第14話
「……今、何と言った?」
ヴィエラの余計な一言で、今度こそカフェテリアの空気がぴんと張り詰める。外はもう夕暮れ、アトリーチェらを除けば生徒は既にいなくなっていた。
ヴィエラ!?…アナタ一体何が目的なの!?
「本当に聞こえませんでしたか?…そういう所だと思いますが」
「…あ!迎えが来たみたい!皆、そろそろ帰ろう?」
睨み合う2人の間にベルカントが割って入る。…流石ね、ありがとうベル。…あたしもう帰りたかったとこなの。見れば確かに数名の従者が入り口でこちらをチラチラと覗いていた。
「ほら、行こう、オスカー、アトリ」
「…仕方がない。また明日、お会いした時に」
「ええ、さようなら。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでしたわ」
「で、では僕もそろそろ…」
そう言ってベルは2人の手を引き、トーマスもマイペースに戸口へ向かう。アトリと別れの挨拶を交わし、ヴィエラも1人カフェテリアを後にしようとしたその時、誰かが彼女の腕を掴んだ。
「……っ!フィデリオ、何で?」
「一緒に帰るぞ。ヴィエラ」
*
馬車の外から見える田園は夕日に赤く染まっていた。ヴィエラが正面を向けば、そこにはフィデリオが座っている。夕日と同じ色の赤毛が、日差しでさらに輝いている。…こうして同じ馬車で帰るのは10歳の時以来かしら。こちらを見つめるフィデリオの表情は険しい。
「で、どうして同じ馬車に?」
「どうしたも何も、お前、ヤバすぎるだろ!昔っから怖いやつだとは思ってたが、まさかここまでとはな…これは監視だ、監視!幼馴染の責任として、お前が何かやらかさないように、登下校は俺がつく」
「ふーん」
「ふーんてお前!反省してないのか!?」
「……フィデリオ、わたくしのこと嫌い?」
悪びれない顔で話題を逸らすヴィエラに、フィデリオは肩をすくめた。
「ホンットに話聞かねーな。そういうとこ嫌いだ」
「そう」
しばらくの沈黙。耐えきれず口を開いたのはフィデリオの方だった。
「お前、アトリーチェ様に当てたの、あれワザとだろ?ああいうのやり過ぎると、…お前、本当にヤバいことになるぞ。」
「例えば…………処刑とか」
「………………」
ヴィエラはその言葉を反芻しながら、過去のことを思い出していた。自分の工作に目を輝かせて褒めてくれたフィデリオ。しかし彼が騎士を目指すようになり、工作に興味を持たなくなっていった。わたくしと話をしてくれるのは、彼がわたくしに怒っている時だけ。きっと他のみんなもそう。
…だけど、アトリーチェ様は違う。アトリーチェ様は美しく気高く、こんなわたくしも受け入れてくれる。わたくし、アトリーチェ様のことが好き。アトリーチェ様がいるなら、まだ死にたくない。
「……じゃあ、どうしたら処刑されないの?」
「はぁ?そんなの、悪いことしなきゃいいだろ」
「でも!そしたら誰もわたくしのこと見ないじゃない!」
「えぇ……」
……やっぱこいつってズレてる。頭をかきながら、フィデリオは突然叫んだヴィオラに負けじと声を出した。
「そんなわけないだろ。人の嫌がることより、喜ぶことする奴の方が絶対いいに決まってる!」
「でも、フィデリオ」
「………分かった。」
「何が」
「お前はかまってちゃんなんだ。いいぜ、俺がみんなと話せるように取り持ってやるから!だからもう偉い人たちに喧嘩売るのやめろよな!」
「…………………」
「な?」
ヴィエラを見つめるフィデリオは輝かんばかりの笑顔。窓から指す夕日にオレンジの瞳を眩しそうに細めていた。
「…はぁ…」
…………………………ばかみたい。
ヴィエラは聞こえないようにそう呟いて、二つに結んだ髪の毛を揺らし、そっぽを向いた。
「ところでヴィエラ、お前何であんなにオスカー様に当たり強いんだ?」
「ん?……まあ、それは」
窓際に肘をついたヴィエラは一呼吸吐いて、ぽつりと言う。
「…わたくしのライバルだから」
*
「オスカー聞いて、あのね…」
「アトリは俺が怖いのか…?」
「いやいやいや!それはうっかり?というか、えっと?」
「それじゃ言い逃れにもなってないよ…」
一方こちらは王城に向かう馬車の中。今日は珍しくベルカントも同乗している。アトリの隣に座った彼は、向かいの神妙な顔をしたオスカーを宥めつつアトリに問う。
「イヴライトさんに…何か言われたの?」
ヴィエラに例の事は喋らないよう言われていたが、仕方がないのでアトリは素直に自白することにする。
「ええ………ええとね…伝書鳩をぶつけられた日、あの後機嫌が悪くなっちゃって。ヴィエラがその理由を尋ねてくれたの。そこでオスカーが怖いって言ったら、じゃあオスカーと無理に付き合う必要ないって。ついでにベル達とも離れなさいって、言われて……」
「…それであの日妙に冷たかったのか…俺はてっきり鳩をぶつけられたことに同情して付け入ったのかと」
オスカーは考えるように腕を組む。ベルは納得したように頷いていた。
「そうやってイヴライトさんはフィデリオ君をアトリに近づけさせないようにしたんだね」
「いい迷惑だ………」
ああ、言ってしまった……ごめんなさいヴィエラ…あたしたちの友情を守るため、明日必ず謝るから…!
