第13話 決着
「うおりゃああああ!!!」
蒼は消化器のように聖水で辺り一面を水浸しにした。前方から向かってくる魔物はその水に触れた瞬間ジュワジュワと消えていく。上空や左右から突撃して来る魔物は一瞬でアルフレドの剣の前に沈んだ。
そうやって蒼達はコツコツと魔物を浄化し、翔達の元へと進む。時々明るい光と共に一瞬で魔物が消え去るのが見えた。だが、それでも続々と絶え間なく湧いてきている。
「レイジーさん来てください。召喚陣を消すので」
「大樹の方だ。突然魔物が湧く感覚がある」
「お前ら! 逃げなかったのか!?」
魔物だらけの戦場にアルフレドだけでなく、蒼とライルまでいることにレイジーはギョッと目を見開いていた。
彼は魔法で聖水を雨のように周辺に降らせ、フィアやニーナが倒した魔物から出た瘴気を鎮め、さらに魔物が近付けないエリアを拡大し続けていた。これ以上街が潰されないように。
「危ねぇぞ!」
「知ってる!!! アレクサンドラさんとオルフェは!?」
「アレクサンドラはショウの側にいるよ。顔の綺麗なグリフォンがあの女の気配追っかけてて……」
ソフィリアは霧状になったまま、魔物達の隙間をぬって移動を続けていた。アレクサンドラも追いかけたいところだが、翔が狙われてはたまらないと警戒以上のことはできなかった。
「わかった! じゃあ私とアルフレドがしょう君のとこ行こう!」
「そうだな。霧散状態の感知はアレクサンドラの方が確実だろう」
「ゼノ達はここを最終防衛線として守ってください。さあレイジーさん、行きましょう」
「え……お、あ、ああ!」
一方翔は少しずつ移動しながらリズミカルに魔物を浄化し続けていた。
「血は大丈夫ですか?」
「大丈夫! 余裕です!」
シノノメが白銀に光る杖を振り回し、浄化直後の隙を突いて勇者へと向かってくる魔物達の関節を砕き、急所を突き、時には野球バッドのようにしてぶっ飛ばしていた。明らかに本来の目的とは違う使い方になっている。あれは翔の鍵の中から取り出した特別な杖だ。
「埒があかんな」
同じく翔に群がる魔物を蹴散らしているアレクサンドラがそう呟いたと同時に、蒼達が到着した。
「しょう君!」
「あおいねーちゃん!?」
「アレクサンドラ! ここは任せろ!」
弟の声を聞いて待ってましたとばかりにニヤリと笑い、
「アオイにばかり気を取られるなよ!」
「アレクサンドラさん! オルフェに落ち着くよう言ってください! 案外できる男です!」
蒼の方を見て大きく頷いた後、彼女は飛び出していった。
オルフェはひたすらモヤ姿のソフィリアを追い回していた。これまでの彼と同一の存在とは思えないほど、荒々しく飛び回り、苛立つまま邪魔をする魔物を噛みちぎり、鋭い爪を食い込ませた。ソフィリアは霧散し本体が目視できなくなっていたが、オルフェの噴き上げた風が魔物が破壊した瓦礫の細かな破片を巻き込んでその姿をほんの少しだけ現している。それはまるで蛇のように見えた。
「おいグリフォン。ずいぶん仲間に期待されているじゃないか。ここが正念場だぞ。正気に戻れ、体の主導権を渡すな」
突然背中に人の重みを感じたオルフェは、その驚きで一瞬怒りが引いた。それと同時に、彼はブルブルと頭を横に振って自我を取り戻す。アレクサンドラを落とすことがないよう、丁寧な飛行へと変わっていった。
「魔物の供給は止まったようだな」
レイジーとライルはすぐに召喚陣を見つけ出し、あっという間に解除していた。二人はそのまま残党を倒しつつ、ニーナとフィアの治療を始めている。
「少しずつ削る。このまま低空飛行できるか?」
アレクサンドラの言葉通り、オルフェは地面ギリギリに飛び始めた。すぐさま彼女は腕に力を込める。そうしてアレクサンドラの剣から放たれた一閃は、蛇のようなソフィリアを一瞬で凍らせ、彼女は動きを止めざるを得なくなった。
「ガァァアァ!!!!!」
ソフィリアもすぐさま反撃にでる。獣のような叫び声をあげ氷を割って、再び実体を現し飛びかかってきた。なくしたはずの腕も生えている。
「どうした? 唯一の自慢の知能までなくしたか?」
そう迎え討とうとした瞬間、アレクサンドラは気付いた。彼女の感知が複数のソフィリアの存在を示したのだ。
(分裂か!?)
