第12話 反撃開始
アルフレドはその後、目にも止まらぬ速さで蒼を刺した刃だけでなく、腕そのものを木っ端微塵にしてしまった。肉片というよりただの柔らかな素材が周辺に散らばっている。
「今のうちに」
冷静な声。だが瞳だけは相変わらず爆ぜた炎のように燃えているようだった。
蒼は急いで金色の鍵を取り出し、自分を心配するレーベンとサニーとミュスティーを門の中へ無理やり押し入れる。
「アオイさんは!?」
「緊急事態よ! しょう君とライルさんもこの中に入れなきゃ! 出てきたらダメだからね!!!」
「アオイ! ワタシは……!」
「ミュスティーも! レーベンの言うこと聞いてね!」
サニーと目を合わせた後、まだ何か言いたそうなレーベンとミュスティーの視線を避けて門を閉じた。そうしてその門は彼らごといつものように跡形もなく消えてしまう。
だがその瞬間、ビクッと蒼の体が震えた。原因は奇声だ。現時点でこの異空間に繋がる鍵のことを唯一知らなかった女性の甲高い声が、海底都市中に響き渡っていた。
「ア……アアアアア! 度々気配を見失った理由はこれだぁぁ!!! ッココココレ! コレはライルの新しい発明ですか!!?」
相手は腕二本なくなったことに気付きもしないのか、突然現れて消えた『異空間への門』に鼻息荒く大興奮している。オートマタが彼女を取り押さえるのに一段階力を強めたのがわかった。ライルの方へ視線を向けたままだが、ライルの返事すら待てずにずっと彼に話しかけ続けている。
「ああライル! あなた空間を使った魔法道具の開発はお得意でしたもんねぇ! でもでも! これって私も考えたことはあるんですよ!? 持ち運びできる研究所があればフィールドワークも楽になるしだけど他にやることがいっぱいあって時間が取れなくってそれに拠点にしている街に愛着わいちゃって結局意味ないかなとか思ったりしてだから私にも作れるんですいつかやろうと思っていたらあなたに先に作られちゃいましたふふっこれって昔を思い出しますよね懐かしいわそういえば……」
早口で自分が作り出さなかった言い訳をまくし立てているが、誰もまともに聞いていない。それより驚いたのはつい先ほどアルフレドが木っ端微塵にした腕が再生し始めたことだ。ほとんど同じタイミングでアレクサンドラがもう片方の腕をみじん切りにしていたが、それも形を取り戻し始めていた。
(それはナシでしょ~~~!)
しかし焦っているのは蒼だけ。カーライル家の姉弟は、切り刻むだけで消えないのならば燃やしてしまえばいいと、剣に炎をまとわせていた。それに他のメンバーも加勢し始める。
オルフェは風の魔法でその塵を一ヶ所に集め、レイジーが炎の魔法で焼き尽くす。初めての共同作業ではあるが二人のタイミングはバッチリ合っていた。
「再生できる回数は決まっています。このまま続けてください」
「ヒドイですライル! とっておきを教えるなんて! あなたと私が教えない限り絶対に気付かなかったのに! 蛆虫以下の理解力しかない奴らなんだから!」
言葉とは裏腹にソフィリアは嬉しそうだった。彼女はライルが自分の身体の構造がどうなっているか理解したことに喜びを感じている。彼が自分について語る全てが嬉しい。
(さて……どうやってあと二人を回収しよう)
蒼は心配性だ。だから『もしも』の時のことを頻繁に旅の仲間達に話していた。避難訓練まではしていないが、防災計画は立てている。
『もしも』この海底都市にいる間にイレギュラーなことが発生したら、蒼とアルフレド以外は何を置いても鍵の中に入ること。そしてその鍵を持って蒼とアルフレドは何を置いても海底都市の外へと脱出すること。ただしフィアだけは臨機応変に。そう決めていた。
なぜなら蒼の金色の鍵は蒼にしか扱えないからだ。この鍵の中の空間からは誰でも簡単に出て行くことができるが、鍵に触れられるのは彼女のみ。つまり、蒼が鍵の中の空間に入ってしまっている間に海底都市が沈むようなことがあれば、全員その空間から出られなくなってしまう恐れがある。
実はこれ、つい最近判明した事実。蒼はこれまで一度も誰にもこの鍵に触れさせなかった。仲間を信用していなかったわけではないが、お得意の『もしも』を考えること自体が辛く、二の足を踏んでいたのだ。結局アルフレド他、全ての生き物はその鍵を持つこともできなかった。彼らが触れると、鍵は幻のように揺らいだ。
この世界にやってきてからずっと不安に思っていた『もしも誰かに盗まれたらどうしよう』自体が、最初から取り越し苦労だったと判明したのだ。
「五十回……といったところか」
アレクサンドラの剣が最後の肉片を燃やした。
「油断するな。まだ本体が残っている」
「そうだな」
ソフィリアの腕はあっという間に燃え尽きてしまった。姉と弟は燃やし尽くした腕の持ち主への警戒を緩めない。
(もうこれ以上なにも起きませんように!)
