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下町の定食屋の看板娘は、元社畜の料理探偵~現代知識で謎と胃袋を掴みます~(連載版)  作者: chestnut


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16/29

16 7歳の誕生日とふわふわパン

1  完璧なレシピ


朝日が昇り始める頃、厨房では慎重な作業が続いていた。


「まず、小麦粉をふるいにかけます」


ハンスさんが丁寧に小麦粉を扱う。


「ダマをなくして、空気を含ませるんです」


真っ白な粉が、ふわりと器に落ちていく。


「次に、ビールの泡を温めた水で溶きます」


父が慎重に温度を確認しながら、水を用意する。


「熱すぎても冷たすぎてもダメなんですね」

「ええ。人肌くらいの温度が一番良いんです」


そこに卵を割り入れ、ミルクを加える。


「卵とミルクが入ると、色が変わりますね」


私が観察する。液体が黄色がかった美しい色になっている。


「さあ、小麦粉と混ぜ合わせます」


ハンスさんが慎重に液体を粉に加えていく。

最初はポロポロしていた生地が、徐々にまとまってくる。


「ここからが大事です。しっかりこねましょう」


ハンスさん、父、そして私の3人で、生地をこね始めた。


「押して、折りたたんで、回して、また押して」


リズミカルに手を動かす。

10分、20分…


「生地が変わってきましたね」


父が言った。

確かに、最初はべたついていた生地が、今では滑らかで弾力がある。


「これが小麦粉独特の粘りです」


ハンスさんが説明する。


「十分にこねたら、一次発酵です」


生地を丸く整えて、温かい場所に置く。


「さあ、待ちましょう」



2  発酵の時間


数時間が経った。

その間、母が店の準備を始め、常連客たちに声をかけていた。


「今日はリナの誕生日なの。良かったら、お店に来てくれないかしら」

「もちろんです!」


ガレスさんが快諾してくれた。


「グレゴールさんにもエリアスにも声をかけておきますね」


厨房に戻ると、生地は見事に膨らんでいた。


「おお…」


3人は感嘆の声を上げた。

昨日までの試作とは明らかに違う。卵とミルクが入ったことで、生地がより滑らかに、美しく膨らんでいる。


「一度空気を抜いて、成形しましょう」


ハンスさんが優しく生地を押す。

シューッという音と共に、生地がしぼむ。


「いくつかの形に分けましょう」


大きな丸いパン、小さな丸いパン、そして長い形のパン。


「それぞれ違う食感になるかもしれませんね」


父が言った。


「では、二次発酵です」


再び温かい場所に置く。


「あとは…待つだけです」



3  常連客たちの到着


昼が近づく頃、店には常連客たちが集まり始めていた。


「リナちゃん、誕生日おめでとう!」


ガレスさんが笑顔でやってくる。


「ありがとうございます、ガレスさん」

「これ、つまらないものだが」


グレゴールさんが包みを差し出してくれた。


「開けてみてください」


開けてみると、綺麗なリボンが入っていた。


「きれい!ありがとうございます!」

「リナちゃん、素敵な7歳を」


エリアスが竪琴を抱えてやってきた。


「後で歌を歌いますね」


そして最後に、ヴァレリウス卿が堂々と入ってきた。


「ふん。誕生日だそうだな」


相変わらずぶっきらぼうだが、彼なりに祝福してくれているのが分かる。


「さて、例のパンはできたのか?」

「今、最後の工程です」


父が答えた。



4  焼成


厨房では、ハンスさんが二次発酵を終えた生地を見つめていた。


「完璧です…」


生地は美しく膨らんでいる。


「では、焼きましょう」


慎重に窯に入れる。

焼いている間、厨房には今までで一番素晴らしい香りが広がった。

甘く、香ばしく、それでいて優しい香り。


「良い香りだな」


ヴァレリウス卿が厨房の方を見る。


「ああ、腹が減ってきた」


ガレスさんが笑う。


「早く食べたいですね」


グレゴールさんも期待に満ちた表情だ。



そして…


「できました!」


ハンスさんの声が響いた。

窯から取り出されたパンは、黄金色に輝いていた。

大きな丸いパン、小さな丸いパン、長いパン。どれも美しい。


