第10話 ラスボス登場!
蒼達と再会後、まさかの戦闘が始まったかと思ったら、アレクサンドラとよく似た大柄な男性によってなんとかコトが収まった。
(このタイミングで出ていくのちょっと気まずいくないか!?)
翔はレイジーの魔法により透明になっていたのだ。時間制限付きではあるが、この魔法の効果によって勇者は感知の加護にすら引っ掛かることなく安全な場所から一人寂しくその騒動を見ることができていた。
(この魔法は便利だけど、干渉もできなくなくなるんだもんなぁ……)
とんでもないことになっても何もできない。この世界を救う勇者だと言うのに。なにもせずに全てが終わってしまった。
(これでいいのかな?)
自分に課せられた使命を思うと、それがこんな風な形で終わりを迎えることに安堵しているのが、少々情けないような気がするが……。
(うん。これでいいんだ)
その場にいる全員の表情が明るい。自分と同じように安堵している者もいる。やる気に満ちた覚悟を決めたような凛々しい表情の者も。
彼等はこの魔王を浄化して数百年の安寧を手に入れるよりも、新たな魔王と共生する世界を選んだ。
翔だって頑張るのならそっちの方がいい。
(蒼ねーちゃん嬉しそ~)
騒動がどうにか丸く収束したことに大喜びしているのがよくわかる。自分が——勇者が魔王のことをどう判断するか理解しているからこその喜びでもあるのだ。自分がどういう人間か信じてくれているのがわかり、翔は自分の中の使命という名の錘が軽くなっていくのがわかった。
(俺も喜んでいいんだ)
勇者として決着をつけたわけではない。だけど、これでいいのだ。
「ねぇねぇ! そろそろしょう君に会える!?」
蒼の喜びの中に、自分と再会できることも含められいると知って翔の表情も次第にほころんでいく。
「そろそろ時間だな。もうその辺にいると思うぞ」
「なにそれ!? 魔法!?」
「魔法~」
レイジーの得意気な声といったら。最近は仲間の反応も薄くなってきたので素直に驚く蒼の反応が嬉しい。
間もなく魔法の効果がきれる。翔はどんな顔で蒼に声をかけるか迷っていた。一方蒼の方も腕を組んで悩み始めている。
「唐揚げと照り焼き作らなきゃ! えーっとあと何が食べたいかな~……カレー? 肉じゃが……牛丼の方がいいかな?」
翔の好物を思い出しながら、あれがいいかこれがいいか……と茶色いメニューを考え続けている。
その時ほんの少しだけ、蒼の周囲に風が吹いた気がした。
「蒼ねーちゃん」
蒼の隣に、満面の笑みの翔が立っている。
「しょう君!? しょう君だ!!!」
一瞬、蒼は涙が込み上げてきた。だがグッと目に力を入れただひたすらに嬉しいと名前を呼ぶ。そしてそれは実は翔も同じだった。蒼はこの世界の勇者にとって、久しぶりに会えて泣き出したいくらい、隣にいて安心できる存在だった。
「今言ってたやつ全部食べたい!!!」
「おっしゃ! 任せて!!!」
手を取り合いブンブンと上下に振っている。こんなこと、翔が小さな頃以来だ。二人は全身全霊で再会を喜んでいた。
そんな中ニヤニヤとしたレイジーがアルフレドの方を見ている。
「せっかく今日一番活躍したのにな!」
「うっ……ほっといてくれ……!」
アルフレドだって蒼のヒーローになりたかったが、彼女のあの顔を見てそれを遮るような真似をするわけがない。
全人類憧れの勇者が目の前にいるのに、なんとも複雑そうな表情のアルフレドを見てレイジーだけではなくアレクサンドラも揶揄うような目で弟を見ている。そこに割って入ったのはフィアだ。兄の盾となり大きな体で隣に立った。
「姉さま! 真剣な人を揶揄ってはいけないんですよ!」
「ああフィア! 声が聞きたかったよ!」
可愛い弟に指摘されたことを誤魔化すように大袈裟に感動すると、アレクサンドラはぎゅっとそのモフモフとした体を抱きしめた。
「え!? 弟……?」
「キメラダ!」
レイジーもルチル達もフィアのキメラ化の件は彼女から知らされていなかったので、どういうことだとざわついている。
「なんだか無秩序な空間になってしまったな」
「かまわないでしょう。皆さん楽しそうです」
