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ボックス

「……こっちの話もしていいか?」


俺は椅子の背にもたれたまま、靴底で床に転がっていたボルトをコロコロと転がした。

金属が乾いた音を立てて転がり、どこかで止まる。

この工房じゃ、物は勝手に居場所を決めるらしい。


「どうぞ。なんでも聞くぜ」

紫のモヒカンは、古いランプのスイッチを指で弾いた。

橙色の光がぱっと灯り、二人分の影だけが壁に揺れる。

明るさは最低限でいい。この場所じゃ、光は主役じゃない。


「あの、例のボックスだ」

俺は椅子の背にもたれたまま、靴底で床に転がったボルトをコロコロと転がした。

「RXが欲しいんだが……この山の中に、あるかな?」


煙草を指に挟んだまま、火をつけるかどうか迷う。

フィルターをゆっくり回し、時間を稼ぐ。


「何年製のやつだ?」


やつは引き出しを開け、端末に指を走らせ始めた。

動きに無駄がない。考える前に手が動く手合いだ。


「何年製だと?

 年代で、そんなに違うのか?」


「色々だよ」


やつは画面から目を離さずに言う。


「ここに来るまでに、

 誰の手を渡り歩いてきたかですら変わる」


「……そうなのか」


「そんなもんさ。

 そいつの“記憶”ってやつだ」


俺には縁のない世界だ。

だが、縁がないからこそ、ここに来ている。


「まぁ、俺には分からない話だがな。

 前に……貰ったやつがあっただろ」


俺は言葉を切り、煙草で空中を指した。


「貰った?」


やつの手が止まる。


「俺はあげたつもりはないぜ。

 ちゃんと、こっちも色々いただいてる。

 ……今もな」


工具の先が、俺を指す。


「わかった、言い直そう。

 譲ってもらったやつだ」


その瞬間、やつの動きが完全に止まった。


「……98年だな」


短く、だが確信に満ちた声。


「わりと頑丈なやつだ。

 知ってるか?

 ある国の財政部門は、あれを使ってハッキングされた」


「知ってるさ」


俺は薄く笑った。


「あれだけ熱心に買い集めた国債が、

 一夜で子供銀行券に変わった事件だろ?」


煙草で「あれが、あれに」という、いい加減なジェスチャーを作る。


「便宜上だ」


やつは顎をさすりながら言った。


「データの世界の話だ。

 実際の紙幣じゃない。

 だが、裏付けとなるデータが消えた」


引き出しが閉じる。


「つまり――信用がすべて消えた。

 信用のない物に、価値はない」


「……で、そのボックスが」


俺は一拍置いた。


「負けたんだよな」


やつの手が止まり、身体ごとこちらへ向く。


「負けた?

 あれが?

 国際的なハッキング大会でも活躍した代物だぞ?」


「どういう意味だ、って顔だな」


「ああ」


俺は煙を吐いた。


「負けたどころか……

 見事に焼かれた」


金属音が、工房から消えた。


「……あれを焼いた?」


声が、わずかに低くなる。


「何が?」


「デバイスだよ。

 結構、旧型のな」


「おいおいおい……正気か?」


やつは片眉を吊り上げ、両手を上げて笑った。


「そんな話、聞いたことがないぜ」


「聞いたことがないから、

 起きないって言えるのか?」


俺は肩をすくめ、足元の空き缶風の何かを軽く蹴飛ばした。


「なんだよ、今日は哲学ぶるじゃねえか」


やつは無駄に深呼吸をしてみせる。

……少し、興味を持ち始めたらしい。


「なんなら、詩の一つでも読むか?」


俺は人差し指を立てて制した。


「やめてくれよ、冗談だ」


やつは苦笑し、すぐに表情を切り替える。


「で、そのデバイスってのは……

 やばいのかい?」


唇の端が、ゆっくりと吊り上がる。

目がギラついてきた。

――かかって来やがった。


俺は決め台詞の準備を整える。

顎を少し引き、一度だけ深く目を閉じる。

それから、やつの目を見て言った。


「……かなりな」


視線を横に流す。

いつの間にか、やつのモヒカンがピンと立っていた。

水をやった覚えはない。

なのに、やけに元気だ。

心なしか、少し伸びて見える。


「なんだ。

 興味ありそうな顔だな?」


やつは俺を二度見し、


「……当然だろ?」


と、子供みたいに呟いた。


――俺が、

やつの好奇心に火をつけた瞬間だった。


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