その可能性を考えなかった自分に腹を立てながら叫び声を上げる。
「アルフレド!!! そっちに行ったぞ!!!」
襲いかかるソフィリアもどきはオルフェが仕留めた。しかし、これまで以上の速度でソフィリアもどきは再生し始める。
オルフェはアレクサンドラの方を見ながら前足を蒼と翔がいる方向へと向けた。ここは自分に任せろと言わんばかりに。
「なるほど。案外できる男だな!」
お陰でまんまとソフィリアに釣り出された悔しさが紛れたと、焦るはずの場面でアレクサンドラは少しだけ笑っていた。
◇◇◇
アレクサンドラの声が届く少し前、アルフレドも妙な異変を感じ取っていた。彼の感知の加護は、側にいる勇者の力によって強化されていたからだ。
(なにか来る!)
彼の変化にすぐに気がついたのは一緒に旅してきた蒼だ。またも我が身を顧みず翔の前に飛び出した。が、アルフレドは片手で蒼を引き剥がし遠のけ、自分が勇者の前へ出る。
そこに飛び込んできたのは先ほどの蛇だ。こちらは実体化することなく、人間の体を目指して一直線だった。
「アルフレド!!!」
「グッ……!」
彼の体内に入ったソフィリアが暴れ始めた。彼は頭を押さえながら手元にある武器を遠くに投げ飛ばしている。体が乗っ取られる前に出来るだけ自分から戦力を取り除こうとしているのだ。
「アルフレドさん!」
翔がよろけるアルフレドの体を支えようとする。
「……離れて……! シノノメ……二人を遠くに!」
言われた通りに動くシノノメだったが、蒼はそうではない。
「アオイさん!?」
「あおいねーちゃん!?」
「ライルさん早く呼んできて!!!」
そのままアルフレドに突っ込んだ。
「いっ……!」
アルフレドの足にしがみついたが、思いっきり蹴飛ばされてしまう。
「「ああコイツ! 戦士の末裔かぁ~! 本当に気が滅入る加護だわ!」」
アルフレドとソフィリアの声が合わさって聞こえた。
「ねーちゃん!」
「もう大丈夫……痛みもないわ!」
彼女の手には短剣が。彼がブーツの横に隠していることを蒼は知っていた。
「何か秘策が?」
シノノメが小さな筒を取り出すと、小さな花火が打ち上がった。
「あります!」
ライルと簡単な打ち合わせは済んでいる。
(アルフレドが捕まっちゃうのは予定外だけど……)
蒼はアルフレドの指に光る、彼の母親の指輪を見ないよう注意しながらシノノメの側まで下がる。それはつい先ほどまで、蒼の胸元にある金の鍵の隣にあったものだ。
「「勇者を狙っていたのに……まあいいわ。この男を助けたければ魔王を出しなさい」」
「手元の武器はぜーんぶなくなってるわよ」
どうせそんなことだろうと思ったと、蒼は苦々しく答える。
「「ああ嫌だわ。野生動物の勘ってやつかしら?」」
ちょうどこの嫌味が発せられたタイミングでアレクサンドラが合流した。
「なるほど。ショウもアオイも守ったわけだな」
やれやれと弟に剣を向けたので、蒼も翔も大慌てだ。彼女なら本当にやりかねない。
「「本当に馬鹿なのね。この体を斬っても私は死なないわよ?」」
「弟の顔と体で可愛い子ぶるのはやめてもらいたいね」
フンと鼻息を吐いて、この二人に止められたら仕方がないかと不満気だが剣を下ろす。
ここでようやく息を切らしたライル達が到着した。もう魔物の気配はしない。綺麗さっぱり倒しきったのだ。
「……なるほど」
ライルはすぐに状況を把握したようだが、レイジーは違う。
「なに!? どうなってんの!?」
「アルフレドさんの中にソフィリアさんが。彼の体を傷つけられたくなければミュスティーさんを出せと脅しているのでしょう」
彼は落ち着いていた。状況は切迫しているが、同時に悪くない。アルフレドが今身につけている指輪は、かなり特殊なものだからだ。
『護り石の一つです。人間以外を焼き尽くす力を持っています』
ソフィリアを追いかける直前、冷静さを取り戻したライルは蒼達に教えておいたのだ。
その指輪にはめられた赤い石は、寄生型の魔物や遥か昔に流行った呪いの魔術から逃れるための特殊な魔法石だったと。かなり高価な物だが、価値を知っている人間は少ない。ソフィリアも気付いていないままだ。アルフレドも詳しく知らなかった。
