第1話 散歩
この度、蒼一行に魔王とその母親が加わった。
こうなる直前まで蒼は楽観視していた。
ミュスティーが御使から蒼と同じような異空間を受け取り次第、魔王とその母親とはサヨナラだと。お互いの人生がより良いものであるように声をかけてお別れすると。
だが、待てど暮らせどリルケルラからの連絡はない。毎日誰かしらがテレビの前で待機していたが、テレビはまたウンともスンともいわなくなった。
だが蒼以外は誰も気にしていない。彼らにしてみれば御使と顔を見合わせて会話をしただけでもとんでもないことだ。こちらが要求したものを急かして手に入れようなんて考えはない。
ただ彼女だけが一人焦っていた。
(流石に一週間音沙汰なしってのは変よね?)
蒼の時はほんの一瞬で金色の鍵が出てきた。だから彼女が一人でテレビの前で待つことにしたのだ。何か他の人には言いづらいことでも起きたのかもしれないと。
そしてそれは当たっていた。
『例の魔王に異空間を与えてるっていう件、御使の中でも揉めてて~……いやいや大丈夫ですよ! ちゃんと空間は用意しますから!』
リルケルラは素の状態になっている。あれだけ御使ぶって格好をつけたのにうまくいかなかったので本人もどうしようと困っていた。
『今更!? 一任されてたんですよね!?』
『まさかこんなことになるとは思ってなかったんじゃないですかね~先輩方……』
それはそっちもそうでしょう~? と、リルケルラはへへへと誤魔化すように笑っている。
『まあここだけの話、異空間にこのまま閉じ込めちゃえばって意見が出てきてしまって……説得まであとちょっとなんでもう少しだけお待ちを!』
『ええええええ! ちょっとそれ、大丈夫なんですか!?』
そんな騙し討ちのようなことを御使がするなんて!? という気持ちと、いやいや彼らは世界の管理官なのだから安全策を取ろうとするのは当たり前かもしれない……という考えが同時に浮かんだ。
『いつも厄介な先輩二人がこっちの味方なのでなんとかなります。ほら、アオイさんが恩を売ってたアペルシアとギールベルト』
『お、恩は売っとくもんですね……』
(まさかこんな壮大な恩返しに繋がるなんて思ってなかったけど……)
アペルシアは蒼に頼んでお気に入りの街である芸術の都フィーラを守り、ギールベルトは愛する大鹿を救ってもらっていた。
それで蒼側の意見についてくれている。リルケルラ曰く、それがなければきっとこの二柱は魔王封印派になっていただろうと。
『今の魔王を封印したからといって地上に新たな魔王が出ない保証なんてないのにですよ~?』
それでもやってみるべきだという派閥と、いやいや今が魔王をコントロールする千載一遇のチャンスだという派閥に分かれていた。ただ魔王封印派は感情面からそう言っているだけなのだと、リルケルラはやれやれといった表情になっている。
『ほら、一つ前の私が魔王に消されてしまった時の争い。その時痛い目みた先輩達は受け入れるのに時間がかかるみたいで~』
『他人事のように言いますけど、リルケルラさんはいいんですか……?』
相も変わらずノリが軽すぎて蒼の方が心配になる。
『いいですよ。一代前は私であって私でないですし。だからこそ魔王も同じだと思います』
同じ記憶があるからといって同一視はしていない、ということだ。別物として見ている。だからリルケルラは、今の魔王は魔王であるにも関わらず平和主義で悪意にも戦意にも飲み込まれていないと判断していた。
『前から思ってましたけど……御使って人間味に溢れてますよねぇ』
『そりゃそうですよ! 地上の生き物の感情が蓄積して発生したんですから! なのに完璧を求められて、私達も大変なんですよ!』
リルケルラはわざとらしく拗ねるような言い方だった。
『それは申し訳ない!』
蒼もそれに乗っかって大袈裟に謝るふりをする。そのやりとりで御使はふふっと笑っていた。
