第14話 これから
オートマタ達は休みなく働いていた。休息は必要ないとはいっても人の姿をしているせいか、蒼は手伝いもせず突っ立っているだけの自分に落ち着かない。
「どうぞお気になさらず」
「久しぶりの骨仕事ですから。直ったボディの確認にも丁度よいのです」
「アオイさんは研究所にお戻りを。ここはまだ危険ですので」
「わ、わかりました……」
魔物達による破壊の後を彼らはせかせかと片付け、再建していた。
「ごめんねぇ~数が多くって手加減出来なかったんだよ~……」
一緒に様子を見に来ていたフィアが瓦礫を前にシュンとする。一方でその場にいたニーナはプイッとそっぽを向いていた。別に自分は悪くないもん! といった態度だ。
「魔物の規模を考えればこのエリアで抑えられたのは奇跡と言っていいでしょう」
「どうぞお気になさらず」
忖度なしな言葉を聞いて、ほんの少しだけフィアの気持ちも落ち着いたようだった。ニーナの方は、そうだろうそうだろうとその評価に満足気な顔をし、大きな竜の尻尾で瓦礫をどかす手伝いを続ける。
「アルフレド~! お昼、ここに置いとくね~~~! 今日はハンバーガーとポテト! ジュースはぬるくならない内に飲んだ方が美味しいよ~~~!!」
知ってるだろうけど、という言葉は小さな声で。
少し離れたところでオートマタの作業を手伝っているアルフレドが片手だけを上げていた。
「……全然気にしてないのにな~」
「僕はわかるなぁ~兄さまの気持ち……僕だってどんな状況だったとしてもアオイを傷つけたりなんかしたくないもん」
「いやいや~私には御使リルの加護があるんだよ? だいたいあの時、アルフレドなら急所を刺そうと思えば刺せただろうし。最善を尽くしてくれたのに」
「そんな問題じゃないんじゃないかなぁ……」
アルフレドは体を乗っ取られた際、蒼を蹴飛ばしたことをいまだに引きずっていた。
『うじうじするな鬱陶しい!』
『でも俺は彼女の護衛なんだ……』
とアレクサンドラに三度言われてもまだくよくよとしていた。
さらに悪いことに、彼は勇者にとんでもなく嫉妬心を抱いている。蒼と翔が二人で、二人しかしらない異世界の話をしてはクスクス笑い合っているのを(盗み)聞き、一人でモヤモヤを募らせていた。
結局それが自己嫌悪を強め、蒼に顔向け出来ないと言わんばかりに、彼女から物理的に離れた場所で逃げるように作業を続けている。
「ソフィリアの気配は完全に消えている。消滅したと言っていいだろう」
アレクサンドラは徹底して彼女の気配を追っていた。なんせ細かくなれるのだ。どこかから逃げ出している可能性も考え、周辺の街中まで出向き、感知の力をフルで使い探し回った。
「最期はあっけないもんだったな~」
研究所のホールで、レイジーはお昼に出たフライドポテトにケチャップをつけ、遠くを見ながら口に運んでいた。
「我々は戦闘前後のことにあれこれ思考を巡らすことはあっても、最中については門外漢ですからね。皆さんの力量もわかっているようでわかっていませんし」
「そうですね。彼女、これまでは他人を使っていたという話ですから。長生きしていたとはいっても経験不足だったのでしょう」
ライルの話を聞いて、シノノメが頷く。
『魔王に与する者』は続々と芋づる式に捕まっていた。その多くが英雄の末裔の一員。ただし、その中のほとんどがサニーのようなこの世界の未来を憂いて行動を起こした者ではなく、ただ『何かになりたい者』だった。
英雄の末裔という生まれた時から与えられたアイデンティティだけが重くのしかかり、かといって何かを成せる程の強烈な実力はなく……。
「そこにつけ入られちゃったわけか~……まあ、わからんでもないけど……」
「アオイにそんな承認欲求があるなんて意外だな」
アレクサンドラが炭酸ジュースを一気飲みした後、面白いものを見る目をしている。
「ありますよ~! 褒められるの大好きだし」
蒼は冗談ぶって笑っていた。
(私は本当にたまたまこっちの世界にこれたから思いっきり人生変わったけど……)
元の世界じゃあ蒼の肩書は無職。
(いやいや、有休消化中に異世界転移して屋台始めたから転職大成功でしょっ!)
