第3話 旅の仲間とその変化
「アオイ、きっちり計った」
「ありがと! そしたらそっちのパンに切り込み入れてて欲しいの」
「一緒にやりましょう」
最近キッチンに入り浸っているのはミュスティーだ。レーベンがここでの日常生活のメンターとなって、手取り足取り教えている。
今は屋台用のバターサブレとアコーディオンサンドを作っていた。ミュスティーは瞬きもせずレーベンの手の動きを観察している。
(あれだけ広く見えた家が手狭に感じ始める時が来るとは)
気付けば大所帯だ。
蒼達はセレーニアを後にし、また旅に出ていた。ミュスティーへの追手を考えると、長期間同じ場所に留まるのもよくない。
現在蒼の家に住んでいるのは、
家主で異世界人の蒼
凄腕護衛のアルフレド
配慮の達人レーベン
大犬キメラのフィア
齢三百歳グリフォンのキメラであるオルフェ
トンデモ学者のライル・エリクシア
馬のルーとヒューリー
そしてご存知、
世界を滅ぼす魔王ことミュスティー
その母親であるサニー
さらにさらに、
戦う神官の末裔シノノメ
時々鏡から顔お覗かす異世界人秋臣
こうなってくると問題は部屋割りである。
「えぇ!? オルフェも来るの!?」
オルフェの使っていた屋根裏部屋をサニーとミュスティー親子に明け渡そうと思っていたのだが、セレーニアから旅立つ直前、彼は意気揚々と自分の荷物を持って蒼の前に現れた。
せっかく長い月日を経て実家に戻れたのだ。それに何不自由のない生活が送れている。なにより蒼達の旅はこれから危険と隣り合わせになる可能性が高い。だから蒼達はオルフェとはここでお別れだと思い込んでいた。
「喜びたまえ!」
天空都市ユートレイナに戻るついでだとか、自分がいなければこの団体をまとめられないだろう等々、ごちゃごちゃと理由を並べていたが、
「よかったぁ~! オルフェとサヨナラするのは寂しかったんだ」
フィアの心からの声に彼は言葉を詰まらせていたので、蒼はちょっぴり涙が込み上げてきた自分に驚いた。すっかりこの世界に、旅の仲間達に情が移っているのを実感した。
そんな感情に浸っていたかったが、その後は各自使う部屋の遠慮合戦が始まり慌ただしさが増していく。
「私達は外でもかまいません! 道中はずっと野営でしたし」
サニーは負い目があるのかすぐにオルフェに部屋を返そうとするが、
「私が女性を押し退けてまで部屋を使うなどと思わないでいただきたい。しかたないから蒼の部屋に……」
「まだ言うか!」
「オルフェさん、僕の部屋を使ってください。僕は体が小さいですし、使っていない物置部屋で寝てもいいですか?」
レーベンがニコニコと蒼に尋ねた。彼もわかりやすくオルフェとまた一緒に旅ができることを喜んでいる。
「な! 私が成長期の子供から部屋を奪うわけがないだろう!」
予想外にオルフェはこれ以上主張せず、結局彼が物置部屋で眠ることが決まった。ただし、改修をおこなったが。
「お庭を借りられるのであれば私もそこで。幕はございますので」
もう一つの物置小屋で寝る予定だったシノノメまでそんなことを言い始めた。
「なんせ外にいて雨にうたれることも風にさらされることもありません。毎日星空の下で快適に眠ることができるなんてなんて幸せなんでしょう」
「た、確かに……!」
蒼の空間に入ってしまえば、外界の影響は全く受けない。彼の言う通り、家の中でも庭でもそういう意味では変わらないのだ。
「じゃあ、中で寝たい時は気にせずそうしてくださいね」
「なんと贅沢な……! 感謝申し上げます」
このシノノメという男を蒼の空間に招き入れたのには理由がある。
彼は勇者である翔と旅するためにやってきた、選ばれし神官の末裔だったのだ。ライルの嘘を見抜く加護でそれが真実だと分かった時、蒼は咄嗟にミュステイーを庇うかの如く彼らの間に入った。だがシノノメは相変わらずノンビリと、だが優しい瞳で蒼の目をしっかりと見て、
『この鏡を通して御使アーレイから事情は伺っています。ご心配なさらずとも魔王を浄化できるのは勇者だけ。勇者の判断もなく、私が無抵抗な彼に何かをすることはありません』
目の前のミュスティーに少しも動揺を見せず、やはり穏やかに告げる。見た目は全然似ていないが、あのサラ・ガルドと血筋が同じなのだと妙な感動を覚えたのだった。
その後彼はやっと自分のことを語りはじめる。
『私は神官ではないのです。ただの武闘家でして』
もちろん予知の加護を受け継いでいたが、彼が見る予知は上級神官であるサラのそれとは違った。
『直前の未来が見えるので戦闘面では有利なのですが、遠くの未来は滅多にみることがなく……勇者様のお役に立てるといいのですが』
どうして自分が名誉ある勇者の側仕えとして選ばれたかはわからないが、精一杯やるつもりだと少し誇らしそうにしていた。
彼の予知はほんのすぐ先を見るため当たる確率が高く、その予知に素早く反応することができれば戦闘面で大変有利である。魔物相手にも、籠手だけで殴り倒していると本人は語っていた。蒼はその絵面が思い浮かばず、どうやって? と頭を傾げたが、アルフレドの方は感心していた。
◇◇◇
「こりゃ美味しそうだ!」
お客がミュスティーから本日最後のアコーディオンサンドを受け取り、ご機嫌に屋台を後にするのを彼は少し不思議そうな表情で見送っていた。
「わからないものだな。ワタシが魔王とは」
「そりゃわかんないよ~」
そんなもんか、というミュスティーの面白がるような呟きを聞いて、蒼はちょっとホッとした。魔王としてのプライドが傷ついたというわけではなさそうだ。
「フィア、蒼とミュスティーを」
「は~い」
アルフレドが弟に声をかける。二人を家の入り口まで無事に送り届けるために。どこに『与する者』がいるかわかったもんではないからと。
最近は時々——特にミュスティーが調理に参加した時は、蒼達と一緒に屋台に出ていた。売り切れた時点で家には戻るが、魔王にとっては初めての経験ばかりで、かなり新鮮に感じているようだった。それもいい意味で。
「片付けよろしくね」
「任せてください!」
レーベンがいつも通り元気よく返事をした。アルフレドは片手を上げて応答しただけ。
(な~んか最近アルフレドに避けられてるような?)
