第10話(閑話) 勇者、仲間を説得する
花の都フィーラで翔は困り果てていた。想定外の出来事にどうしていいかわからず、ただただ頭を下げることしかできない。
「どうか一緒に来てもらえませんか……?」
「イヤデス! ボクハ イカナイ!」
オウムのような姿の鳥が答える。翔が最初に視線を送った青年は、目を合わせないよう必死なようだ。
今日で説得三日目。テイマーのルチルに魔王を浄化するため力を貸して欲しいと頼み続けている。
いいかげん鬱陶しいのか、通訳ルッチェの口調も日に日に激しいものに変わっている気がすると、翔は肩を落としていた。
(白竜なんてこっちを見てくれなくなっちゃった……)
美しい瞳で睨まれていた三日前が懐かしいとすら思っている。
「まあ緊張してるのかもしれないし。もう少し待とうぜ」
「いいんですかね……」
レイジーは実に軽々しく言うが、噂とは違い魔王軍の力は日に日に増していた。それが余計に翔を焦らせる。
だが魔王軍はまさか翔の影武者が用意され、本物はコソコソと世界を浄化しながら大将である魔王に忍び寄っているなど思ってもいなかった。だから魔王軍の主力は、翔の影武者へと力を向けている。おかげで大規模な被害というのは確認されていない。世界はかろうじて平静を保っている。
これは上級神官達が長い年月をかけ必死の思いで作り上げた状況でもあった。
「……シャナがいたら違ったのかな」
思わず弱音が漏れてしまう。
シャナの真っ直ぐな熱意にはいつも助けれていた。もし今もいたら、きっと熱い演説でルチルを説得してくれていただろう。彼とはすでにトリエスタで別れている。シャナは対魔王軍へと加わるため、別の街へと向かったのだ。
「どうかな~まあ俺にしてもこれはかなり予想外だけど」
大半の英雄の末裔は、幼い頃からそれがいかに名誉なことか教え込まれてきた。この世の平和は自分達の祖先のおかげだと。そしてそのために必要な力を与えてくださった御使に感謝し、この力を世のため人のために使い続けるのだと。
だからその中でも最も名誉なことである、勇者パーティへの加入を断るなど本来あり得ないとレイジーは言いたいのだ。
「レイジーさんも最初嫌がったじゃないですか」
拗ねるような目で翔はレイジーの方を向いた。神官達に囲われた島にいた時に想定してきたのとは違い、英雄の末裔達からは少しも歓迎されておらず、翔は気が滅入り始めていた。元々たいしてなかった自信はさらにすり減って小さくなっている。
「俺の場合は自己分析の末の辞退の申し出だったろ~ことの重大さがわかってるからこそなの!」
レイジーの方は翔の反応が等身大の人間らしくて思わず笑ってしまう。
とはいえ彼の言うことは事実。レイジー実家は数いる魔法使いの末裔の名家。周囲には幼い頃から英才教育を施された兄弟親戚がいた。
まあ自分以外の誰かが、いつか間違いなくやって来る勇者の力になるだろうと疑うこともなかった。だからこそ気楽に冒険者を続けられたのだ。……もちろん、名家の人間としての暮らしが性に合わなかったというのもある。
だがレイジーもその力を決して悪事につかうことはなく、冒険者として草の根的に困っている人々を救ってきた。
「ルチルくんはどうして……」
その理由は三日目にしても聞けないままだった。ルチルに話す気がないのか、通訳のルッチェの気分が乗らないかなのかはわからない。
「でも、望まない人を危険な旅に連れて行くことはできないですよね」
「まあなぁ……最悪、先にディルノア行って魔法道具を受け取るか、戦士の末裔を迎えに行くか……別のテイマーに声をかけるか……」
その後戻って来るという手もあるが、どう考えても遠回りのルートだった。
「御使指名以外の末裔でもいいんですか?」
「まあこの世界にいるテイマーは全員間違いなく、初代テイマーの末裔ではあるから……前代未聞ではあるだろうけど……」
テイマーはその力自体が加護だ。生き物を手懐け、味方として使役する力を持つ。ただし、魔物と聖獣は範囲外。通常のテイマーが使役するのは何も戦うためだけではなく、情報収集や伝達、それに移動のための力として大いに役にたつ。手紙を届けるための鳥達、移動するための馬やロバ。水中戦なども、テイマーがいるのといないのとでは大きく戦況に差が出る。
「自称魔法使いの末裔、みたいな疑いを持つ余地はないってことですね」
「そうそう。なにより竜を使役してるテイマーなんて聞いたことがねぇ。そりゃあ御使からご指名を受けるだろうよ」
そんな話をしながら、テイマーの取り扱いをどうしたものか……と、二人で悩んでも答えは出ないままだ。
結局勇者と魔法使いは、対魔王の後ろ盾組織である上級神官に意見を求めることにした。
「まあもう少しお待ちください。ルチルはルッチェとニーナと三人で一人みたいなところがありますからね。三人……一人と二匹、大きな決断の際はそれなりの擦り合わせが必要なのです」
ジュリオ・セレーナはノンビリと神殿の小さな憩いの広場に置いてあるベンチに座って、空を見上げる。
「少し前まではここでアオイ様の美味しいケーキとお茶をいただけていたんだが……欲に駆られた金持ち連中が我先にとアオイ様に縄をかけようとして……結局逃げられてしまってねぇ」
「……」
翔の表情は険しい。だが、
(蒼ねーちゃんのケーキ……前に食べた時は生クリームたっぷりにしてくれてた……いいなぁ……いつか食べられるかなぁ……)
と勇者が心の底からを持っていることを、レイジーはしっかり把握していた。
「俺もアオイのケーキは食べたことないなぁ~トリエスタでは売ってなかったし。きっちり金持ち向けに商売してたんだなぁ」
神殿が用意してくれた部屋のベッドに寝っ転がって、とりあえず特級神官の言う通りもう少しルチルの気持ちが変わるのを待とうと、二人は決めた。
「ルチルくん。あおいねーちゃんを助けてくれてたんだ」
「な! ちょっと接点がわかってよかった。明日その話題を出してみようぜ」
そうしていつの間にか、二人は眠りについていた。
そう、眠っていたはずなのだ。なのに翔は気がついたら真っ白な空間に立っていた。狭間の世界より何もない。真っ白な世界。
——さっさとこの街を去れ。今なら見逃してやる。
振り返るとそこには白竜が。黄色い瞳で翔を睨みつけている。
「それは君の意見? それともルチルくんの?」
——黙れ! お前には関係ない!