「これは…」


父が息を呑んだ。


「完璧だ」


ハンスさんが慎重にナイフを入れる。

切り口からは、湯気が立ち上る。

中はふわふわで、細かい気泡がたくさん入っている。クリーム色の美しい断面。


「食べてみましょう」


3人で一口食べた。

柔らかい。ふわふわだ。

卵とミルクの優しい味わいが口の中に広がる。

小麦粉の甘み、ほんのりとした塩味、そして全体を包む優しさ。


「できた…!」

「これだ…これが作りたかったパンだ!」


ハンスさんの目に涙が光った。

「すごい…本当にふわふわだ」


私も感動していた。


「ついにできたましたね」


父も満足そうに頷いた。



5 誕生日パーティー


「皆さん、お待たせしました!」


母が明るく声をかけた。

テーブルには、母が準備した特別な料理が並んでいる。

そして中央には、完成したばかりのふわふわパンの山。


「リナちゃん、7歳のお誕生日おめでとう」


ハンスさんが、ふわふわパンを差し出した。


「これは君と君のお父さん、そして私の、3人の協力で生まれたパンだ」

「ありがとう、ハンスさん!」


私は嬉しくて、涙が出そうになった。


「さあ、みんなで食べましょう!」


母が笑顔で言った。

常連客たちが、ふわふわパンを手に取る。


「では、いただきます」


ガレスさんが一口食べて、動きが止まった。


「これは…!」


目を丸くする。


「うまい!こんなに柔らかいパンは初めてだ!」

「なんという…」


グレゴールさんも感激した様子だった。


「これは…王宮でしか食べられないと思っていた味だ。いや、それ以上かもしれない」

「まるで雲を食べているようです」


エリアスが詩人らしい表現をする。


「優しい味が、心に染み渡ります」


全員の視線が、ヴァレリウス卿に集まった。

彼は一口食べ、目を閉じた。

長い沈黙。

やがて、ゆっくりと目を開けた。


「これだ」


彼の声は、珍しく柔らかかった。


「これが、あの時食べた王宮の白パンの味だ」


一同が息を呑む。


「いや…それ以上かもしれん」


ヴァレリウス卿が続ける。


「技術と工夫と、そして心が込められている。見事だ、ハンス、ヨハン、そしてリナ」

「ありがとうございます…」


ハンスさんは感激で言葉が出ない様子だった。



6  7歳のリナ


「リナ」


父が私を呼んだ。


「7歳の誕生日、おめでとう」

「うん!」

「お前の知恵のおかげで、また一つ新しいものが生まれた」

「でも、ハンスさんと父さんがいなかったら、できなかったよ」


私は素直に答えた。


「私一人じゃ、何もできなかった。」

「そうだな」


 父が優しく微笑んだ。


「みんなで協力したからこそ、完成したね」

「これが、本当の意味での『作る』ということなんですね」


ハンスさんが感慨深げに言った。


「一人では限界がある。でも、協力すれば、想像以上のものが生まれる」

「そうね」


母が私を抱きしめた。


「リナ…あなたは本当にすばらしいわ」


母の目には涙が光っていた。


「まだ7歳。まだまだ小さいけど、こんなに素晴らしいことができるなんて」

「母さん…」

「これからも、みんなと一緒に、色々なことに挑戦していってね」

「うん!」


私は力強く頷いた。



7  エリアスの歌


「それでは」


エリアスが竪琴を構えた。


「リナちゃんのために、歌を」


優しい音色が響く。


「小さな少女の 大きな知恵

父の技術と 職人の心

三つが合わさり 奇跡が生まれた

黄金色の 優しいパン」

「常連客たちの 温かい笑顔

家族の愛と 友の支え

七歳の誕生日に 咲いた花

これからも 共に歩もう」


エリアスの歌声に、みんなが聞き入っていた。

歌が終わると、自然と拍手が起こった。


「素敵な歌をありがとう、エリアス」


私は心から感謝した。



8  新しい絆


パーティーが終わり、客が帰り始めた頃。

ハンスさんが残っていた。


「この『ふわふわパン』を、私の店でも売りたいと思います」

「もちろんですよ」


父が答える。


「あなたが作ったパンですから」

「いえ」


ハンスさんは真剣な目で言った。


「これは私たち3人で作ったパンです。いえ、ヴァレリウス卿の助言もあった。みんなで作ったパンです」