オルフェは自分に注目しないとは! とはならずその様子を少し微笑みながらシノノメと眺めていた。
「勇者様ってとってもお優しい方みたいですね」
「……そのようですね」
レーベンは高揚した表情で翔の方を見ていた。ライルの口元もホッとしたせいか緩んでいる。
ミュスティーとサニーだけは、このわちゃわちゃとした状況に取り残され呆気にとられていた。どう動いたらいいかわからないといった風になっている。
「あっ」
それに気がついたのは蒼だ。直後に翔も。
「皆さんこんにちは! 俺はショウと言います」
少し照れながらあらためて挨拶した翔は、主にミュスティーの方を見ていた。
「はじめまして勇者ショウ。魔王のミュスティーだ」
なんだか変な自己紹介だ。勇者も魔王もただの会社の肩書きくらいの感覚でミュスティーは呼んでいた。それが面白かったのか、翔はふふっと小さく笑っている。
「魔王を前にしてそれか」
アレクサンドラはやれやれと肩をすくめる。自分があれだけ拒絶していたが馬鹿みたいだと。
「アレクサンドラさんが納得してなかったら今こうやって受け入れられてないですよ」
彼女の行動を見て、やはり万人が納得する方法はないと思い知った。それで腹を括れたというのもある。そして同じようにミュスティーが覚悟を決めたような目をしていたのも見ていた。
「さすが私の勇者。よくわかっている」
アレクサンドラは満足そうに頷いた。
「俺は魔王との共生、いいと思ってます。そもそもこんなチャンスはこの世界で始まって以来だろうし、数百年後に次の魔王が誕生したとしてその魔王がミュスティーのように協力的かどうかは怪しいでしょう」
今回がこの世界にとって最後のチャンスかもしれないのだ。ならば挑戦してみたい。
「それにほら、戦わずして勝つのが一番だって言葉が……あったよね?」
急に自分の言っていることがあっているか不安になったのか翔は蒼に助けを求めた。
「あったあった! 孫子の兵法ね」
蒼も正直なところ絶対の自信はないが、そこは元社会人。ハッタリで自信満々な顔をするのは得意だ。誰? となっている面々には、あっちの世界の有名な武将だよ、と一応のフォローをする。
「そうか。ワタシは生きていられるんだな」
そのミュスティーの声には明らかに喜びが含まれていた。それを聞いた蒼他数名は涙腺に力を入れるのに必死だ。油断すると泣いてしまう。
蒼はまたもグッと堪えた涙を飲み込んだ。今はただぱあっと全員で喜びを分かち合いたい。
「さあ~! 今日は人がいっぱいいるから早めに夕飯の準備しなきゃね!」
「お米は多めに炊きましょう」
レーベンはすぐに翔の好みに気づいたようだ。なんせ蒼とご近所さんという話をしっかり覚えている。
「お米あるの!!!?」
案の定翔も反応していた。
蒼の愛するピースフルで穏やかな空気が海底都市を包み込み……かと思ったが、その空気はどんどんワイワイと祭りのような陽気な騒ぎへと変わっていく。
「いや~~~アオイがこれほど酒を解放してくれるなんてなかなかないぞ!」
先ほどの広場にテーブルや椅子を出し、海底都市の空間を贅沢に使っている。空は薄暗いゆらゆらとした光に変わっていた。この街の天井に月は見えないが、夜になると星のような煌めきが出てくる仕掛けがなされている。
オルフェはすでに酔っ払っていた。日頃はワインのボトルに線を引かれ一日に飲む量が決められているのだ。今日はお祝いだからと制限が取り払われていた。
「これ屋台で出せばいいじゃん!」
レイジーもビールと枝豆の組み合わせが気に入りすっかり出来上がっている。
「蒼ねーちゃん! 手伝うよ!」
座ってばかりで落ち着かないと翔はずっと立ったり座ったりとソワソワしている。
「いいのいいの。勇者ご一行様は今日くらい休まなきゃ」
冷えたコーラを手渡し無理やり座らせた。
彼らはこれから、上級神官達と考えるだけで気が重くなるようなやり取りが待っている。
「御使からの御神託次第ではありますが、それほど揉めるとは思えませんがねぇ」
シノノメは蒼ほどそのことを心配していないようだった。上級神官にとって御使は絶対的な存在。御使が彼らに今後の魔王の処遇について神託として説明すれば、従わないということは考えにくいのだ。
