22 港町の夜
1 早朝の出発
まだ暗いうちに、私は起きた。
今日は港町へ行く。
先王陛下のために、魚醤を手に入れる。
昨夜、父さんから聞いた。
「港町まで片道で半日かかる。だから1泊することになる」
1泊。
王都の外で眠る。
生まれて初めてだ。
「リナ、忘れ物はない?」
母さんが心配そうに聞く。
「大丈夫」
小さな荷物。着替えの下着と、少しの身の回り品。
「気をつけてね」
「うん」
外に出ると、箱型の馬車が待っていた。
ヴァレリウス卿と、御者が1人。
「おはよう、リナ、トム」
ヴァレリウス卿が迎えてくれた。
「この馬車は、今回のために借りた。御者はロベルト。信頼できる男だ」
御者が軽く会釈する。
「よろしくお願いします」
父さんが頭を下げた。
馬車に乗り込む。
箱型の馬車。
荷馬車と違って、雨風を防げる。
座席もある。
私たち庶民にとっては、とてもありがたい。
「港町まで、片道で半日ほどだ」
ヴァレリウス卿が説明した。
「今夜は港町の宿に泊まり、明日の朝、王都に向けて出発する」
半日。
私は少し緊張した。
王都から出るのは、生まれて初めてだ。
前世では、電車や車で色々なところに行った。
でもこの世界では、ずっと王都の中だけで生きてきた。
「リナ、大丈夫かい?」
父さんが優しく聞く。
「うん。楽しみ」
私は正直に答えた。
馬車が動き出す。
新しい冒険が、始まった。
2 王都を出る
馬車は王都の門を出た。
見慣れた城壁が、だんだん小さくなっていく。
道は舗装されていない。
馬車が揺れる。
でも、窓から見える景色が新鮮だった。
「あ、麦畑だ」
広い、広い麦畑。
風が吹くと、麦が波のように揺れる。
「綺麗…」
「ああ。秋の収穫が楽しみだね」
父さんが言った。
金色の麦。
王都では見たことがない景色。
しばらく走ると、小さな村が見えた。
「あそこで、少し休憩しよう」
ヴァレリウス卿が馬車を止めた。
村の井戸で水を飲む。
冷たくて美味しい。
村の人たちが、物珍しそうに私たちを見ている。
「こんにちは」
私が挨拶すると、子供たちが恥ずかしそうに手を振った。
3 森と海
再び馬車に乗る。
今度は森の中を通った。
木々が馬車の両側に並ぶ。
鳥の声が聞こえる。
「森って、こんなに大きいんだ」
前世では、公園の木々しか見たことがなかった。
でもこれは、本物の森だ。
木漏れ日が、道を照らしている。
「ああ。この森を抜けると、もうすぐ港町だ」
ヴァレリウス卿が言った。
そして、森を抜けた瞬間。
「わあ…!」
私は思わず声を上げた。
海だ。
青い、青い海。
前世では何度も見たはずなのに。
この世界で初めて見る海は、まるで違って見えた。
「初めて見るよね」
「うん」
「海は、いいものだね」
父さんが優しく笑った。
潮の香り。
波の音。
遠くに、白い帆の船が見える。
港町に近づくにつれ、魚の香りが強くなる。
「着いたよ」
馬車が止まった。
私は窓から身を乗り出して、港町を見た。
活気がある。
王都とは違う、賑やかさ。
漁師たち、船乗りたち、商人たち。
市場は朝から賑わっていた。
4 魚醤の入手
「ここだ」
ヴァレリウス卿が小さな店の前で止まった。
看板には「異国の食材」と書いてある。
店に入ると、見たことのない香辛料や調味料が並んでいた。
色とりどりの香辛料。
不思議な形の瓶。
どれも、王都では見たことがないものばかり。
「魚醤はあるか?」
ヴァレリウス卿が店主に尋ねる。
「ありますよ。こちらです」
店主が奥から瓶を持ってきた。
茶色い液体。
独特の香り。
「これ…!」
私は確信した。
先王陛下が言っていた、あの調味料だ。
「これをいただこう」
ヴァレリウス卿が代金を払う。
私は大切に瓶を抱えた。
これで、陛下に美味しい料理を作れる。
5 港町の宿
市場を歩いて、色々なものを見た。
新鮮な魚。
珍しい貝。
海藻。
見るもの全てが新しい。
「そろそろ宿に向かおう」
ヴァレリウス卿が言った。
「良い宿を知っている」
ヴァレリウス卿が案内してくれた。
港町の、清潔な宿。
部屋の窓からは、海が見えた。
「綺麗…」
私は窓から海を眺めた。
青い海。
白い帆の船。
カモメが飛んでいる。
「少し休んだら、夕食を食べよう」
父さんが言った。
私は荷物を置いて、ベッドに座った。
柔らかい。
初めて、王都以外で休む。
不思議な気分だった。
6 港町の夕食
夕方、宿の食堂に降りた。
漁師や船乗りたちが、食事をしている。
賑やかな雰囲気。
港町独特の活気がある。
「今日の獲れたての魚だよ」
宿の主人が料理を運んできた。
大きな皿に、薄く切られた白身魚。
その上に、オリーブオイルがかかっている。
緑色の香草。
レモンの薄切り。
「生の魚…?」
私は驚いた。
「新鮮だから食べられるのだ」
ヴァレリウス卿が説明する。
「港町ならではだね」
父さんが言った。
恐る恐る、1切れ口に入れる。
「…美味しい!」
魚の甘み。
オリーブオイルのコク。
香草の爽やかさ。
レモンの酸味。
全てが調和している。
「魚醤は使ってないのに、こんなに美味しい」
「調理法が違うんだね」
父さんが感心している。
「王都ではこんな食べ方はできない。港町は新鮮な魚が手に入るからな」
ヴァレリウス卿が言った。
「だから、シンプルな調理でも美味いんだ」
他にも、香草で焼いた魚、海鮮のスープ、貝の蒸し焼き。
どれも美味しかった。
「これは勉強になるね」
「うん。うちのお店でも作ってみたい」
「でも、新鮮な魚が手に入るかな」
「うーん…」
確かに、王都では難しいかもしれない。
でも、何か工夫できるかもしれない。
私は考えながら、食事を楽しんだ。
7 夜の港町
部屋に戻ると、窓から海が見えた。
月明かりが、海を照らしている。
「波の音が聞こえる」
「そうだね」
父さんが窓を開けてくれた。
「不思議…王都では聞いたことない音」
波が、ゆっくりと岸に打ち寄せる。
引いていく。
また、打ち寄せる。
初めて、王都以外で眠る。
前世では当たり前だったのに。
この世界では、大冒険だ。
明日、王宮に戻る。
先王陛下に、魚醤を使った料理を作る。
きっと、喜んでくれるはず。
「楽しかったかい?」
「うん!」
「また、いつか来ようね」
「約束だよ」
私はベッドに入った。
波の音を聞きながら、眠りについた。
8 エピローグ
翌朝。
波の音で目が覚めた。
窓を開けると、朝日が海を照らしている。
「綺麗…」
昨日とは違う、オレンジ色の海。
「さあ、王宮に戻ろうか」
ヴァレリウス卿が言った。
「はい!」
私たちは馬車に乗り込んだ。
港町を後にする。
私は魚醤の瓶を大切に抱えた。
陛下、待っててください。
きっと、美味しい料理を作ります。
そして、笑顔になってもらいます。
馬車は王都に向かって、走り出した。
次話もお楽しみに!