『まあでもわかります。我々には力があるし、人はそんな存在に心を寄せ安心したいのでしょう。無条件に頼れる存在といいますか』
『心の安定のためですね~』
そういうわけでミュスティーとサラ親子はしばらく蒼と一緒に行動することになったのだ。なんせ異空間なら『与する者』に見つからない。かといって閉じ込めておくのも監禁しているようで心がザワザワする。
ミュスティーも外の世界には興味があるようだった。これまでは過去の魔王の記憶と本の中での知識だけだったと。
とりあえずの対応ということで蒼は一つ提案してみることにした。これはアルフレド達とも相談して決めたことだ。
「早朝とか夕方とか、人が少ない時間に散歩にでも出る?」
本当は賑やかな時間帯に街を歩かせてあげたいが、人が多いと『与する者』も紛れやすい。
「いいのか?」
「ずっと家でも退屈でしょ?」
蒼の家に置いてある古本から目を離し、ほんの少しだけ嬉しそうにミュスティーの目尻が下がった。今はオルフェの実家の離れを借り、そこを拠点にしている。家の中に入ってさらに蒼の鍵を使うのだ。サニーとミュスティーは安全のため、いつもその鍵の中にいた。
アルフレドは魔王の処遇について全てに賛成というわけではなさそうだったが、意見を同じくするライル・エリクシアに、
『これまでと違う歴史を作りたかったら違うことをする必要がある』
そう言われて納得した。今浄化してもまたいつか新たな魔王が発生し、次こそ世界は崩壊してしまうかもしれない。
この二人は魔王が普通の生活を望むとはとても信じられないようだった。しかし彼らの目の前に現れたのは、人間の姿をし消えることを恐れている少年だ。
朝夕の散歩のメンバーはいつもバラバラだった。最初はサニーが必ず一緒にいたが、しばらくすると突然体の調子を崩し寝込んでしまった。聖水でも治療魔法でも治らず蒼は心配したが、
「こんな時に申し訳ありません……緊張の糸が切れたんだと思います」
「確かに。ここの聖水まで効かないということであれば体内に問題はないのでしょう」
ライルが言うと説得力がある。
「ゆっくり眠るといい。ワタシは大丈夫」
ミュスティーはそっとサニーの肩に手を置くと、彼女は小さく頷き目を閉じた。
(私達のこと信用してくれたってことかな)
蒼はそう捉えることにした。やっと彼らが安らげる場所へ辿り着けたのだと。
「サニーはずっとワタシの側にいてくれた。手放すこともできたのに。逃亡生活を続ける必要もなかった」
今日の散歩はセレーニアの朝日が昇る砂浜海岸。蒼とアルフレドが一緒に歩いている。
ミュスティーは裸足になって、波が足元を撫でる感覚を味わっているようだった。
「朝ごはん食べよっか」
濡れない場所に座り、蒼はミュスティーとアルフレドに大き目に握ったおにぎりを手渡す。シャケ入りだ。小さめのメスティンには味噌汁が入っている。
「あとは味付けタマゴとおかかとそぼろがあるよ~」
ゴロゴロとしたおにぎりがバスケットに入れられていた。
「朝食にワショクは久しぶりだね」
アルフレドの緊張が少し緩み、蒼はホッとする。
彼はミュスティーとほとんど会話をしない。何を話していいかわからないのだ。
「人数が増えたもんねぇ」
他のメンバーも別に和食を嫌がることはなかったが、やはり食べ慣れないものをしょっちゅう出すのも憚られたので、最近ではたまに夜食用としてコッソリ作る程度だった。
「海とワショクって合う気がするよ」
「あはは! ちょっとしょっぱいからかな?」
思ったよりおにぎりに塩がきいていた。
「ミュスティー、味があわなかったら無理しなくていいからね」
「いや。美味しい。美味しいと感じる」
(やっぱり東方の国って日本と似た食文化なのかな)
サニーは先祖は東方からやってきたと言っていた。
