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第3話 森の中で

「カーッ! いい加減にしろ~~~……」


 蒼は勢いよく声を出し、そしてその後力なく呟く。森を彷徨って今日で六日目。つまり、この世界に降り立って一週間経っている。彼女はいつまで経っても人の気配がない場所を延々と歩き続けていた。

 人の気配どころか魔物の気配も、ただの動物の、虫の気配すらない。静寂の中、蒼の足音と愚痴だけが森の中に存在した。初日に見たユニコーンは夢だったのではないかと蒼は自分の記憶を疑い始めている。


「街の近くだって言ったじゃん! 歩いて一週間はどう考えても近くじゃないから! わかった!?」


 もしかしてどこかでリルケルラが聞いているかもしれないと、思いっきり文句を垂れる。蒼のあの管理官への評価は突然上がったかと思うと、あっという間に大暴落したりと忙しい。

 今日も日差しが夕陽の色に変わり始めてしまった。かなり食糧を節制しているとはいえ、そろそろ目的地トリエスタに着いていたいところだ。


「はぁ~あ……」


 蒼は日に日に自分の独り言が大きくなっていくことに気がついていた。やはり元の世界と違って、全く何もわからないこの世界にいるせいか、これまでに感じたことのない心細さが彼女の心を占めている。今となっては本当に人間が、カルロ・グレコという人物が存在するかも疑わしい。


 だがその翌日の朝、この地に降り立ってから初めて蒼を安心させる出来事が。


「え!? は!? え!!?」


 今日街に着かなければ一週間森を彷徨ったことになるなとゲンナリしながら目覚めた蒼。この世界に来て八日目。さあ今日も歩くかと重い足取りでキッチンへ入ると、昨夜と様子が違うのだ。


「冷蔵庫の中がリセットされてる!?」


 急いでスマートフォンの写真を見返す。


「やっぱり!」


 元通りになっているのだ。食糧が増えている。ただし、品物は全く同じ。調味料も最初の量に戻っていた。


「言ってよ~~~!」


 どうしようもなく口元が緩む。

 元に戻っていたのは食糧だけではない。風呂場にあった石鹸類も最初の通りだ。


「まさか!」


 家を飛び出し裏手へと回る。そこにはゴミ捨て用と思われる大きな蓋付き木箱があったので、蒼はそこをゴミ捨て場にしていた。


「ない!」


 これも蒼が気にしていた事柄の一つだった。まさかゴミを異世界に不法投棄するわけにもいかないと。 


「うぉぉぉ! 信じてたよリルケルラさーん!!!」


 ここ一週間思っていたのと逆の言葉が飛び出す蒼だった。

 ちゃんと衣食住は保障されていたのだ。約束通り。


 その日彼女は街を目指すのをやめ、新たにわかった『ルール』を確認することにした。差し迫った問題が一つ消えたからだ。


「この空間の中で汚した服はそのまま汚れてる……森の中でついたブーツの傷は消えるのね」


 洗濯しようとそのままの服と、例のゴミ捨て箱に入れていなかったゴミはそのままになっている。


「作り置きしてるおかずもそのままってことは……食糧の総量は増えてるじゃん」


 この不思議な空間の中で起こった変化はそのままに、所定の状態に戻るのだろうと予想する。


「色々実験してみなきゃな」


 まだまだ知らない『ルール』は多そうだ。だがどうやらリルケルラは、本気で蒼にとって良い棲家を与えてくれたのだと確信した。少なくともそう考えてルールを作ってくれている。


「これで使用説明書(ルールブック)でも置いててくれたらよかったんだけど~まあやることがあれば退屈しないか!」


 そう言ってニヤリと挑戦的に笑った。


◇◇◇


 この世界に来てから日課となっている屋根裏部屋で食事をとりながら、蒼は今日も森の中を観察する。とはいえ、いつも木々の間から月明かりが見えるくらいだが。


「今日はアイスも食べちゃお~!」


 これまでは特別な日に、と温存していた。七日後に補充されるのなら、今日食べてしまってもいい。せっかくのいい気分、さらにいいものにしなくては。蒼はニコニコしながら、こちらも特別な日にと残していたお取り寄せしたハンバーグを食べている。

 

「美味しいー! いい値段したもんな~」


 舌鼓をうちながら、また翔の顔が思い浮かんだ。


(ちゃんと食べてるかな……)


 ここ数日あまり考えることがなかったのに今更そう思うのは、蒼の心に余裕が出てきた証拠だろう。そして次にこの世界で会えたなら、彼が好きな茶色い料理をたくさん作ってあげなくては、とあれこれメニューを考える。


「あー!」


 窓の外がキラリと光った。ユニコーンのたてがみだ。初日に見たのと同じユニコーンかどうかはわからないが、なにやら家の前をうろうろとしている。


(なんだろ?)


