第5話 魔王と御使と勇者
蒼達は今、海底都市アクアネオンから少し離れたセンフーという街にいる。
「ポカポカします」
南下しているだけあり、季節はまだ冬といえどもこの街は春のような暖かさだった。久しくしていなかった日向ぼっこをフィアとレーベンは楽しんでいる。
蒼達はその街でのんびり商売をしながら今後の計画を立てている最中だ。
「アクアネオンまで一瞬だったもんね」
なんとなく立てていた計画がギュッと短縮されたのだ。
「あれはすごい体験だった!」
冒険者生活の長いアルフレドにもなかなか刺激的な出来事だったようで、話題になるたびあのワクワクを思い出している。
本日のメニューは野菜少なめタコスと、チュロスのようなスティック型のドーナツ。この街は冒険者や傭兵の出入りが多い。先日蒼達が抜け道ならぬ抜けトンネルを使うために浄化をしたエリアにいた魔物が時々悪さをしていたからだ。初日からさくさくと売れていく。
「え!? おい! アルフレドじゃねぇか!」
「フレッド!? ダストン!? 久しぶりだな!」
「うわぁ~! アオイの屋台だー!! まさかこんなところでまた食べられるなんて!!!」
トリエスタでアオイの屋台の常連だった冒険者達にも再会した。いい匂いに釣られてやってきたらまさかの二人がいたのだ。彼らも蒼達が水の都テノーラスへ旅立った後、また別の稼ぎどころを探して移動していた。
「レイジーのやつが会いたがってたぞ」
「レイジー!? なんだかもう懐かしいわ~」
(皆元気かな)
ワイワイとトリエスタ話が弾む。
「オレらも色々な街回ったけどアオイのメシがやっぱり一番うめぇよ!」
彼らは忘れていない。そう言えば蒼が気分を良くしてオマケを出してくることを。
レーベンが気を利かせて蒼とアルフレドに、
「僕が店番しているので、どうぞ皆さんで!」
そう促してくれたので、蒼達は情報収集も兼ねて広場の噴水に腰掛けてチュロスとホットチョコレートを片手にお喋りタイムだ。
『貴族のティータイムか!?』
と、フレッドとダストンが騒ぎそうになるのを、しーっと口元に人差し指を当てて注意する。
「オレらこの街のちょっと先にある、魔物の森の討伐隊に参加しようと思ってここまで来たんだけどよ」
「まさかまさかで一週間くらい前に急に森中が浄化されちゃったんだよ。肩透かしくらってたからお前らに会えてよかった」
「え!? そ、そうなの……?」
まさかそんな討伐隊が組まれていたとは知らず、蒼達は問答無用でその一帯——アクアネオンへの抜けトンネルが隠されていた森を浄化してしまっていた。
「魔王の力が増してるせいであの森の魔物も強くなっちまってたらしいから。これ以上増えたりする前にって」
「まあ残党狩りはあるからよ。アルフレドも行こうぜ! 残ってるやつほど手強いだろうし」
「そうだな」
久しぶりにアルフレドはにこやかなポーカーフェイスになっているが、内心あちゃーと思っている。知らなかったとはいえ冒険者の食い扶持を減らすことになってしまったと。今の時代、冒険者の仕事は溢れているとはいえ少々の罪悪感が湧いてしまう。彼らもそれなりに計画して街を移動していた。転移装置も飛行機も動く歩道もないので、旅することはなかなか大変なのだ。
「でもやっぱりあの規模を短時間で浄化するってことは勇者がこの辺まで来てるのかな~」
「つーことは魔王も?」
フレッド達はムムッと難しい顔になっている。一方、蒼はどんな顔をすればいいかわからない。怯えるべき? 驚くべき? なんせやったのは勇者ではなく自分達。
「でも勇者はブルベリア辺りにいるんでしょう?」
「いや、どうも逃げ出した魔王を追いかけてるって話だ」
「うええええ!? そうなの!?」
(翔くん大変じゃん!)
アルフレドの方は勇者の件はアレクサンドラに聞いて知っていたが、蒼には話していなかったのでもちろん一緒に驚いたふりをしている。ただ、魔王が逃げ出したというのは初耳だ。ブルベリアでの戦闘は拮抗していたという話だったので、なぜ逃げたのか、その情報が本当かもわからない。
「対魔王軍は主要な穀物地帯の防衛と、『魔王に与する者』を捉える隊に分散して今は動いてるんだってよ」
「へぇ~~~」
そのどちらとも会った蒼は、あの時すでにそういう状況だったのだと気付き内心驚きを隠せない。アルフレドの父親は防衛を、サラ・ガルド達は捕縛を目的に活動をしていたのだ。
「世の中大変なことになってるのねぇ……」
「なぁ。でも思ったより……って感じでもあるかも」
フレッドがあらためて考えると……と首を傾げながら話す。
「末裔達は大変かもしれねぇけど、オレらくらいになると、小さい頃から聞かされた魔王がいる世界ってもっとこう……」
「この世の終わり!!! って気配はあんまりしないよな」
ダストンも魔王が発生したからといって絶望するのはまだ早いと思っているようだ。
「前回から三百年かけて準備してたからかもね」
蒼の方は生まれも育ちも異世界なのでその感覚に共感はできない。だからちょっと話をそらすようなことを言う。実際、上級神官達がどうにか世界が混乱しないよう画策していることは知っていた。
「ああなるほど!」
「それはあるかもな~」
これには二人とも同意した。それなりに積み重ねてきたものや努力してきた人のお陰で今の世界があることを。
◇◇◇
「だそうですよ」
家に戻り、蒼の書斎を我が物顔で使っているライルに声をかける。今日聞いた話が彼に必要な情報だったからだ。
「魔王が移動……なるほどそれで」
ライル・エリクシアはアクアネオンから移動後もまだ蒼達と一緒にいた。というのも、例の魔王探知装置がうまく機能していないかも……ということで、どうするか考えていたのだ。
