第13話
アトリーチェの困惑もよそにヴィエラはとうとうと喋り続ける。
「殿下は大きな勘違いをしておりますわ。…確かに初めこそお父様に言われてアトリーチェ様に近づこうとは思っておりましたが、あの時!入学式で貴女の姿を見てから!わたくし憧れを持つようになったのです!!…それから話すタイミングを長く窺っていましたが、その中でさらに貴女の魅力が明らかになりましたわ。…意外と表情が豊かでいらっしゃる所とか、勉学にも手を抜かず真剣に取り組んでいらっしゃる所も…」
「…………」
これまでとはうって変わって、今度はヴィエラが中心となり始めた。代わりにオスカーが黙り込む。
「そんな時にある噂を聞きましたわ。…あのフィデリオがなんと王子付きの護衛候補になると!!そうなれば自動的にアナタはアトリーチェ様のそばで過ごすことになりますわ。…そんなの許せない!!だからわたくし、フェデリオの格好悪いダメな姿を殿下たちに見せて、護衛を取り消させようとしたのです!!そしてその間にわたくしはアトリーチェ様の一番の親友の座をゲットする。…こういった計画でございました。……なので魔法伝書鳩はただプログラムをランダム飛行に切り替えただけで、…まさかアトリーチェ様に当たっていらっしゃったとは…申し訳ございません…これも愛の致す所で…」
最後の一言は小さく呟きながらも、ヴィエラはそう言い切った。男子たちはその勢いに呆然としている。勝手に恨まれ、あわや出世が白紙となる所だったフィデリオすらも。
それに対し、ヴィエラに裏切られた訳ではない、ただ嫉妬が過ぎただけ。そんな事実を知ってちょろいアトリは怒りとは逆にこれほどまでに他人から羨望されていたことに恥ずかしさに似た喜びを感じていた。
「それにしてもよくコーティングの種類までわかりましたわね。…絶対にバレないと思ったのに」
「そ、それはですね、僕もよく切らしてしまった時に代用品として使っていまして…やはりツヤやムラが違いますよね!」
「…貴方、結構わかる方じゃない。…お名前は?」
オスカーが黙り込んでいるのをいいことに、ヴィエラは勝手にトーマスと意気投合し始めている。流石にヴィエラの処分が気になったアトリはオスカーに話しかけようとするが、それはオスカー自身によって遮られた。
「…ね、ねぇオ…」
「ヴィエラ・イヴライト。先の自白は、本心か?」
「勿論でございます」
アトリでも怯んでしまうような王子の威圧にも屈せず、ヴィエラは凛として答えた。
「…では、このアトリがいつもランチ後に飲む紅茶の種類はご存知か?」
「ジャスミンとローズのブレンドティーですわね」
「ほう。それならよくアトリが鼻歌で歌うのは?」
「ピーヴォワンヌの『はるかぜ』ですわ」
「アトリが最近涙した小説は」
「バジル=メボーキの『真夜中姫の恋』」
「アトリが昨日ふと思い立って侍女にねだったものは」
「ちょ、ちょっと、流石にそこまで知ってたら…」
「リス」
ベルの静止も虚しく、謎の問答が繰り返される。当本人のアトリですら意識していなかったことばかりで唖然とする。…この人たち、なんの話してるの??何で知ってるの??