そう心の中で半笑い。
しかし異世界転移なんていう驚天動地な出来事がなければ、自分はいったいどんな気持ちで今を生きていただろう、と考えることはある。元の世界にいるはずの自分の姿を想像するのだ。
だから与する者達の気持ちが全くわからないかというと嘘になるのだ。
同時にだからと言ってなんの罰も受けずに済むなんてことはないことを、大人の彼女は知っている。
『与する者』達は隅から隅まで調べられ、それぞれに見合った刑罰が待っている。
(落ち着いたらシノノメさんの国に行ってみようかな)
そんな風に先のことを考えている矢先のことだった。突如どこからともなく鐘の音が。あのフィーラで聞いた音とよく似たものが聞こえてきた。
「なんだぁ!?」
今回はテレビの前に居たわけではない。蒼達はキョロキョロと周囲を警戒しながら音の出所を探っていたが、ミュスティーだけはただじっと前を見据えていた。
「——ここは!?」
一瞬の瞬きの後、蒼は真っ白な空間の中にいた。周りには何もない。誰もいない。
「お久しぶりですね皆さん」
リルケルラだ。初めて会った時のような神々しさで前に立っている。
(このノリってことは私以外にも話しかけていそうね)
蒼には見えていないが、それぞれがそれぞれの真っ白の空間の中にいた。世界中の上級神官達と海底都市にいる蒼達が柱達に呼び出されていたのだ。
「うわぁっ!」
唐突にリルケルラの周囲に光が現れ、徐々に人型へと変わっていく。見たことがある顔と、神殿の石像として見かけてことがある顔がそこに並んでいる。
蒼以外——特に上級神官達は、あまりの出来事に涙を流す者、恐れ敬うあまり平伏し目も向けられない者、息をするのすら忘れ固まってしまう者もいた。
「本来なら魔王が浄化されたことを知らせるため我々が姿を見せることになっています。ですが今回は違います」
(そんなシステムになってたんだ~)
蒼は落ち着きを取り戻していた。御使との対話経験は他の人間より多い。しかも生まれてからずっと信仰してきた相手でもない。だから呑気に、
(リルケルラさんが前に出るのわかるな~他の柱より雰囲気が人懐っこいし)
なんてことを考えていた。だがそれも長くは続かない。突然頭の中に映像が流れ込んでくる。これまで蒼がソフィリア関係で経験したダイジェスト映像のようなものだ。その中にはもちろんミュスティーの存在も示されている。
「単刀直入に言うと、我々は彼の——魔王の存在を認めました」
「!!!」
御使は静かに微笑んでいる。
「彼はソフィリアと対峙する勇者達のために祈っていました。戦いの最中発生する澱みをその小さな体で一生懸命浄化しながら……結果自分がどんな目にあってもいい、だから彼らを助けてくれと。本来敵対する我々御使にです」
他者のために祈ることができる。ミュスティーはそういう人間なのだと御使は認めたのだ。
「それぞれ思うことはあるでしょう。そうであっても彼を認められない気持ち……歴史を考えればその拒絶感も当然です」
リルケルラは蒼には見えない他の誰かの気持ちに寄り添うような口調だった。そしてそれは蒼達ではなく、上級神官達の一部だというのは想像に難くない。
(そりゃそうだよね~上級神官達は魔王を浄化するための組織に所属してるってスタンスだったわけだし)
蒼達が最も心配している点でもあった。全員がミュスティーを受け入れるのはきっと難しい。
リルケルラは話し続ける。
「もしもその気持ちが抑えられなくなったら、是非本人を訪ねてみてください。魔王を……ミュスティーを。本人もそれを望んでいます」
いつの間にそんな話になっていたのか。だが直前のミュスティーの表情を思い出すと、蒼達が知らない内に御使と接触していたのだ。
「本人と対話をしてそれでもダメなら……受け入れる必要はありません。他の誰でもない我々に向かってあらゆる感情を向けてください。恨みつらみでもなんでも。彼の存在を認めた我々に。その気持ちに我々はずっと寄り添うことを約束します」
(それが御使なりの責任の取り方なのか……)