三人はそのまま黙々と食べ続けている。会話はない。やはりこの三人だといまだに少しぎこちなくなる。そのうち蒼達と同じく朝の散歩を楽しんでいたらしい老人が一人、人懐こい笑顔で近づいてきた。
「やあおはよう! 珍しいものを食べてるじゃないか」
「おはようございます。これ、お米をギュッと握ったものなんです」
途端にアルフレドの雰囲気が少し変わった。『与する者』の姿がわからないので警戒をしているのだ。だが、ミュスティーは小さく首を振っている。
「知ってる知ってる! 若い頃商船に乗ってアシハラ国へ行った時に食べたんだ」
老人はそれには気づかず蒼の方ばかり見ていた。懐かしくってつい声をかけてしまったと。
「よかったらお一つどうですか?」
「いいのかい!? いやぁ悪いな~催促したみたいで」
そうして老人はドシンと蒼の隣に座って、ご機嫌におにぎりをうまいうまいと食べ始めた。ミュスティーはその男性に初めて見る生き物のような視線を送っていた。
「あんた達みたいな若い人は今の世が不安だろうが……なあに大丈夫さ! 勇者様が救ってくださる!」
海を見ながら悲壮感とは無縁そうな声色だった。彼は蒼達が美しい朝焼けの中でしんみりした雰囲気だったのが気になって声をかけてくれたのだ。昨今のニュースで、自分達の未来に不安を抱いているのではないかと。
「でも……もしダメだったら?」
ミュスティーは別に老人の言葉で不快になったわけではない。単純に『もしも』の答えが聞きたかった。
「そんときゃ受け入れるしかないなぁ。俺たちゃ勇者様に頼りっぱなしなわけだし、責めるわけにもいかんだろう」
「魔王に滅ぼされるの、嫌じゃない?」
「そりゃ嫌さ! この歳になってもな!」
ガハハと大笑いしながらミュスティーの頭を撫でる。
「だがなぁ……魔王が生まれるのも受け入れるしかないんだ。生きてる以上どうしても嫉妬したり怒ったりしちまうし。誰だってそうだ。誰だってそのことを責められない」
蒼はウンウンと頷いていた。これは彼女も思っていたことだ。この世界で暮らす人々の前では喧嘩を売るようでとても言えなかったが。
(やっぱりこんな風に考えてる人もいるんだ)
アルフレドは真面目な顔になっている。自分達の存在を脅かすものを簡単には受け入れられないが、彼にも身に覚えがあるのだ。自身が抱いた嫉妬、怒り、恨みに憎しみに。
ミュスティーの中にいる魔王は、自分の中から出てきたものなのだとあらためて突きつけられた気がしていた。
「そういう不安や恐怖とうまく付き合って行けるようになったら、俺みたいなカッコいいジジイになれるからよ! 人生は楽しんだもん勝ちだぞ!」
「楽しんだもん勝ち……」
ミュスティーはその言葉を繰り返した。
老人はその少年の目が光を取り戻したのを見て満足そうににんまりと笑うと、蒼に礼を言ってまた海岸沿いへ散歩に戻って行った。
「そうだそうだ。私、人生を楽しむんだった!」
アルフレドもミュスティーも物思いに耽り始めてしまったので、蒼は戯けるように声を上げた。
「最近忙しくて忘れてたわ!」
「それはすまないことをした」
ミュスティーの声色が変わった。これまでは感情を読み取り辛かったが、なんだか少し面白がっているのがわかる。
「でも実はこの状況を内心楽しんでるって言ったら不謹慎?」
それに応えるように蒼も少し笑っていた。
「不謹慎だね~ここだけの話にしておこう」
アルフレドもそうだ。いつもの柔らかな雰囲気に戻っていた。
(今日は朝から調子がいいぞ!)
アルフレドとミュスティーが少しだけ打ち解け、ルンルンと柄にもなくスキップしながらニコロス家の屋敷へと帰っていた。
だがそのご機嫌もここまで。
「アオイー!!!」
オルフェが人の姿のまま息を切らして走ってきた。あまりの慌てっぷりに、蒼はついにミュスティー用の鍵の準備でもできたのかな、と思ったのだ。残念ながらそうではなかったが。
「き、君の……君の弟だって男が……来てる……」
「……は?」




