バナナのようにカッコいい
日本に出稼ぎに来ている女性と仲良くなった。
彼女の名前はシェーラ。西ティーモールという、少なくとも俺は初めて聞いた国のひとだ。調べたら2020年に独立した、東南アジアの新しい国らしい。
彼女は美しく、情熱的で、いかにも南の海が似合いそうな、ちょっとだけふくよかな体型をしている。だがそれがよかった。俺好みの安産体型だ。
できれば彼女と結婚したい。
だが、勘違いしてもらっては困る。
俺は心から、純粋に彼女のことを愛してしまったのだ。
彼女に日本国籍をあげたいとか、そういうことじゃない。
彼女にも同じものを望みたかった。俺とシェーラは対等なのだ。けっして俺は彼女の『御主人様』なんかじゃない。
彼女はとても誇り高いひとで、だから彼女にもそんなつもりはないのだと思っていた。
ある晴れた夜、シェーラをドライブに誘った。
車の中で西ティーモールの流行音楽を流してくれた。
自国愛を笑顔に浮かべて、清らかな月明かりに顔を照らされて、彼女はとても綺麗だった。
高台の公園に車を停めた。
空を仰ぐと、透き通るような三日月があった。
「見て、シェーラ」
俺はジョークのつもりで、言った。
「見てよ、あの月。バナナのようにカッコいい」
「本当ネ」
シェーラは俺の腕に絡まり、同じ月を見上げて、そう言った。
俺は言った。
「バナナのようにカッコいい」
シェーラはうなずいた。
「ウン、ウン」
「バナナのようにカッコいい」
シェーラが怪訝そうに俺を見た。
「……なんで、3回も言うノ?」
「……バナナって、カッコいいと思う?」
「ウン」
シェーラが笑う。
「拓人がカッコいいと思うなら、私もカッコいいと思うヨ」
幻滅した。
こんなのはお追従だ。
俺にへつらっているだけだ。
『バナナはカッコよくないでショ!』とツッコんでほしかったのに……
彼女はもっと確固とした自分をもってるものだと思っていたのに……
なんてけがらわしい奴隷根性だ!
俺は切り出した。
「別れよう」
シェーラは驚いた。
「え……?」
「……とりあえず、アパートまでは送るよ」
「待って……! どうして? 拓人さん!?」
車の中でもメソメソと、別れる理由を彼女はしつこく聞き続けた。
騙されるところだった──
やはりこの女は俺を愛していたのではなく、ただ日本国籍が欲しかっただけなのだ。
シェーラと別れた数日後、街でふと見かけた看板に足が止まった。
『西ティーモール展』
シェーラのことは忘れたつもりだった。
しかし、未練が残っていたのか──
俺はフラフラと、入場無料のその会場へ、入っていった。
西ティーモールの名産品が並ぶ中、壁には写真が色々と飾られていた。
珊瑚礁に彩られた海の写真、いかにも南国といった街並みを写したもの、シェーラと同じ褐色の肌のひとたち──
その中に、西ティーモールでしか採れないという、バナナの写真があった。
シックな感じの黄色に、艶のある黒を纏った、ナイフのように尖ったそのバナナを見て、俺は思わず声をあげた。
「か、カッコいい!」
日本に流通しているバナナとそれは大違いだった。まるでAIに「カッコいいバナナを描いて」と注文したら描いてくれるような──
シェーラは俺に媚びていたのではなかったのか……
シェーラにとってのバナナとは、これだったのだ。
このバナナなら、確かにカッコいい。俺はてっきり……日本に流通している、よくあるフィリピン産の、キャベンディッシュ種のバナナを──
キャベンディッシュって『ワンピース』に出てくるカッコいいナルシスト剣士の名前じゃないか!
よりを戻そうと、彼女のアパートへ直行したが、シェーラは既に西ティーモールに帰国してしまっていた。
ちなみに西ティーモールなんて国はありません