御使と共にこの世界の平穏を守り続けていた上級神官が、御使にそこまで言われて反発することはない。少なくとも今は。どうやらこの場の全員が落ち着いたようだ。それを確認したからか、リルケルラがねぎらいの言葉をかける。
「貴方達上級神官が世界のために最大限の努力をしてくれたこと、あらためて感謝します」
今回の件、被害はゼロではなかった。それでも力を尽くしたと思えるだけのことは全員がしてきたのだ。
「勇者一行も影の勇者達も難しい立場の中よく決断してくれました。貴方達の判断で未来が開けたのです」
そしてこれからのこの世界のことを話始める。主に上級神官の役割についてだが、基本的にはこれまでも変わりはないと言う。なぜなら負の感情から澱みが生まれるという世界の仕組みは変わりはないからだ。
ただしその行き先はミュスティーになる。彼は自身の血に備わった浄化の力でそれをうまく消化できるが、一度に大量の澱みがやってきた場合はどうなるかわかったものではない。
(ライルさんでも測定が難しいっていってたけど)
しかしどちらにしても、『人間の肉体を持つミュスティーがこの世の全ての澱みを受け止められるということはないだろう』とは言っていた。
「新たな世界に不安もあるでしょう。ですが我々はこれまでと同様、人と共にあります」
最後にそう言うと、柱達はキラキラとした光となって消えた。そして蒼たちは元いた研究所の休憩室に。目の前には食べかけの昼食がある。
全員がただ黙って一点を見つめていた。
「新たな世界……」
誰かが言った言葉に全員がハッと顔を上げた。同時に研究所の玄関が荒々しく開けられ、誰かが走ってくる音が聞こえる。
「アルフレドだな」
アレクサンドラが小さく微笑んで蒼の方に視線を送った。そうして休憩室の扉が開く。
「アオイッ!」
それと同時にバチン、という音と共に、休憩室の上部に明るく光る長方形の画面が現れた。
「うわぁ!」
「なななんだ!?」
一部が慌てて距離を取るが、その画面にリルケルラが映ったことによってホッと息を吐く。御使リルは先ほどより少しリラックスしたような表情だ。
「先ほどはどうも。そしてご連絡が遅くなり申し訳ありません」
一部はなんのこと? と頭を傾げている。
「ミュスティーのための異空間について、どうするか決まったんですね」
「はい」
魔王は存在するだけでこの世界に悪影響を与える。サニーによるとこれまで影響はなかったという話だが、ミュスティーが、魔王がこの世界に与える影響についてもライルはまだ未知数だと言っていた。
ドキドキとリルケルラの答えを待つ。御使達は上級神官達を説得してくれた。ミュスティーがこのまま生きていけるように。だがやはり、安全な逃げ場はあった方がいい。彼のこれからの立場を考えれば、よりそうだろうと蒼は感じていた。
「結論から言うと、今用意している最中です。アオイさんの空間より強固なものにするためもう少し時間をいただきます」
その空間にいる間は、魔王の力がこの世界に影響を与えることはない。しかし世界の澱みはその空間にいるミュスティーに届くようにする。
「貴方には辛いことかもしれませんが」
「いいや。願ってもないことだ」
少し申し訳なさそうに話すリルケルラと、気になっていたことが解決したと穏やかな表情のミュスティーが視線を合わせていた。
「別に自己犠牲で言ってるんじゃない。やりたいからやるんだ」
自分に意志があることが嬉しいのだとミュスティーはゆっくり語った。魔王としての意志でも、勇者の末裔の血を引く肉体としての意志でもないと。
「短い間だがこの世界を旅して感じたことはいっぱいある。消えてほしくない。なくなってほしくないんだ」
サニーが涙ぐんでいるのが見えた。
(よかった……)
蒼だけでない、どうにかミュスティーにとっていい状況になったことにこの場にいた全員が安堵した。
それを見てリルケルラはニッコリと笑った。そうしてまたも唐突に知らせてくる。
「アオイさん。あなたは元の世界に戻ることができます」
「……えっ!!!?」




