”。
いや――迷っていたのは俺の方だな。
「……へぇ。さすがだな」
モヒカンが、感心したように呟く。
「何がさすがなんだ?」
「やってみりゃ分かるさ」
そう言って、あいつは指を立てる。
「サイコロは6面体だ。
一回投げても、1面しか出ない」
「……当たり前だろ」
「それじゃあ、不公平だろ」
意味が分からない。
「あと5回、振ってもらおうか」
俺は思わず眉間を押さえた。
――こういうところだけは、ゴーグルと同じだ。
“悪趣味”。
何が“不公平”なのか。
天才の理屈は、いつだって理解の外側にある。
だが、ここで拒否するのも馬鹿らしい。
俺は言われた通り、サイコロを手に取る。
冷たい。
妙に、嫌な冷たさだ。
一回。
コトン。
――“1”。
二回。
カラン。
――“1”。
三回。
乾いた音。
――“1”。
四回。
ほんの一瞬、転がり方が揺れた気がしたが。
――“1”。
俺は、無言でサイコロを見つめた。
空間の空気圧すら、どこか歪んでいるような感覚。
不自然すぎる統一。
「な、言ったろ?」
モヒカンが楽しそうに言う。
「今まで5回連続、同じ目だ」
あいつは工具で台に数字を書き殴る。
(1/6)^5
「この確率ってこれだぜ!」
得意満面。
いや、最上級のそれだ。
「……どうせ偶然だろう?」
俺は、わざと軽く言った。
「偶然、な」
モヒカンは肩をすくめる。
「まぁ、誰もが言いそうな、
つまらない“言い訳”ってやつだな」
――最後の一投。
俺はサイコロを強く握る。
金属の冷たさが、掌の汗を嘲笑うように伝ってくる。
「はいはい。俺は知らねぇぞ」
俺は肩を回しながら言った。
「とりあえず投げるぞ」
心のどこかで、くだらないと思っている。
だが、もう一つのどこかが――妙に静かだった。
放る。
サイコロは回る。
さっきまでの“異様な安定”とは違う、
ほんのわずかなブレがあった。
そして――
“4”。
止まりかけた。
「なぁ、だから言ってるだろ」
俺は肩をすくめる。
「偶然なんだよ。それより――」
「まあまあ」
モヒカンが、手をひらひらさせた。
「大声出すなよ。スパーキーが起きちまう……」
遅かった。
カチリ。
小さな音が、空気を切り裂く。
スパーキーの外殻が動いた。
俺の心拍か。
それとも動きか。
――どっちでもいい。
尻尾が、しなる。
金属の鞭みたいに。
「カンッ!」
乾いた衝撃音。
サイコロが弾き飛ばされた。
床を転がる音が、やけに澄んで聞こえる。
鈴の音みたいに、一瞬だけ空間が“綺麗”になる。
そして――止まる。
モヒカンが、ゆっくりとしゃがむ。
拾い上げる仕草に、迷いはない。
まるで、結果を最初から知っていたみたいに。
「……やっぱりな」
あいつは、静かに言った。
「さすが、あんただ」
「おいおい……何がだよ」
モヒカンは工具を指でくるりと回す。
そして、まるで祝辞でも述べるみたいに言い切った。
「こうでなくちゃな」
モヒカンの声が一段上がる。
「“女神様”は退屈が嫌いなんだ」
俺は、言葉を返せなかった。
「……あんたが手ぇ出すと、必ず“何か”が起きる」
サイコロを掲げる。
「だから、あんたが選ばれたんだな」
「はあ?」
思わず声が出た。
「意味がわからねぇ。何が選ばれたんだ」
モヒカンは、答えない。
代わりに、台を軽く叩く。
乾いた音が、静寂に広がる。
「ここからが本番だぜ、相棒」
掲げられたサイコロ。
そこに出ていたのは――
“1”。
あいつは、今日一番の笑顔を見せた。
その笑顔を見た瞬間、
俺の背中に、冷たいものが走る。
――こいつの笑顔は、いつだって嵐の前触れだ。
女神様の気まぐれ、か。
だったら――
この先は、退屈する暇なんてなさそうだ。
少なくとも、
「女神様のご機嫌が良いうちは……」
な。