そう願ってはいるが、きっとそうはいかないということをすでに蒼は学んでいる。
ライルは近づいてくる蒼の方を見なかった。これは彼がソフィリアの性格を知っていたからだ。あの奇声の矛先が蒼に向かないよう細心の注意を払ってくれている。過去、それで散々な目にあった同僚の女性研究者のことが記憶に残っていた。
(ゼノ達は強いみたいだけど……ライルさん大丈夫なの?)
二体がソフィリアを抑え、三体がライルの側に待機している。現在はルチル達を除いた勇者一行とライルがソフィリアを取り囲んでいるが、だれもまだ彼女の腕以外、直接攻撃をすることはなかった。全員がこの未知なる存在の取り扱いに頭を悩ませていた。
ライルがメガネの位置を直すと、ゼノがソフィリアに見られない位置で指を翔の方へと向けたのを蒼は確認した。あのメガネはオートマタへの連絡手段になってるのだ。
「なぜこれまでのライル・エリクシアがあなたと同じ体にならなかったかご存知ですか?」
「作れなかったからでしょう?」
ライルの問いかけてに、違うの? とキョトンとした声でソフィリアは答える。
「違います。初代のことをご存知ならわかるのでは?」
そう言われては答えないわけにはいかないと、ソフィリアの視線が斜め上を見ている。
彼女は反応しないが、離れた場所で瓦礫が崩れる音が聞こえてきた。ニーナとフィアが足止めしてくれているようだが、長時間そのままとはいかない。なによりせっかく三百年オートマタが守っていた街をこんな簡単に壊されたくない。
(できるだけ早く、できるだけ安全に……って難しいわね)
指示通り、蒼はライルではなく先に翔の方へと向かう。ソフィリアを刺激しないように注意しているが、そもそも見向きもされなかった。あの金色の鍵を持っているのは蒼だというのに。
翔に例の防災計画のことは話してはいなかったが、彼も察しがついたのだろう、ゆっくりと蒼の方へと移動する。シノノメもそれに合わせて動いていた。ソフィリアの視線の先が変わっていないか注意しながら。
「しょう君……」
こそこそと話しかける。
「ごめん……あおいねーちゃん……俺、あっちに行かなきゃ」
破壊音がどんどんと大きくなっていた。翔はロッドをギュッと握りしめている。蒼や周囲が自分を守ろうとしてくれていることは十分わかっているが、同時に、自分が行けば魔物との交戦でかなり有利になることも十分に知っていた。
「……わかった。気をつけて」
蒼の返事に翔の緊張が少し緩んだ。
「アチラの戦いが終わったらそのまま上へ移動します……いいですね?」
シノノメがこれが最大限の譲歩だといった困り顔で伝え、翔が軽く頷いたのを確認した。コチラには戻ってこない。
「アオイさん、アチラが終わったら合図します。……アルフレドさんから離れないように。下手に動くより一番安全なので」
彼にも今のアルフレドの状態がわかっているようだ。あのアレクサンドラにも引けを取らない。
翔とシノノメはそろそろと後退りをし、一気に魔物の方へと駆け出す。
「あ」
ソフィリアは翔が動いたことに気がついた。考えることをやめるいいきっかけになってしまったようだ。
「もう~ライルが変なこと聞くからですよ~」
またミシミシと言わせながらオートマタに押さえつけられた体を起こそうとしている。
「うぐっ……もうダメだ!!」
「オルフェ!?」
先ほどからぐっと怒りを抑えていたが、ついにグリフォンに体が変わってしまった。大きく嘴を開き、翼を羽ばたかせて威嚇し始める。
「アハハハハ! 死んでるってのによくやるわねぇ!」
「え!!?」
馬鹿にしたように高笑いした後、ソフィリアの体が揺らぎ霧散した。そのままグリフォンの羽ばたきに乗るかのように翔を追いかける。
「こ、こっちの魔王はいいの!?」