 この家は見えないはずだ。ユニコーンも実際こちら側に視線を向けるわけではない。だがなんだかソワソワとして落ち着かない様子だ。

 

「ユニコーンも魔物だよねぇ……?」


 この問いかけに答える者はいない。


(ユニコーンがなんであったとしてもあのツノに突かれたら一発アウト~)


 だがそんな考えをしている時点で、蒼は自分の心が決まっていることがわかっている。


「ふぅ……」


 階段を駆け下りブーツを履いて、庭を駆け足で通りすぎ、ゆっくりと……そして少しだけ門を開ける。まずそうな雰囲気が少しでもあれば、すぐに門を閉じ見なかったことにするつもりだ。


 突然現れた門にユニコーンはビックリ! と蒼の方を凝視したが、すぐに気を取り直したかのように蒼としっかり目を合わせ、首を上下に振り森の奥へ進み始めた。


「えーっと……付いて行った方がいいやつ……?」


 それに答えるよう、ユニコーンは少し進んでは蒼が来ているか確かめるよう振り返り、蒼が慌てながらも自分に付いてきているのを確認するとまた先へと進むを繰り返していた。

 急いで出てきたので何も持ってきていない蒼は、木々の間から地面に落ちている月明かりとユニコーンのたてがみの輝きだけを頼りになんとか付いていった。


「え……え? ええええええ!!!?」


 そうして立ち止まったユニコーンの足元には、人影がゴロリ。


(血!!?)


 どこからどう見ても怪我人が倒れていた。背の高い男性だ。騎士のような鎧をつけている。ユニコーンはどうにかしろと言いたげに蒼をじーっと見つめていた。


「そ、そんな目で見ないでよぉぉぉ」


 我ながら情けない声を出していると思いつつ、ビクビクしながらこの男性が息をしているか確かめるために口元に耳を近づける。


「うっ……逃げ……ろ……」


 と小さく漏れ出ている声が聞こえた。


「い、生きてる! えーっとえーっと……どうすりゃいいのよ!?」


 瞬時に蒼は自分が門の鍵を閉め忘れていることを思い出した。閉めてさえいれば、再度鍵を取り出せばすぐそばにあの門を呼び出すことができたというのに。


(だってまさかこんなことが……)


 どう頑張ってもこの男性を自分の力で運ぶことができそうになかった。超健康体にはなったが、超人的なパワーは与えられていない。


「ねぇ! 運ぶの手伝ってくれる!?」


 立ってるものはユニコーンでも使えと一か八か声をかけてみる。自分が往復するよりは早いはずだと。どうにか彼をその背中に乗せられたなら蒼の家まで運べるからだ。

 ユニコーンの方はというとブルルと小さく鳴いて、頭を下げてその男性に近づいた。それで蒼は無事話が通じたと思ったのだ。実際、話は通じていた。だが、彼女が想像したような姿では手伝ってもらえなかった。


「ちょっと! そのまま運ぶの!?」


 蒼の言葉を無視してユニコーンは元来た道を小走りで戻り始める。強靭なツノを、大怪我を負った男性の鎧の間に突き刺したまま。


「お、落とさないでよ~!!?」


 蒼の方は全速力で走っている。先ほどとは違い待ってはくれない。

 ハアハアと息をきらしながら、急いで閉じていた門を開いた。ユニコーンの遅い! と言いたげな視線を感じながら。


「ごめんってば~~~……」


 まだ息が整ってないが、彼の怪我をどうにかしなければと頭を働かせる。


「えっとえっと止血して、傷を洗うんだったよな……」


 だがユニコーンは家の中まで入ることはなく、庭の湧き水の側にそっとその男性を降ろした。

 男性がまた、うぅ……と唸り声を上げたのが聞こえたので、蒼はすぐさま家の中へと戻り、タオルを持って戻ってくる。


「待った待った! 何してんの!!?」


 その時蒼が見たのは、傷口にツノを押し付けているユニコーンだった。もちろん、ユニコーンはガン無視である。一瞬、蒼はまたユニコーンが突き刺したかと思ったのだ。だが違った。

 暖かな光がその先から出たかと思うと、大怪我をした彼を包み込んだ。間も無く彼は苦痛に歪んだ表情ではなく、すやすやと眠るような呼吸をするようになった。

 ユニコーンが彼の怪我を癒したのだ。


「え……すご! 魔法!?」


 ユニコーンは血で汚れたツノを湧き水に濡らして洗っている。そして蒼の方を一瞥した後、何事もなかったかのように開いたままになっていた門から出ていった。


「んんん!? この人どうすんの!?」


 その男性を置いて行ったまま。 


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