「…そして、俺が怖いというのは、結局本心なのか…?」
オスカーのそんな問いに否定もできずに、あたしはゆっくりと頷く。
「多分それって、あの夢の事があるからだよね?」
ベルの言葉に、一年前のことを思い出す。あの夢で覚えているのは…青年となったオスカーの氷のような碧く冷たい目。
「そう…かもしれないわ」
「夢ってあの…昔言ってた、俺がアトリを処刑するという話か?…まだ覚えてたのか」
「まあなんというか…なぜか忘れられないのよ」
オスカーは呆れたようにため息を吐く。
「はぁ…アトリは俺の婚約者だぞ?よほどのことがない限り処刑なんてできない。」
「シルバーハート家の恨みを買う可能性もあるしね」
「もし処刑するとすれば、…国家転覆や反乱、といったところか…アトリ、そんなことできる度胸は?」
「ないわよ!」
ここはあたくしも即答できるわ!好き好んで死ににいく人間がありますか!
「なら処刑なんてされることないさ。…そのままのアトリでいれば」
そしてオスカーは柔らかく笑った。
どきっ。
アトリはそんな音が聞こえた自分の胸を思わず押さえた。……………これは、防衛本能?
「……僕思うんだけどね…アトリって、『人に影響されやすい』んじゃないかな」
傍らで苦しむアトリを微笑ましく眺めながら、ベルはそう呟く。
「と、いうと?」
それに尋ねたのはオスカー。
「うーんと、いつもアトリって自分が好きになった人の言うことをなんでも受け入れちゃってるよね。…そして視野が狭くなっちゃう。…少し前までのアトリ、オスカーしか見えてないって感じだったし」
「えぇ!?」
「そうだったか?」
「うん」
アトリとオスカーの声が重なった。…昔のあたしってそんなだったかしら!?恥ずかしい!!!!…オスカーも覚えてないみたいだから、まだよかったけど。
「イヴライトさんとのこともそうだけど、とことん相手の言うことを聞いて、その人に依存しちゃう。そして言う通りに出来なかった時、過剰に相手に失望されることを恐れて不機嫌になってしまうんだ。それから怒りに任せて他の人を言いなりにさせようとする…これが、癇癪の正体だと思うんだけど…」
ここまで詳細にあたしの人となりを分析されるのはむずがゆい。…内容はあまりよくわからなかったけど、あたしって実は結構ダメな人間なのかしら…??
「そうなると、アトリは俺に否定されるのを恐れてたのか?」
そう言われれば…そうかも。あたしは黙って頷いた。
「…………そうだったのか………」
あたしが頷くのを見たオスカーは、しなやかな指を端正な形の顎に当て、黙り込む。
「…じゃあ、アトリの癇癪は俺が原因…?」
「えー…?」
「ああいやいや!これは全部僕の想像だからね!…本当のアトリの事はアトリにしかわからないし」
ベルは急いで補足する。自論を真面目に議論されて、白い肌が少し赤くなっている。一方のアトリもベルの言葉について考えていた。
アトリの事はアトリにしかわからない。…本当にそうなのかしら…あたし、今まであたし自身のことが全然よく分かってなかった。自分の感情の理由、動き方、抑え方…何一つちゃんと説明できない。
「きっとそれをアトリ自身がうまく理解することが癇癪を押さえる第一歩になると思うな。………だからアトリ、無理して変わろうとするんじゃなくて、これからも何かに怒ったり、何かを好きになったりした時、まずは僕らに教えてね。一緒に考えよう」
「ああ。…俺も、それがいいと思う。」
オスカーとベル。2人が優しくあたしに微笑みかけるのを見て、なんだか心が暖かくなった。2人とも、良い友人だわ。…一度ヴィエラに言われて離れようとしたけど、あたしやっぱり2人とも一緒にいたい。
「もちろんイヴライトさんに相談するのもいいよ。彼女だからこそ話せることもあると思うし」
「駄目だ。アイツは信用ならない」
オスカーは厳しく否定したが、アトリは意に介さなかった。
…あのオスカーの最後の提案が一番よかったのかも。オスカーとベルとヴィエラとトーマスと…あの声が大きい人も。みんなで一緒にいれたら、きっと幸せだわ。…明日ヴィエラに会ったら、そう言おう。
「…っと、もうすぐ教会だ。ここで僕はお別れだね。」
ベルの言葉に我に返れば、少しの揺れのあと、馬車が停止した。開かれた扉から涼しい夜風が舞い込んでくる。そしてベルが馬車から降りようと立ち上がる時、突然静かにアトリに耳打ちした。
(…多分、オスカーはね、本当はアトリにちゃんと「友達ができた」って言って欲しかったんだよ。)
(………!)
そして2人ににっこりと笑いかけ、現れた従者の手を取る。
「じゃあね、オスカー。アトリ。」
「…ああ。またな」
「また明日」
再び動き出し、2人を残した馬車の中は、また静かになった。