「ブルベリアの方向を指さなかったのはそういう理由ですか」
コンパスのようなその装置は魔王のいる方向を示してくれる。近ければ近いほど赤く光、遠い内は淡い光のまま。ちなみにこの装置のおかげで三百年前のアクアネオンの住民達は事前に逃げ出すことが出来ていた。
「ということは、やはりセレーニア小国連合の方向ですね」
「じゃあまだしばらく一緒だ!」
蒼の声が軽やかだったので、ライルは少し不思議そうな表情になっていた。
「……私と旅を続けることを喜ぶとはなかなか物好きですね。それとも異世界の方は皆アオイさんのような?」
彼は自分が無愛想で偏屈だと自覚があった。人付き合いは得意ではない。
「いやいや。人の良さならこの世界の人達は負けないでしょ~。私はライルさんの話が面白くって好きなだけですよ」
「しかしこの世界の人間の善良さは魔王由来のものだと考えると……いえ、結果は結果か……」
この時、蒼は以前サラと似たような話をしたことを思い出していた。
(当たり前だけど、魔王って存在は大きいんだな)
そのことを自分はわかっているようでわかっていないのだ。と、あらためて蒼は自覚を持つ。異世界出身の自分はどうしてもその感覚が薄いと。
「約束の期間が延長ということで、あらためて今後のお話をする前に一つだけ質問することを許していただきたい」
「……いいですよ。答えられることなら」
ライルから旅に同行したい、という話があった際に蒼は彼と約束したのだ。何を見ても追求しないと。蒼のものに手を出さないと。ただし、必要なことは先に伝えておいた。蒼が異世界人であることや、この特別な空間や家は御使からもらったことを。
ライルはすぐに了承した。追求を禁じられても、大抵のことは見ただけである程度判断がつく。結果は予想外だったが、彼は約束を守った。
「アオイさんは御使のことをどう思われますか?」
「御使ですか?」
「そちらの鍵を与えられた時に会われたのでは?」
「……そうですね」
家のことではなく、家をくれた相手のことを聞かれるとは蒼は思っていなかった。アルフレドやレーベンにも聞かれたが、彼らは御使のことを敬愛しているように感じられたので、ただ美しくて神々しかったと、見た目のことしか答えていない。だが、ライルは……。
「う~~~ん。なんだか、親近感を覚える相手でした」
正直に感想を述べる。神殿に飾られた神々しくも神秘的な彫刻を見て、なんだかちょっと違和感が湧くくらいには。
姿を見たのはリルケルラ、それに先輩であるアーレイ、それからアペルシア。それぞれが実に『人間』らしいと感じていた。蒼はリルケルラが自分は神ではなく管理官だと言っていたので、役人のような仕事をしているのだろうとその在り方に納得もしていた。
「この世界で御使と交信できるのは特級神官くらいですが、皆さん同じように仰る」
やっぱりか、とライルは頷いた。そして雑談でもするかのように姿勢を崩してリラックスした雰囲気になった。彼もまた、御使を敬愛する人には話せないなと思う話題があるのだ。
「これは私の……三人のライル・エリクシアの記憶を持つ私の仮説ですが」
聞きたいですか? といつものニヤリとした顔になる。蒼は急いで何度も頷いた。
「私は御使も魔王と同様に発生した存在ではないかと思っています」
もちろん魔王とは違ってあちらはポジティブな感情から発生していると。希望や喜び、感謝にトキメキ、誠実さや想像力。慈愛や友情。安寧や活力。
「それはまたなんでそんな風な仮説を?」
「言ってしまえば、そういう痕跡——資料があるんです。有史以前のですが」
その痕跡を歴代のライル・エリクシア達が調べたところによると、
「御使リルはおそらく二柱目。一柱目は御使になった魔王に負けてしまったようです」
「え……えー!!?」
それはまさに神話の世界。
御使になった魔王は自分の力を強めるため、世界に混沌に落とし入れた。あまりにも悲惨な世界となったため、他の御使が立ち上がり、魔王を倒そうと奮闘する。
「あれ? でも御使は魔王に手出しができないって……」
「よくご存知で。御使は地上にいる者に手出しはできません。ですが御使の住む異空間なら話は別なのでしょう」
リルケルラを含めたかなりの犠牲を出し、御使となった魔王を倒すことが出来たが、その後しばらく管理官が不足したため世界は荒れ放題だったようだ。もちろん、しょっちゅう魔王も発生してしまう。
「これは歴史的にも一致しているのです」
「た、大変だ……」
「それはもうとんでもなかったでしょうね」
他人事のようにライルは言う。
「だからこそ地上に勇者という存在を生み出したんじゃないかと思っています」
人の力でコントロールさせるために、と言葉が続く。
「魔王が地上にいる内に? えいっ! って?」
蒼は剣で叩くような動作をする。
「その通り」
「とんでもないのがとんでもない所で権力持っちゃうと、被害が甚大になっちゃうからか~」
なんとなくわかる……と、かつてのブラック企業を蒼は思い出した。
「御使と魔王、そして勇者。その勇者の代わりに魔王をコントロールしようとしているのが、『与する者』ではないかと私は考えています」
そして、ご清聴ありがとうございました。とライルは話を締めた。
誰かに話したくてたまらなかったようで、スッキリとした表情になっている。
「ライルさんの説、私も推させていただきます」
「それはどうも」
珍しくライルは自然な、少し嬉しそうな笑みを浮かべていた。
その一週間後、蒼達は勇者と魔王が激突したというニュースが耳に飛び込んできた。




