第5話 影の勇者
朝の柔らかな日差しが蒼の家の屋根裏の窓から降り込んでいる。
「おはようございます。お加減どうですか?」
「お陰様でだいぶ回復いたしました」
心労から解放され寝込んでいたサニーは最近ようやく起き上がれるようになっていた。ただし、長く臥せっていたので極端に体力が落ち、今は少しずつリハビリをしている。シノノメが人体の仕組みに詳しく、アルフレドとの稽古の合間に彼女の様子を見てくれていた。
近頃はサニーの表情も柔らかに、本来の表情を取り戻しているようだった。蒼が持ってきた好物のコーンスープを見て嬉しそうな目になっている。
「あっ……」
「サニーさん!?」
突然、サニーが頭を抑えて前のめりになる。蒼は大慌てで誰かを呼ぼうとするが、彼女はそれを手で制した。そうして少し呼吸を整えながら、
「……勇者が見えました」
「しょう君が!?」
サニーは神官の末裔だ。予知の加護も受け継いでいる。本人は加護の力はそれほど強くないとは言っていたが、なんといっても彼女は魔王の母。弱いということはないだろうというのが蒼達の共通認識だった。
「あ……失礼しました。その、影の勇者の方です」
「そっち!?」
勇者の影武者はミュスティーとサニーの顔を知らないが、サニーは知っていた。
「幼い頃、こっそりお顔を拝見したことが。やはり勇者の末裔は特別ですから」
その思い出はいいものだったようだ。小さく微笑んでいるのが見えた。
(そういや影武者さんは今どうしてるんだろ……)
逃げ出した魔王を追いかけているのだろうか。
(逃げ続ける方も探し続ける方も大変だ)
最近は勇者と対談のその後のことを頻繁に話し合っている。
うまくいった場合とそうでない場合、それぞれを。
「おそらく一週間以内にどこかの道中で出会います。相手は三名……加護の有無はわかりません」
サニー曰く、今回の予言の的中率はそれなりだろうと。
「ほんの数秒間の予知は当たりやすいんです」
その代わり、彼女は滅多に予知を見ないそうだ。
「夕日の中、影の勇者はずいぶんと疲れているようでした」
「あらま……」
(勇者に休みはあるのかな)
蒼がこの世界にやってきた頃からずっと戦い続けているのだとしたら、社畜を経験済みの彼女からすれば、それは心身共に疲れるだろうな……と気の毒に思ってしまう。しかし彼らの使命感を知っているので、口に出すのは失礼だろうとそれ以上言葉を続けることはなかった。
そうして予言通り五日後に、サニーの言う通りの人物と小さな森の中の小道で巡り合った。
蒼達は念の為、またも初期のメンバーのみで行動している。最近鍵の中の居残り組は、秋臣から異世界の話を聞いて盛り上がっており、外出できない不満は特にないようだった。
肝心の影の勇者の様子だが、
(つ、疲れた顔してるっ!!!)
思っていたイメージの倍は影武者は疲れている。衣類も汚れていた。馬達もお付きと思われる二人もそうだ。それになにより蒼が驚いたのは、
(しょう君に似てるわ……)
間違いなく彼に近い血縁者だとわかる。困ったように笑った時の顔などそっくりといっていい。
「すみませんが、何か食べるものを売っていただけませんでしょうか」
蒼は急いでもてなす準備をする。
なぜならもしサニーの予知が当たったら、とんでもないお願いをすることに決めていたのだ。このためにわざわざワゴンを引いて歩いていた。彼らがくつろげるように簡易テーブルを出し、肉がホロホロになるまで煮たビーフシチューとちょっと硬めのパンを皿に盛りそっと手渡す。
「いい匂いの正体はこれですか!」
大喜びで食事をかき込んでいた。レーベンが彼らの馬にも食事を出し、甲斐甲斐しく世話をしている。
「どちらまで行かれるのですか?」
アルフレドが何気なく彼らの現状を尋ねた。この道の先にはセレーニアに向かう船が出ている街がある。
「あ、いえその……冒険者としての働き口を、さがっ探していましてっ」
急にオロオロとし始めた影の勇者達を見てアルフレドは慌てて、そうですよねっ! と肯定するが、実際のところセレーニアと反対方向——つまり今彼らがきた方向の方が冒険者や傭兵の仕事が多いことは知れ渡っている。
(言い訳考えてなかったんかい! けど……)
そんな余裕もなく必死にここまでやって来たということは、やはり魔王を追いかけて来たのだと確信に近い感覚が湧く。
「よかったらこのまま一緒に野営をしませんか。我々も人が多い方が安心して眠れますし」
「馬達も疲れている様子ですよ」
アルフレドとレーベンがそう提案するも、彼らはまだ少し迷っていた。
「ちょうど私達も早めの夕食にしようって話してたんです。少し待っていただけたら追加でお料理お出しできますし」
「そ、そこまでしていただくわけには……」
とは言ったものの、結局彼らは蒼達の提案を受け入れた。
レーベンが手際良くキャンプ用の焚き火台に火を起こし、蒼は網を敷きスキレットにベーコンやほうれん草や玉ねぎ、それにバターや牛乳、卵を入れてオムレツを焼き上げる。