牙を剥き出し威嚇する。だが翔は怖くない。夢だと思っているからか、喋る竜に現実感がないからか。
——あの子を巻き込むな!
「ああ。君の意見なんだねニーナ」
ガァ! と、今度は翔の顔の目の前にまで牙が迫る。だが、身じろぎもせずただ白竜を見つめ続けた。
「君はルチルくんを守ってるのか……そうか、そりゃあ心配だよね……」
そう白竜の気持ちに寄り添う言葉を出したからか、翔は食べられることはなかった。
白竜の方は翔に脅しは通用しないのだとあらためて確認したようだ。少し、諦めるように理由を話し始めた。
——今の魔王はどうもおかしい……すんなり浄化の旅が終わるとは思えない。そうだ。私が心配なのだ。
竜は親竜の記憶も受け継ぐ性質を持つ。記憶の遺伝だ。だから大昔のことも知っている。ならばこの竜の言う通りなのだろうと、翔もすんなり現状を受け入れる。
——……ルチルの名誉のために言っておくが、あの子は臆しているわけではない。だが、私が嫌がっているうちは決してお前達については行かない。だから去れ。
「じゃあなんでわざわざ俺の夢にまで出てきたの? 黙っていても同じだろう?」
翔は自分でも少し意地悪な質問だと苦笑いだ。だがこの竜の、誰かを守るために他者へと噛みつかずにいられない姿が、少し蒼と被ってしまっていた。守られている側の気持ちも本当は気づいている。自分という砦の外へ出さないといけない日が来ていることも。
「明日、また説得しに行くよ。ルチルくんが君を説得できるような理由を持って」
——ああ、これだから勇者は嫌だ。
そう不貞腐れるように言って、竜は姿を消した。
翌日、翔とレイジーはもう日課になっている神殿奥の森へと散歩へ出かけた。
「マジかよ! あの竜と喋ったのか! 夢で!?」
「うん。きっと理由がいるんだね。旅立つ理由が」
「御使からのご指名じゃダメなのかぁ……まあでも生い立ちを聞くと……」
ルチルは物心もつかない幼い頃、森の中へ捨てられた。それでも生きていられたのは白竜のニーナが彼を守り続けていたからだ。たまたまジュリオが彼を見つけ、その後は親代わりとしてフィーラの街で育てていた。そのせいか他の英雄の末裔のように、彼の中ではそれが重要だという価値観が育まれてはいない。
「ルチルくん」
「……」
今日はルチルの淡い水色の瞳を覗くことができた。
「一緒にあおいねーちゃんを探しに行ってくれない?」
「アオイ!?」
「!!?」
ビックリしているのはルチルだけではない。レイジーもだ。
「俺、もういい加減あおいねーちゃんのご飯が食べたいんだ。勇者の活動に支障をきたしそうなくらいね。ちょうどあおいねーちゃんがいるかもしれない所に用事もあるし、ルッチェもビスケットを気に入ってたって聞いたよ」
あ、ニーナもサラミが……。と言いかけてそれは口ごもった。
「ビスケット!」
案の定ルッチェはその単語に反応する。
レイジーはいつの間にそんな細かい情報を翔が集めていたのかと驚いていた。
白竜のニーナは目をカッと見開いている。なんて理由を持ってきたんだと言いたげだ。
「……ふふっ」
だがその笑い声を聞いて、さらにニーナは大きな目になった。今のはルチルが笑い声だったからだ。
「イコウ! アオイヲサガシニ! ビスケット!」
ルッチェの願望も一緒に漏れ出た大きな返事が森の中にこだました。