「…確かに、そこまですぐ答えられるのなら、ただ上辺だけで取り入るために近づいたのではなさそうだな…」
「わかっていただけましたか!」
「そうはいっても罪は消えない。相応の償いはしてもらわなければ。…まずは謝罪だな、このフィデリオだって、まず地に伏せた」
「わかりました」
そう言って立ち上がり、ヴィエラはアトリたちの前で膝をつこうとした。一拍遅れてその行動の意図を悟ったアトリは、急いでそれを阻止しようとする。
「えっ、えーと…駄目よヴィエラ!!」
「しかしアトリーチェ様!わたくしはけじめをつけなければ」
「そんなのあたしが許せば必要ないでしょう!」
「……」
オスカーはヴィエラを止めに立ち上がったアトリをじっと見ている。
「信じられないかもしれないけど…あたしでも全然信じられないけど、あたし全然怒ってないの。だからいいでしょう?貴女だって反省、してるのよね」
「はい…」
「それなら今まで通り、お友達でいましょうよ」
「アトリーチェ様…」
そしてアトリはすっと右手を伸ばす。そしてヴィエラも握手に応えた。
「…いい雰囲気になった所で悪いが」
オスカーがまた口を開く。その隣でベルカントが2人にもう一度座るようジェスチャーした。
「今まで通り、という事で、イヴライト嬢がアトリと共に過ごすのは教室内のみでいいんだな?」
「……」
「えっと?」
「私たちに気づかれないよう教室内で会っていたんだろう。男子は女子教室には入りにくいからな」
…どうりでヴィエラは頑なに一緒に教室を出ようとしなかったわけね。…でも、ヴィエラのことがわかった今なら別にずっと一緒にいたっていいじゃない!
「貴女が家のためでなく心からアトリのことを知ろうとしているのはよくわかった。…しかし度が過ぎているぞ。友人に盗聴器を仕掛けるような人間にアトリを近づけたくない。本当のところもう1人護衛をつけたいくらいだ」
「「え」」
ここで声が重なったのはアトリとフィデリオ。
「そ、袖のところ、ボタンの裏、見てみてください」
トーマスに促されるまま、おそるおそるそこを見てみると、
「………」
小さく光る魔法器があった。
「なにこれ!?いつ!?いつつけたのよ!!オスカー達も、なんで知ってるの!?!?!?!?」
アトリーチェは訳もわからず再び立ち上がり取り乱す。その声はカフェテリアに響き、生徒の何人かはこちらを振り返った。
…ああ、駄目よ、落ち着きなさいあたし。…5秒、5秒……
「失望しましたか、アトリーチェ様…」
「…………」
…でもよく考えれば、盗聴器くらい何の害もないのでは?スパイとかならともかく、相手は同級生の女の子。
……………………………………………………別によくないかしら!?
「…いいえ。ヴィエラ。あたくし全然気にしない!」
そう言ったアトリの後ろでオスカーがひとつため息をついていたのに、彼女は気づかなかった。
「見てくださいオスカー様。わたくし達の友情はこんなにも強いのですよ!わたくし達を引き裂こうなんて無情なことできませんよね!?」
再び強気になったヴィエラに、オスカーは呆れて返事をする。
「…仕方がない。では、通常授業時の移動も共にすることを許そう。…ただし、私たちも一緒だ」
「!…………………それというのはつまり、アトリーチェ様、わたくし、オスカー様、ベルカント様、そちらの栗毛の方、そしてフィデリオ、の六人で移動するという訳ですか!?」
「そうだ。お前…貴女について観察したいし、そちらも滅多なことはできないだろう」
「滅多なことなんてこれ以上致しませんわよ!…………………まあ、いいですわ。全て悪いのはわたくしです。これからわたくしがいかに正直であるかを証明していきますわ。」
そうヴィエラが言い放って、何とか話は収束に向かう。大きな窓から見える空はすでに赤みがかかっていた。
「…じゃあ、ヴィエラは何の処分もないってこと?オスカー!」
「ああ。強いて言えば行動を共にすることだろうが…俺1人で生徒を退学にしたりするほどの力はまだないからな…」
「よかったー!ありがとう、オスカー!」
「だがイヴライト嬢…次に何か妙なことをしたらわかっているよな?」
「ええ。誠心誠意、この身を持って罪をすすぎ、アトリーチェ様に身を捧げたいと思いますわ!…ということでアトリーチェ様」
「何かしら?」
「わたくしも…アトリとお呼びしても?」
「駄目だ。」
「今は陛下には聞いていないのですけれど」
「あたしは別に…」
「駄目だ。…退学、したいのか?」
「…冗談でございますわよ。殿下もご冗談はおよしになって。アトリーチェ様も大変ですわね……………相談された通り」
オスカーの耳がぴくりと動く。
「何か…彼女に言ったのか?アトリ」
その問いは再びヴィエラによって代わりに返される。
「ええ。オスカー様が怖いって。…そうアトリーチェ様が、わたくしに」