彼らはそれを喜んでキレイに食べ上げた。
そうしてお腹が満たされたせいか、影の勇者達から焦りの表情が消えていた。落ち着きを取り戻し、思考がクリアになったようだ。
「助かりました。お気遣い感謝します」
影の勇者は蒼達の振る舞いの意図に気がつきすぐに感謝する。蒼は警戒されるのではないかと心配だったが、そんなことはなかった。
「実はこの者は予知の加護を持っておりまして……黒髪の女性が助けてくださる未来が見えていたのです」
「私!?」
『この者』と言われたお付きの男性はコクリと頷いて、
「あなたから食事をいただき、体力が回復する未来と、それから……」
予知の加護を持つ男は続きを話していいのかわらず、不安気に影の勇者の方を確認する。
「どうやら私が驚愕するような表情を見た、と」
代わりに影の勇者が苦笑しながら答えた。
そうして今度は蒼がアルフレド達に目配せをする。話すなら今だよね? と。
「私は……私はあなたが影の勇者だと知っています」
だがまだ影の勇者は驚かない。なんとなく正体がバレていたことは察していたようだ。お付きの二人の目は大きく開かれていたが。
「それから、本当の勇者の存在も知っています。顔も名前も、どんな人物かも……一緒にこの世界にやってきたので」
「あなたが……!!!」
どうやらこの表情が予知と同じ顔だったようだ。影の勇者は蒼の存在を知っていた。
「あなたによく似ています」
「ええそうでしょう……私の甥にあたりますから」
どんな反応をされるか少し不安だったが、影の勇者は喜びと寂しさが込み上げているような顔になっている。
「私はラセツと申します。本物の勇者がやってくる前に魔王を捕えておこうと思っていたのですが、見事の失敗し、感動の再会とはいきそうもありません」
叔父として格好をつけたかったんです、と小さく笑った。
「あ、失礼しました……私はアオイといいます。アルフレドにレーベン、そしてフィアです」
それぞれが頭を下げ、小さなフィアは尻尾を振った。
蒼は心臓がドキドキしている。まるで大口顧客の前でプレゼンをしたあの日のように。今から特大の『お願い』をするのだ。
(おし! やるぞ! 久しぶりにビジネスモード!)
アルフレド顔負けのポーカーフェイスで挑む。
「実は私、ラセツさんにお願いがあるんです」
「ええ、なんでしょう」
さっそく見透かされていたのがわかり少々恥ずかしいが、蒼は『アナタがわかっていたことはわかっていましたよ』とばかりの余裕の微笑みを返す。
ラセツのイタズラっぽいその視線は、やはり翔の身内なのだと思わせるものだった。
「勇者にプレゼントを届けていただきたいんです」
「プレゼント……」
蒼は屋台の下の扉から、箱詰めされた食糧を取り出した。それはこの世界では見かけないものばかり。
カップ麺にインスタントスープ、レトルト食品とチョコレートやスナック菓子。
「そして……海底都市で私が待ってるって伝えて欲しいんです」
「ラセツ様を使いっ走りにするつもりか!?」
お付きの一人が急に前に出てこようとするが、ラセツが片手を軽く上げると渋々引き下がる。蒼の方は特に焦ってはいない。想定内のことだったからだ。そりゃ失礼に感じるよね、と。
「申し訳ありません。もちろん私が直接行きたいんですが……」
「勇者は隠密で動いてますからね」
上級神官と繋がりがあり、勇者を探すツテのある影の勇者の方がよっぽど早く翔に辿り着ける。
魔王と勇者を引き合わせようと思ってもそう簡単にはいかない。ミュスティーの話ではお互いなんとなく居場所がわかるということだったので、いつかは会えるかもしれないが、できれば不意打ちではなく状況や場を整えておきたかった。
「わかりました。そのご依頼、引き受けましょう」
「ラセツ様!?」
「しばらく魔王の気配が消えたままだ。このまま進んでも状況は変わりそうもない」
蒼は大きく心臓が動くのを感じた。まさかラセツまで魔王の居所を感じることができるとは。
「それよりできることをしよう。アオイさんには今は話せない何か重大なこともあるようだし」
「!!?」
余裕の生まれた勇者の末裔とは恐ろしい。特別待遇なだけはある。彼は何もかもお見通しなのかもしれないと不安になるが、ビジネスモードの蒼だって負けたもんではない。
「感謝いたします。影の勇者様」
肯定も否定もせず、ただ深く頭を下げた。
「なぁに。勇者を支えるのも私達の仕事。アオイさんのことを随分と気にかけていたという話だから、あなたの無事とそのプレゼントがあれば士気も高まるというものでしょう」
翌日、蒼は食糧を入れ込んだ箱に手紙とスマートフォンを入れた。
「これで私からだってわかると思います」
それから、彼らへのお弁当も忘れない。
「またお会いしましょう」
蒼に反発したお付きも、久しぶりに一晩ゆっくり休んだおかげかトゲトゲしさがなくなっていた。前日に声を荒げてしまったことをわざわざ詫び、深く礼を言ってラセツと共に去っていった。
(これで後に引けない)
世界が、運命が動き始めた。




