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飽きた天才の置き土産


 「……飽きた?」


俺は、思わず聞き返していた。

間抜けな質問だって自覚はある。だが、他に言葉が見つからなかった。


「天才が飽きるってのはな」


モヒカンは、工具台の端に腰を預けたまま続ける。


「凡人が仕事に飽きるのとは、訳が違う。

 凡人は逃げる。天才は――世界の方を作り替えようとする」


嫌な言い回しだ。

だが、妙に納得できてしまう。


「前に一度だけ、あいつがぼやいたことがある」


モヒカンは、記憶を引っ張り出すように視線を落とした。


「“世界がもう、読めすぎる。つまらん”ってな」


読めすぎる。

将棋の名人が十手先を読む、なんてレベルじゃない。


機械の動き、回路の癖、プログラムの揺らぎ。

ゴーグルには、それが全部“声”として聞こえていた。


しかも――

その声が、揃いも揃って単調だった。


「機械に飽きる天才なんて、聞いたことねぇぞ」


「俺もだ」


モヒカンは、鼻で笑った。


「だがな、飽きた天才は次に何をすると思う?」


「……創作か?」


「逆だ」


「逆?」


「壊す」


短い答えだった。

余計な説明は、必要なかった。


誰よりも作り、

同じ手で、誰よりも壊す。


神話の時代は終わったが、

神様みたいな連中だけは、まだ生き残っている。


「最適化しすぎた天才が次に欲しがるのは、

 “予測不能”だ」


制御不能。

思い通りにならないもの。


「……つまり、このデバイスは」


俺は、机の上の金属塊を見る。


「その副産物か?」


「か、あるいは」


モヒカンは、ほんの一瞬だけ言葉を選んだ。


「“飽きる寸前の置き土産”だな」


置き土産にしては、ずいぶんと手が込んでいる。

いや――手が込みすぎている。


「突然変異の天才はな」


モヒカンは淡々と言った。


「やることが読めねぇ。

 だからこそ、消えるときも、普通じゃねぇ」


「……誰かが、確保しようとした可能性は?」


「ある」


「国か?組織か?」


「どれもあり得る」


だが、どれもしっくりこない。

この消え方は、連れ去られた痕じゃない。


「もし、誰かが消したとしたら」


モヒカンは言う。


「“飽きる前に”押さえようとしたんだ」


人類最強の頭脳。

保護とも、利用とも言える。


「……どっちにしても、面倒な火種だな」


「そういうこった」


そして、その火種が――

今、俺の目の前にある。


「で、このデバイスが、ゴーグルの最後の仕事か?」


「今のところはな」


モヒカンは、はっきりと言った。


「ただし――」


「ただし?」


「もし、こいつに“開けるな”って意思が残ってたら」


一瞬、空気が張りつめる。


「俺は、止めるぞ」


機械の声を聞く男は、

機械の遺言も聞く。


技術者ってのは、

作ったものに魂を見てしまう生き物だ。


「……ゴーグルの遺言、か」


「裏切れねぇ」


俺は、軽く息を吐いた。


「でも、本当に開けられるのか?」


モヒカンは、周囲を見渡す。


「見ろよ。このラボ」


配線の色。

棚の配置。


工具の金属光沢が鈍く光を反射する。


どれも――不気味なほど、

あるべき場所に収まって、

美しささえ感じさせる。


「……まさか」


「ほぼ“ゴーグルの設備”のコピーだ」


模倣?

いや、これはもう信仰に近い。


「天才ってのはな」


モヒカンは言う。


「自分を示す印を、わざわざ残さない。

 だからこそ――逆に、目立つ」


そう言って、

金属部品の端を指で示した。


爪ほどの、小さな刻印。


「これは……?」


「“インメルマ”だ」


聞いたことがある。

軍事、航空、いろんな場所で噂になる名前。


「ゴーグルが、一時的に使ってた名前だ」


「気に入らなかったら、即変更」


「刻印も、全部な」


コピー側は、たまったもんじゃない。


「……つまり」


「これはオリジナルじゃない」


コピー品。

だが――半端じゃない。


「良くて、半分」


「半分?」


「ゴーグルのオリジナルが“二百万分の一の精度”なら、

 これは“百万分の五百”ってとこだ」


それでも、市販品の何百倍も危険だ。


「半分でも化け物。

 しかも半分“だからこそ”、挙動が読めねぇ」


天才の癖だけを抽出し、

再現性ゼロ。


「……不純物だけ濃縮した毒、か」


「オリジナルより、タチが悪い可能性すらある」


俺は、ため息をついた。


「マジで、面倒なもん拾ったな」


モヒカンは、口元を歪める。


「歓迎するぜ。ここはそういう“面倒”の処理場だ」


工具の先で床をコツコツ叩く。


「サッカーで言えば、五対十のハンデ戦だな」


「かなり不利だぞ」


「でもな」


モヒカンは、こめかみを指で叩いた。


「こっちには、スーパースターが二人いる」


「……誰だよ」


自分の胸を叩き、

次に俺の肩を軽く押す。


「俺と――あんただ」


「……やれやれ」


俺は、鼻で笑った。


「勝ち筋は?」


「決まってる」


モヒカンは、真顔で言った。


「ゴーグルが、なぜ飽きたのか。

 それを暴く」


俺は、机の上のデバイスを見る。


ただの金属塊。

だが――確かに感じる。


意志の残り香。


「……つまり」


俺は、小さく呟いた。


「こいつは、挑戦状だな」


モヒカンは、楽しそうに笑った。


「やっと、同じところに立ったな」


静まり返ったラボで、

デバイスが、わずかに軋むような音を立てた。


――まるで、

こちらを見ているかのように。



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