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職人魂

「だがな……ここはもう、人間の手で操れる精度じゃない」


モヒカンはそう言い切り、作業台の上を一瞥した。

俺も正直な感想を口にする。


「だろうな。俺なんか、まったく歯が立ちそうにない」


やつは返事の代わりに、ピンセットを指さし、指で軽く弾いた。

「カンッ」という乾いた音が、地下ラボに小さく反響する。

まるで、これですら荒すぎると示すみたいな仕草だった。


「これを手で? 俺だって無理だ」


モヒカンは淡々と言う。


「こいつはな……おそらく二百万個作って、一個、生まれるかどうか。そのレベルだろうな」


「人の手じゃ触れない精度で作って、さらに選別かよ」


「そりゃそうだ。どんな工業製品にも、公差ってもんがある」


「ああ、寸法に幅を持たせるってやつだろ」


やつは頷き、引き出しを開ける。

取り出したのは、米粒ほどの極細基板だった。

手のひらに載せて見せるその姿は、もはや部品というより“粒子”に近い。


「寸法だけじゃねぇ」


声が少しだけ低くなる。


「質量、電圧、電流、抵抗、温度、湿度……この世に存在する揺らぎ、その全部が関わる」


「小難しい話はいい。それで、どうなる? 何が言いたい」


「揺らぎがあるってことはだな」


モヒカンは基板を戻し、俺を見た。


「その揺らぎの中で、“びっちり型にハマる”個体が、必ず出てくるってことだ」


「……そういうもんなんだろうな。お前が言うなら」


やつは椅子を片足で引き寄せ、座り直しながら鼻で笑った。


「聞いたことないか? 昔話だがな」


「昔話は梨太郎しか知らないぞ」


「あれは昔話じゃねぇ。シュールなコメディだ」


一拍置いて、


「……まあいい」


モヒカンは小さな工具箱を開き、軍用部品らしき金属片をつまみ上げた。

見たことのない規格刻印が、薄暗い光を弾く。

それを、ひょいと投げる。金属片は俺の手元に落ちた。


「ある国の戦闘機を、日本が購入した。輸出用の軍事機器ってのはな、“モンキーモデル”って言って性能を落とす」


「自分たちにとって脅威になるもんを、他国に売る。防衛策ってわけか」


やつは腕を組み、足先で床をトントンと叩く。

低く、金属的な音。


「だがな……運が悪かった」


「何があった」


モヒカンは体を前に傾け、俺の目をまっすぐ射抜いた。


「二百万分の一の“ハマりすぎた精密品”が、たまたま輸出用に紛れちまったんだ」


「……つまり、弱体化したはずの機体が」


「本国の最新機より、“強く”なった」


「笑えねぇな」


「笑えねぇよ。だが、これが揺らぎの怖さだ」


モヒカンは手を伸ばし、デバイスをそっと撫でた。

相手の呼吸を読むみたいな、職人の手つきだった。


「で、このデバイスだが……その“偶然の怪物”と同じ匂いがする」


「偶然で作られた、怪物級の一品ってわけか」


「ああ。そしてな」


やつは続ける。


「それをさらに選別し、“誰かが意図的に、その偶然を利用してる”」


椅子の背にもたれ、つま先で床をコツ、コツと刻む。

昔話を思い出す時の、癖みたいな動き。


「それともう一つ。忘れてた……いや、侮ってた」


「なんだ」


モヒカンは指を一本立て、暗がりでゆっくり振った。


「日本人の“職人魂”だ」


「職人魂?」


「そうだ。例の戦闘機の話だがな。日本人はまず、全部バラした。ねじ一本残さず、完全分解だ」


「契約違反になるブラックボックスとか、あるだろ」


「そんなのは、おもちゃ同然だ」


俺は目を細めた。

その徹底ぶりには、妙な既視感がある。


「コピーでも作る気だったのか」


「コピー? それならまだ良かった」


モヒカンは工具棚から古びたマイクロメータを取り出し、手のひらで回しながら続ける。


「採寸後、組み上げ精度、締め付けトルク、バックラッシュのクリアランス……必要な“全て”を再計算した。しかも、完璧な値を目指してな」


「それでも、同じもんが出来るんじゃないのか」


「違う」


即答だった。


「同じ形に見えるだけで、性能は……三割アップした」


俺は椅子の肘掛けを軽く叩く。


「三割? モンキーモデルが逆輸入レベルに化けたってことか」


モヒカンは口角を上げた。

怪物を前にした技術屋の笑みだ。


「で、このデバイスとの関係だが」


デバイスを持ち上げ、ライトにかざす。

青白い光が、内部で複雑に反射する。


「この“三割のバフ”、こいつも受けてる」


「職人技ってことか」


「そうだ」


やつはさらに続ける。


「二〇〇〇年代のロケット、ノーズコーンの話を知ってるか」


「鋳造か、複合材のプレス成形じゃないのか」


モヒカンは首を横に振り、机を指でトントン叩いた。


「手作業だ。“絞り加工”。日本の中小企業にしか出来なかった技術だ。ロケットの最重要部を、町工場の親父が、絞りベラ一本で作ってた」


俺は黙って息を吐き、デバイスを見る。


「……じゃあ、この中にも“職人の痕跡”があるってわけか」


「ああ」


モヒカンの声は、少しだけ熱を帯びる。


「機械じゃ絶対に作れない、“揺らぎの中の完璧”。その領域に踏み込んだ奴が、これを仕立ててる」


紫のモヒカンが、わずかに震えた。

高揚か、恐れか、それとも純粋な好奇心か。

区別はつかない。


「問題はな」


やつは静かに言う。


「そんなことが出来る職人が、今の世に何人残ってるかだ」


「……心当たりがあるのか」


モヒカンの笑みが、すっと消えた。

瞳の奥に、冷たい金属光が宿る。


「一人だけだ。“狂った天才”と呼ばれた技術屋が、確かに存在した」


「そいつが、このデバイスを?」


「まだ断定はできねぇ」


一拍。


「だが……匂いが似てる」


俺は、冗談めかして言った。


「もしかして、そいつはお前より立派なモヒカンを――」


「ああ、もちろんさ」


モヒカンは肩をすくめた。


「人類皆兄弟、ってやつだな」


地下ラボに、乾いた笑いが落ちた。

だが、その奥で、確実に“次の厄介事”が目を覚まし始めていた。

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