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第2話 食料の調達方法

 家の庭でしばらく頭を抱え込んでいた蒼だが、覚悟を決めたように自分の両頬をバチンと叩いた。


(ショウくんは世界を救おうとしてるってのに私はなんだってこう……)


 今、蒼がいる場所は街からそう遠くはない……はずである。あの管理官がそう言っていたのだから。街に行けばきっと食料はある。だからあまり心配する必要はないと自分に言い聞かせた。


「……食料を買う金は!?」


 急いで家の中へと戻り、あっちこっちをみて回るが、それらしきものは見つからない。


「お金か……どうしよう……」


 そもそもこの世界で『普通』に生きていくにしてもなにかとお金は必要なのではないか? という考えが蒼の頭に浮かぶ。


(ブツブツ交換だったりして?)


 それとも異世界には異世界の常識があって、貨幣経済ではないかもしれない。そんな考えたってどうしようもない現実逃避も始まっていた。


 そして急に思い出した。自分がそれなりに貯蓄をしていたことを。そしてそれを使うことが永遠にないことを。


「んああああああ!!!」


 そうしてまた頭を抱えるのだった。


「マジで衣食住だけ保障してくれとるっ!」


 いや、『食』にかんしては少々中途半端だが。少なくともすぐに飢え死ぬことはないと蒼は考え方を変えることにした。


(お金のこともちゃんとしとくべきだった……大切なことじゃん~~~!)


 翔に言われたからといえど、こんな立派な空間を自分に与えてくれたリルケルラを責めるのはお門違いだと思い直す。


「だいたい自分から足突っ込んだわけだしね~」


 一人でやれやれと自分を笑った。


 キッチンにあるポットでお湯を沸かし、カップ麺に注ぐ。この世界に来る直前、台風のニュースが流れてきていたので、保存食は多めにストックしていたのだ。そしてそれを持って屋根裏部屋へと向かう。一人で大きなダイニングテーブルで食べるのが少々寂しかったのと、屋根裏の窓からは外の様子がよく見えたからだ。


(生き物いるの……この森)


 そう思うくらい森はずっと静かだった。外は夕方の日差しになっている。蒼は三分経つ前にラーメンを食べ始めた。この体で食べる初めてのものだが、()()()()()美味しい。そう感じた。


 この空間は外からは見えない。門が閉まっている間は。だから今、蒼は誰にも見えない存在だ。なんだか急に一人であることが心細くなってきた。そんなことこれまで少しもなかったのは、彼女が彼女の世界にいたからだろう。会えなくても家族や友人との繋がりがあった。だがこの世界は違う。


『あおいねーちゃんがこの世界にいると思ったら、寂しさもなにもなくなっちゃったよ』


 別れ際に翔が言った言葉が今更染み入る。そうして思い出した。自分が翔になんと返事をしたかを。


「人生、楽しまなくっちゃ!」


 そう言ってスープまで飲み干した。これは生まれて初めてのことだった。いつもは途中でお腹いっぱいになる。


「あれ!? 馬!?」


 直後、蒼の目に映ったのは真っ白な毛を持つ馬だった。考え事をしている間に外は暗くなっていたが、たてがみが美しく光っていてよく見えたのだ。


「いや違う……ユニコーンじゃん!」


 信じられないものを見たと蒼は大はしゃぎだ。これが魔物かとポケットに手を突っ込んでスマートフォンを取り出して、わたわたとカメラ機能を立ち上げている間にユニコーンは去っていった。このスマートフォンは先ほど家探ししていた時に見つけたものだ。電話もネットも繋がらないが、カメラ機能は使えることは確認していた。


 家の中は電気がついた。このエネルギーがどこから来ているかも謎だ。


「夜も活動できるのはありがたいわね~」


 目の前の森はすでに真っ暗だった。


「さて、在庫チェックでもしますかね」


 食料は何がどれだけあるのか、どんな家電や道具が蒼の世界から持ち込まれているのか、スマートフォンで写真を撮ったりメモをしながら確認する。


「冷食買い込んでてよかった~……ってあれ? 賞味期限がのってない」


 これは何か意図があるのかと考え込む。冷凍食品はともかくとして、生鮮食品は早く食べてしまうか冷凍しておかなければと少し焦っていたのだ。

 最近は夕食を多めに作って翔に差し入れすることも多かったので、冷蔵庫はパンパンになっている。


 摩訶不思議な力を持つ管理官が作った『ありえない空間』の中の話だ。『賞味期限がない食料』もありえるかもしれない。


「うーん……確かめたいけど……どれか食糧を無駄にしちゃうってことだしな……」


 今後の見通しが立たない現時点では、ほんの少しの食糧だって惜しいのだ。


(えーっとカルロ・グレコさんだったよね。まずはその人のところに行ってみよう)


 あれだけリルケルラが自信満々に言っていた人物だ。何かしら力になってくれるだろうと、蒼は思い込むことにした。とはいえ気が乗らない。というより、目の前に広がる森の中を通るのがやはり少し怖かったのだ。


「仕事の紹介、お願いできるかねぇ~……」


 他人事のような口調で蒼はゴロンとソファに仰向けに転がった。天井にはこの家によく会うレトロな照明が吊るされている。

 ありがたいことに蒼にはこの家があり、食費だけでも稼ぐ仕事があれば、その後はなんとかなるはずだ。


(こっちで職歴なんにもないけど……)


 そもそもどんな仕事があるかまったくわからない。わからないことだらけだ。


「もしもダメだったら……物々交換をお願いしてみよう」


 家の中を見渡して、交換できそうなものを考える。食べ物は渡せない。調味料も。そもそもそれが今一番の問題だ。


(あんまり目立つのも怖いし、やっぱ小さくて軽いものから?)


 ヨイショとソファから起き上がり、近くの小さな戸棚からペンと小さなメモ帳を手に取って、この世界で紙はどれほどの希少価値があるのか考えた。


(本って流通してるのかな?)


 書斎と思われる部屋には本棚がある。


 次は風呂場からフワフワのタオルといい匂いのする固形石鹸を。それから水道水を水筒に入れてみた。綺麗で安全な飲み水だ。それをリビングのテーブルに並べてみる。これらがいったいどのくらいの価値を持ち、なにと交換できるだろうか。

 

「いやわからん……わからーん!」


 思わずまた声を上げた。


「ダメだ! 情報が足りなすぎる!」


 まだ恐怖心は残っているが、森を抜け街を目指さなければどうしようもないのだと蒼は認めた。


「よし決めた! 明日はトリエスタ!」


 グダグダ怖がっていても仕方ない。どうせいつかは行かなければならない街だと、蒼は翌朝から出かけるために荷造りをし、一番広い寝室のベッドにダイブする。

 頭の中が考え事でいっぱいだったが、不思議なことに心地よい眠気が彼女を包み込み穏やかな眠りにつくことができた。

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