『つまり、ソフィリアの本体だけ残すってことですか?』
『ええ。ただの人間の体だけになればこの面子がいて怖いことはないでしょう』
もう一度ソフィリアを捕らえさえすれば。そんな気持ちが今、蒼とライルの中にはあった。
「「フフッ! 流石ライルね! 他の奴らとは違うわ!」」
「ついでに私も連れて行きますか?」
「「まあ! もちろんよ! 一緒に行きましょう!!!」」
うっとりとしているが、顔はアルフレドだ。
「……私だけで満足していただけませんか? 一緒に何か別のことを研究しましょう……それに、彼の中にいても疲れるだけでは? なんたって感知の加護は慣れない人間には負担が大きい」
そう言ってソフィリアの方へ右手を伸ばした。
「「まあライル! そんな! ついに私を認めてくれたのね! ……なーんて……ライルらしくないわ」」
あきらかに疑っていた。長年ライルを思っている分、ライルのことはよくわかっている。
「では私の加護を貸しましょう。それで確認しては?」
「「……いいの?」」
「ええ」
頬を赤らめてライルの手を取る。嘘だとわかっていても信じたい気持ちも大きいのだ。
「「イギャアアアアアアアア!!!」」
だがライルの手を掴んだ瞬間、彼女の頭の中に大量の情報が流れ込んでくる。それこそ、処理できない量の。
ライルの左手はアレクサンドラが握っていた。彼女の強力な感知の加護が——それも勇者によって強化された——ソフィリアに付与されたのだ。
「アルフレド!!!」
蒼は大声を出した。これまで出したことがないほどの大きな声で彼の名前を呼び続ける。
「アルフレド! アルフレド!! アルフレド!!!」
「う……ぐっ……」
指輪をはめていたアルフレドの左手が、ゆっくりと自分の心臓へと動いた。
「出て……行って……もらおうか……」
指輪から柔らかな炎が飛び出した。アルフレドの全身を包むが、体は少しも燃えていない。しかしすぐにその体から奇声音と共に真っ黒な煙が放出された。
倒れかけたアルフレドの体を、蒼と翔が受け止めた。
彼らの前には、ほとんど骨と皮だけの女が横たわっている。
(これが……ソフィリアにほんの少し残った人間の部分……?)
皮膚には潤いもなく、今生きているのが不思議なくらいだった。
「だ、騙したの……?」
虫のような声で、それでもなんとかライルを見ようと頭を上げていた。
「嘘は言っていません。加護を又貸ししただけです」
アレクサンドラはすでに剣をかまえている。周囲にはルチル達やフィア、オルフェ、オートマタ達も集まり始めていた。
小さな体がブルブルと震え始める。
「いや……いやよ……死にたくない……まだ研究が……消えたくないわ……助けて、助けてライル……」
「今更命乞いか」
アレクサンドラが冷たく言い放った。しかし翔がそっと彼女の袖を引くと、言いたいこと全てを飲み込んで後ろに引いた。
「初代ライル・エリクシアもそう考えたことがありました。だが、実行しなかった……自分一人の可能性の限界も知っていたからです」
これは先ほどソフィリアに問いかけた答えだ。
「彼は大の人間嫌いでしたが、同時に自分がその一人だという自覚もありました。だから記憶だけを後世に託したのです。別のライル・エリクシアに」
一人ではあるが、複数人。こじつけだが人間嫌いの彼がギリギリ許容できるのがこの方法だった。
「歴代のライルは……私もですが、その意思を継いでライル・エリクシアを名乗りました。元々は別の名前がありましたが、それを捨て去ることがこの記憶を引き継ぐ条件でもありましたから」
「こんなはずじゃなかった……認めて欲しかっただけなのに……こんなはずじゃ……ライルに愛されたかっただけなのに……ライル……ライル……」
ソフィリアにはもう声が届いてはいなかった。ただ、ライルの名前だけ呼び続けている。
「ありきたりですが真理ですね。人間は一人じゃ生きてはいけない。あなたもそのことに気付いていればまた違ったかもしれませんね」
ソフィリア・サルヴァドランの体は、灰へと変わっていた。