以前の彼なら必ず自分で護衛していた。それにキッチンへ入り浸ることもなくなり、しょっちゅうシノノメと庭で稽古している。
いや、避けられているのは自分ではなくてやっぱりミュスティー? いやいや、シノノメとの手合わせが楽しいのかもと、蒼はアルフレドに避けられる理由が全く思い浮かばないが故に、違和感を感じながらも少しも気にはしていなかった。
アルフレドの方はアルフレドの方で、
(いつもどんな顔して接してたっけ!?)
(今、俺変なこと言ってないよな?)
(これまでだったらどう動いてた……?)
完全に意識しすぎで一人混乱していた。今は魔王と一緒に行動しているのだから、集中し緊張感を持って過ごすべきなのだ。それが戦士の末裔として生まれた人間の宿命……と、自分に言い聞かせた三秒後には蒼のことを考えている始末。
応急処置として、泣く泣く蒼と関わる機会を減らしていた。ちょうど人数も増えていたので、悲しいかなそれは簡単にどうにかなった。
(冷静に対応できるまで……落ち着くまではこの距離感でいこう)
彼もいい大人だ。元々自制心も強い。もう少し気持ちのコントロールがうまくいくまで。蒼の前で常にいつも通りでいることができるまでは大人しくしていようと。なのに。
「ねぇ……今日の夜、二人で話せる?」
「……え!?」
シノノメとの稽古後、庭で汗を拭いていたところ蒼がこっそり話しかけてきたのだ。
「部屋に行ってもいい?」
「!!? い、いいけど……」
(なになになになになになになに)
顔をタオルで拭きながら、必死の思いで動揺を隠す。心臓の音が外まで聞こえている気がした。
約束の時間、アルフレドは部屋のドアの前に立って、蒼の気配がするを待っていた。
ノック音がした瞬間、ただでさえうるさい心臓がさらに激しく動き出す。それを一度の深呼吸でどうにか抑えると、ゆっくりとドアを開いた。
(どんな表情!?)
アルフレドの部屋に入ってきた蒼は、笑っているよな、困っているような、緊張したような表情だった。
「どうしたの?」
あらかじめ考えていた一言、ちゃんといつも通りに言えたかアルフレドは不安だったが、蒼の方も彼の変化に気づく余裕はないようだった。少し下を見たまま、バツが悪そうにしている。
「アルフレドには、一番最初に言っておきたくて……その。ずっと黙ってきたこと」
「……うん」
内容がわからずまだ不安もあるが、蒼が自分を優先してくれたという事実が彼の口元をつい上げてしまっている。
「私……その、実はね……」
蒼はいい淀みながら、なんとか最後までいいきった。
「勇者と知り合いなの」
一瞬だけ間をおいて、アルフレドが答える。
「そっか」
悪い話ではなくて安心した。アルフレドはそんな安堵の表情になっているが、それが蒼にはずいぶん余裕のある顔に見えたのだ。
「あれ!? そんな反応!? まさか気付いてた!?」
「ん? うーん……なんとなくね」
彼はアレクサンドラから勇者の概要を聞いていた。どうやら御使によって遠くの世界に逃がされており、それが最近戻ってきたと。遠くの世界とは異世界のことだということは簡単に想像がついた。
だが蒼は決して勇者のことを口にしなかった。それは彼女が自分を信頼していないからではなく、勇者のことを大切に思っているからこそだろうと、その時は蒼の良さを再認識していたのだが今となっては、
(勇者相手にヤキモチ妬くなんて……)
自己嫌悪に陥ってしまう。そしてアルフレドがそんな表情に変わっていったのを見た蒼は、勇者のことを黙っていた事実に彼が傷ついたのだと勘違いをした。
「ご、ごごごごめんね! 話したい気持ちはあったんだけど、重荷になりたくなくて! ほら、勇者って情報出回ってなかったし、万が一私のことが魔王にバレて情報を聞き出そうとしたら……」
「うん。大丈夫。わかってる。これは俺の問題」
「……?」
フウ、とアルフレドは息をはきだすと、いつも通りの柔らかな笑顔になっていた。
「話してくれてありがとう」
「アルフレドとはこれからも一蓮托生だからね」
「イチレンタクショウ……」
「どんな運命をも共にするってことよ」
蒼はおどけていったが、アルフレドの方はそれを聞いてずいぶんとご機嫌な笑顔に変わっていった。




