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探偵は静かに語る……。  作者: てきてき@tekiteki


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ゴーグルという名の異常

 モヒカンが言った。


「俺も、直接隣で仕事してたわけじゃない。

 まぁ……ある機関の装備開発をしていた頃の話だ」


その言い方だけで、十分だった。

“ある機関”。

そう呼ばれる場所は、大抵、表に出せないものを抱えている。


民間の修理屋が扱うネジ一本とは違う。

武器、監視装置、航空機――時には国家の威信そのもの。

そういう世界の技術者は、狂気と天才を、同じ作業台の上で飼っている。


「その頃から、職人と関わってたってことか」


俺がそう言うと、モヒカンは短く頷いた。


「ああ。でな。その中に――異常なやつがいた」


異常、か。


その単語を口にした瞬間、

やつは軽く笑った。だが、目だけが笑っていない。


普通じゃ理解できないものを見た人間の目。

説明不可能な才能に触れた者だけがする視線だった。


“異常”という言葉でしか包めない天才が、この世にはいる。

そして、そういう連中は、決まって他人の理解を求めない。

周囲に合わせて壊れるくらいなら、一人で飛び続ける。


「コードネームは、“ゴーグル”だ」


「……理由は?」


「年中ゴーグル付けてたから」


「そのまんまだな」


「コードネームっていうより、愛称だな」


確かに雑だ。

だが、こういう雑さは、時々とんでもない当たりを引く。


世界に一人しかいないような技術者に、

肩書きも賞状も似合わない。

“ゴーグル”という単語は、妙に収まりがよかった。


「腕は本物だった」


モヒカンは続ける。


「あいつは機械を見ただけでな、

 “どう壊れてて、あと何時間で死ぬか”まで分かった」


「……機械の余命診断か?」


「そういうことになるな」


「なんだそれ。凄腕の占い師かよ」


機械の余命を見抜く。

人の身体の声を聞く医者より、ずっと無機質で、残酷で、正確な仕事だ。


機械は正直だ。

ひび割れも、摩耗も、金属疲労も、全部黙っているだけで隠してはいない。

ただ、その声を、普通の人間は聞き取れない。


――ゴーグルには、それが聞こえてしまった。


「分解し始めたら、手が止まらねぇ」


モヒカンが言う。


「図面なし。資料なし。計測器なし」


「おいおい。子供の分解遊びと同じじゃねぇか」


「違う」


即答だった。


「子供の分解は“壊す”遊びだ。

 ゴーグルの分解は、“理解する”本能だ」


部品の境界を目で追っているんじゃない。

構造そのものを、頭の中で透視している。


器具も図面もいらない。

あいつの脳が、その役割を果たすからだ。


天才ってのは、本当に腹立たしいほど効率的だ。


「それでいてな」


モヒカンは肩をすくめる。


「バラした時より、精度を上げて組み直すんだ」


理屈じゃない。

数値なんて、あまり意味を持たない世界。


「さっきの戦闘機の話みたいだな」


「同じ手合いさ」


ゴーグルが触ると、すべてが三割は性能アップする。

“バフが掛かる”。

有名な話だったらしい。


「人力バフかよ」


「あいつは“機械の声が聞こえる”って言ってた」


嘘か本当かは知らない。

だが、世界の創造主は往々にして、常識の外側にいる。


ゴーグルも、きっとその一人だった。


俺は、目の前のデバイスを見る。

どこにでもある金属塊にしか見えない。


だが――モヒカンの声色が変わった。

過去を噛みしめて、吐き出すような声音。


「こいつを最後に触ったのは、間違いなくゴーグルだ」


「確信あるのか?」


普通、こいつは“確信”なんて言葉を軽々しく使わない。

だが今回は、迷いがなかった。


天才の作法は、意外なほど露骨に残る。

字で分かる書道家の癖みたいなものだ。

ハンダ一滴にも、人間の性格は滲む。


「癖が残ってる」


締め方、ハンダ、結線、配置。

すべてが独特で、すべてが異常に整っている。


「あいつはトルクを“指で”測る」


「……生き物としてバグってるだろ」


「バグじゃねぇ。“生きた測定器”だ」


合理性を超えた天才は、進化じゃない。

突然変異の領域だ。


「……つまり、このデバイスはまだ死んでない?」


「むしろ逆だ」


モヒカンは、金属を見つめながら言った。


「ゴーグルの手が入った、“完全体”に近い」


問題は――そこじゃない。


「ゴーグルが消えた理由だ」


天才が消えるとき、世界は必ずざわつく。

金の匂いがするからだ。


国、組織、武装集団。

欲しがる連中はいくらでもいる。


だが――今回は違った。


電源は遮断。

ネットワークは完全遮断。

監視カメラは“正常”。


それなのに、映像には、

とある映画の一場面が差し込まれていた。


ありえない。

だからこそ、意図的だ。


異常を、普通の顔で置いていく。

一番、気味の悪いやり方。


「国家レベル……か?」


「国家なら、まだマシだ」


この欠落の仕方は、“意志を持った”消し方だった。


世界から抜け落ちたんじゃない。

自分で、“誰にも触れさせず”消えた跡。


「ただの技術者じゃなかったってことか」


「ああ」


ゴーグルが扱っていたのは、

機械と会話するレベルじゃない。


――機械と、対等に交渉できる技術。


公表されなかった理由は簡単だ。

あいつ以外、誰も扱えなかった。


「AIが、誰の言うことも聞かなかった」


天才を消す理由なんて、いくらでも思いつく。

だが、消え方だけが説明できない。


沈黙のあと、モヒカンがぽつりと言った。


「……もしかしてな」


「なんだよ」


「飽きたんじゃないか」


「……飽きた?」


研究に。

仕事に。

“作ること”そのものに。


天才が飽きると、世界が歪む。

最適化しすぎた天才が次に求めるのは、予測不能。


制御不能。


「作ったら……壊すのか?」


「そうだ」


飽きた天才ほど、厄介な存在はいない。


そして――

このデバイスは、その置き土産かもしれない。


モヒカンは静かに言った。


「……多分な」

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