「とは言ってもな~組織形態が変わってきそうだからそれなりに騒がしくなるだろ」
「イソガシク ナル?」
「なるなる。それはしゃーない」
レイジーは酔う前からそんなことを考えていた。彼もまた人の子供の姿をした魔王を消し去るのとは違う苦労をした方が、世のためそして自分のためにいいと結論づけていた。
彼らが、翔がミュスティーを浄化しないと決めたことによって、上級神官の通常業務である『魔王発生強化阻止』から『魔王の保護と力の安定』に変わる可能性がある。
「安定に関しては勇者の血を引き継いでいる効果が大きいですね。魔王としての力をつけづらいというのは人類にとって朗報です。ミュスティーさんを作った時の研究資料を引っ張り出せればいいんですが。『与する者』から話が聞けますかね」
『与する者』への対応もどうするか考えなくてはいけない。アレクサンドラは、
「与する者か。手応えがあるといいがな」
そうほくそ笑んでいる。ある程度内部情報がわかった今となっては脅威などなく、彼女にとって戦い甲斐の有無くらいしか興味しかないのだ。
「まあ何にしても魔王の肉体を作った研究者から探してみよう。ソフィリア・サルヴァドランだったか」
「何か手伝うことは?」
「今はいい。行き詰まったら頼もう」
「わかりました」
アレクサンドラとライルは角煮をツマミながら淡々と今後を話し合っている。居酒屋で別部署同士が仕事の打ち合わせをしているようだと蒼はこっそり思っていた。
(ああ、本当によかった)
進む道が見えていると安心する。まだまだ険しい道かもしれないが、進み甲斐がある道だ。
「アルフレドありがと! 疲れただろうしお腹空いたでしょ? 席に戻って食べてよ」
「つまみ食いしてるから大丈夫」
アルフレドは積極的に食事の準備を手伝っていた。あの姉を避けていたいというのもあるが、なにより蒼の側にいたかった。よく知らない男が自分より仲良さげに蒼と手を繋いだことが彼の心をざわつかせている。
「勇者とは本当に仲がよかったんだね」
餃子をジュウジュウ焼き、平静を装いながら探りを入れる男。彼は今、元婚約者のリシュリーに侘びたくてたまらない。こんなに辛く切ない気持ちが存在することを生まれて初めて知ったのだ。
「歳の離れた兄弟みたいな感じなのよねぇ。ほら、アルフレドもフィアとファーラは可愛がってるでしょ?」
「え!? そ、そうだね」
まさか姉弟のような感情で接していたとは思いもしなかったアルフレドは、途端にヤキモチを妬いたことを恥ずかしく感じてしまう。彼女にはそんな気持ち、何一つなかったのだ。そしてそれは勇者側も同じ……一人勘違いをして勝手にショックを受けていた。
「おぉ~羽根がいい感じ」
皿に移された餃子を見て蒼がアルフレドの焼き加減を褒める。
アルフレドは気持ちを自覚してからというもの、恋心に振り回され続けている。何事もそつなくこなし、家を出た後ですらその見た目と振る舞いで女性からはモテていたアルフレドは、今、完全にパニックに陥っていた。
「あ、アオイ……あの、あのさ……」
アルフレドは蒼の方へ手を伸ばした。そのまま抱きしめてしまおうと……だが、
「うん。ポン酢とラー油がいるね」
ガクッと力が抜けてしまう。そして彼は気がついた。彼女はまた自分に対しても身内に近い感覚を抱いている可能性があることを。
だいたい男女が同じ屋根の下に住んでいるというのに、色っぽい事柄がこれまで何一つなかったのだ。ある意味、完全に信用されているということでもあるが……。
トボトボと二人で餃子を持って門の外へと出る。蒼はこの時、いつものクセで異空間につながる門の鍵をかけていた。
「餃子だ~!」
「いい匂いだな」
翔とレイジーが早速つまみ始める。そこにアレクサンドラが参戦しとうとした瞬間、ピクリと彼女が何かに反応した。
「誰か来る」
「へ?」
彼女の感知に引っかかったのだ。フィアが唸り声を上げている。気がつくと全員が立ち上がっていた。
コツコツと足音が足音が聞こえる。ちょうどこの街の隠し通路の出入り口がある方向から。
「これはこれは。そうそうたる顔ぶれね」
小柄なメガネの女性が、目を爛々とさせながら現れたのだ。