ハンスさんは深く頭を下げた。


「これからも、協力させてください」

「こちらこそ」


父が手を差し出し、ハンスさんと握手を交わした。


「うちでも、ハンスさんのパンを使わせてもらえますか?」


私が尋ねると、ハンスさんは大きく頷いた。


「もちろんです!リナちゃんのアイデアで、もっと色々なパン料理ができそうですね」

「サンドイッチも、このふわふわパンで作れるね!」


私は前に作ったサンドイッチを思い出した。


「あのサンドイッチが、もっと美味しくなりますよ」

「それは素晴らしいです!」


母も嬉しそうだ。


「陽だまり亭と麦の穂亭。これからも、一緒に美味しいものを作っていきましょう」

 

ハンスさんが笑顔で言った。



9  夕暮れの約束


夕暮れ時、ハンスさんが帰っていく。

手には試作品のふわふわパンの山。明日から店で売るための準備だ。


「ハンスさん、頑張ってください!」


私は手を振った。


「ありがとう、リナちゃん。また来ますね!」


ハンスさんも手を振り返してくれた。

その後ろ姿を見送りながら、私は思った。

前世では、パンは当たり前だった。スーパーに行けば、いつでも買えた。

値段も安かった。誰も、パンの作り方なんて気にしなかった。

でもこの世界では、みんなで協力して、試行錯誤して、何日もかけて、やっと生まれた宝物なんだ。

一つ一つの材料、一つ一つの工程に意味がある。

小麦粉の粘り。酵母の力。こねる技術。発酵の時間。卵とミルクの優しさ。

そして何より、作る人の心。



10  7歳の決意


「リナ、何を考えているの?」


母が優しく尋ねた。


「ううん、なんでもないよ」


私は笑顔で答えた。


「7歳になって、色々なことを学んだなって」

「そうね。これからも、一緒に頑張りましょうね」


 母が私の頭を撫でてくれた。


「うん!」


私は力強く頷いた。

7歳。前世の私から見れば、まだまだ子供だ。

でも、この世界で、私にできることがたくさんある。

前世の知識を使って、みんなを幸せにできる。

そして、みんなと一緒に、新しいものを作っていける。

一人じゃない。父がいて、母がいて、ハンスさんのような仲間がいて、常連客のみんながいる。

みんなで協力すれば、何だってできる。

私は窓の外を見た。

夕日が陽だまり亭を優しく照らしている。

オレンジ色の光が、厨房の道具や、テーブルや、完成したばかりのふわふわパンを照らしている。

全てが、温かい光に包まれている。


「ねえ、父さん、母さん」


私は二人を見上げた。


「次は何を作ろうか」

「おや、もう次のことを考えているのかい」


父が笑った。


「リナらしいわね」


母も微笑む。


「うん!まだまだ、作りたいものがたくさんあるんだ」


前世で当たり前だったもの。この世界にはまだないもの。

それを、みんなと一緒に作っていきたい。


「それじゃあ、ゆっくり考えよう」


父が優しく言った。


「今日は、リナの誕生日だ。ひとまず今日は、今日を楽しもう」

「うん!」


私は笑顔で答えた。



エピローグ


その夜、私は寝床で今日のことを振り返っていた。

7歳の誕生日。

完璧なふわふわパンが完成した日。

常連客のみんなに祝福された日。

そして、新しい仲間、ハンスさんができた日。

前世では、誕生日なんて特別なものじゃなかった。

ケーキを買って、一人で食べて、終わり。

会社の人たちは誰も、私の誕生日なんて覚えていなかった。

でもこの世界では、こんなに温かい誕生日を迎えられた。

家族がいて、仲間がいて、みんなが祝福してくれた。

前世より、ずっと幸せだ。

過労死して、この世界に転生して、最初は戸惑った。

6歳の子供の体。知らない世界。見知らぬ両親。

でも今は、心から思える。

この世界に来て、良かった。

この家族に出会えて、良かった。

みんなと出会えて、良かった。

7歳。新しい一年が始まる。

前世の知識を使って、この世界にもっと美味しいものを広めたい。

そして、みんなを笑顔にしたい。

それが、私の使命だと思う。

私は目を閉じた。

明日からまた、新しい挑戦が始まる。

でも、怖くない。

だって、みんながいるから。

おやすみなさい。

そして、7歳の私、よろしくね。

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