蒼は無意識にソフィリアの興味をひこうと叫んでいた。だが予想通りなんの反応もない。
「魔王の方は一度研究したから満足しているのでしょう。次は勇者を使って私の気を引くつもりに違いありません」
「迷惑なやつだ」
「くそっ! あんな体ありかよ!」
そう言うとアレクサンドラとレイジーは一瞬で姿を消した。ソフィリアを追いかけて。
「昔から中途半端なところで満足する研究者でした」
ライルには珍しく軽蔑が含まれてた声だった。
「ライルさん、今のうちに鍵の中へ」
「いえ。私は見えている場所にいた方がいいでしょう」
「……ライルが消えればアオイが狙われる」
アルフレドが悔しそうに呟いた。蒼のことを一番に守りたいと思っているが、ライルも仲間だと彼はきちんと認識したていた。
(どうしよう……どうしよう……どうすれば……)
突然のことばかりで頭が回っていないという自覚がさらに蒼を焦らせる。
「ニューロとセロは魔物討伐の補助を。ソフィリア討伐の邪魔にならないように」
「わかりました」
オートマタ二体が素早く駆け出していく。
「せっかく長い時間この街を保守してくれていたのに……私のせいで申し訳ありません」
「かまいません。三代目ライル・エリクシアはコツコツと研究を積み重ねるのがお好きでした。彼に造られた私達も同じ性質を受け継いでいるようです。またコツコツ修繕すればいいだけです」
ライルはオートマタにまるで生きている人間へ向かってするような謝罪をし、ゼノはまるで人間のように相手を気遣うような言葉を口にした。
「コツコツ……」
そこでようやく蒼は少しだけ考えを巡らせられるようになった。
(そうだ。やれることは限られてるけど、なんにもできないわけじゃない)
完璧じゃなくともやれることはある。
「聖水! 聖水撒こう! 大量に!」
「そうですね。コツコツやりましょう。まずは魔物を。私は召喚術の方をどうにかします。どこかに召喚陣があるでしょうから」
ライルも目の前の状況に対応するのでギリギリだったと息を吐いた。全体を見渡せていなかったと。
「ダメだ! 危ない!」
「アルフレドは護衛でしょ! 頑張って私を守ってね!」
言い争う気はないのだと、アルフレドとしっかりと目を合わせる。あの瞳に負けないように。
「……レーベン達は外に出さないように。複数人は守れる保障がない」
「了解!」
急いでまた鍵の中へと入っていく。するとすでにレーベンがあれこれと準備を進めていた。門のそばに欲しかったものが並んでいる。
「浄化器補充してます! 聖水鉄砲も! それから聖水の泉の方、サニーさんがさらに浄化効果を高める魔法を使ってくれてるから……」
「わかった! レイジーに積極的に転移聖水使うように言っとく!」
勇者達は転移フープを使って、鍵の中の庭にある特別な聖水を利用していた。魔物への浄化効果も回復効果も抜群なそれは、レイジーの魔法と合わさってさらに効果を強めていたのだ。
蒼は浄化器を担ぎ、聖水鉄砲をライルに手渡す。今やれることをやり切るために。
ゆっくりと、誰にも聞こえないよう長く息を吐き、緊張し始めた心臓を鎮める。
「彼女の霧散は長くは続けられません。体が元に戻らなくなってしまいますから。元に戻ったら今度こそ捕まえましょう」
「方法が?」
「日頃は使わない言葉なんですが……どうやら運はこちらの味方のようです」
やっと頭が冴え始めたと、ライルは金の鍵の横で揺れている赤い指輪を見てニヤリと笑っていた。
ドン! と、大きな音を立てて大きな猪のような魔物が蒼達のいる広場まで吹っ飛んできた。さらに他にも大型魔獣が地面を踏み鳴らして向かってきているのが見える。
(大丈夫……即死を避ければ問題ない……まずは魔物を駆逐して……それからソフィリアよ!)
バチン! と、両頬を叩いた。
「さあ! 反撃開始ね!!!」




