第7話 御神託−1
神殿の入り口に立って中を覗いた蒼の第一印象は、
(ここ……あの空間に似てるな……)
真っ白い床に真っ白な柱。リルケルラが狭間の世界と言っていた場所だ。
(だけどこっちの方が豪華な気がする)
よく観察すると柱や天井に細やかな彫刻が施されている。奥の方に目をやると、
「わっ」
蒼の小さな声が神殿の広々とした空間に反響してしまい、慌てて口を塞いだ。
神殿の中では人々がとある像の前で跪いて祈りを捧げている。もちろん、その像の姿は例の管理官によく似ていた。
(びっくりした~~~)
もしもう一度会えたなら、もちろん蒼は色々と言いたいことがある。
(それはもう色々とね!!)
トントン、と蒼の肩を優しく叩いたアルフレドが指さした方へと歩いていく。どうやら隣の建物に目的の人物、カルロ・グレコがいるらしい。もちろん、蒼は不安だ。リルケルラは自信満々に、
『困ったことがあれば彼に。話はつけておく』
そう言っていた。言っていたがこれまでの彼の仕事ぶりを考えると……。
(話半分くらいに考えとかなきゃ……)
もしもカルロ・グレコに『アオイ? え? 誰?』という反応をされたらどうしたらいいのか。
(想像するだけで気まずくなる!)
流石にそれはないと思いたいが、心のダメージを減らすために想定だけはしておくのが蒼流だ。
神殿の隣には治癒院が併設されていた。この治癒院は寄付と領からの支援金で運営されており、主に神官とその見習い、また治癒師として経験を積みたい者が主に治療に当たっている。
(公立の教育病院みたいなものってことかな?)
アルフレドの解説を聞きながら、蒼はこの世界の医療はやはり魔法に依存しているのだとあらためて驚く。
「それからこの神殿は聖水の販売もしてるんだよ」
「聖水!?」
「ごく稀に聖水が湧き出る泉が各地にあって……ここはその一つ」
ほらあそこ。とアルフレドの視線を追うと、泉の前で神官らしき格好の人が、人々から持ち込まれたカップや樽に水を注いでいた。
「え!? あのレリーフ……」
蒼の家の庭にある謎の水の流れるレリーフと同じものだった。
(ということは……)
あれも聖水なのか。と、ここにきて判明する。
アルフレドは知らなかったの!? と一瞬眉が上がったが、それを彼女に悟られないよう無表情を通した。
「何に使うの……?」
誰にも聞こえないよう蒼は小声で尋ねた。
「魔物避けやポーション……薬の大元になったりするんだ」
アルフレドも小声で答える。
「……高い?」
「カップ一杯小銅貨一枚。格安だよ」
そのカップも常識の範囲内ならそこそこ大きくても大丈夫という話だった。
はるか昔からこういった特別な泉を独占しようとした為政者は、ことごとくその権力を失った……それも悍ましい形で……という記録が残っているせいか、世界中どの聖水も適正な価格で手に入る。
なんなら山の中や草原にポツンと存在する聖水の泉を、周辺の住人で共同管理している場所もあるのだ。
「まあここは健康長寿を司る御使リルの神殿の聖水ってことで更に人気があるから、輸出品としても取引があるって聞いたな~」
「なんかちょっとわかるかも」
誰だって御利益にはあやかりたい。特にこの世界は神聖な存在との距離が近いのだからそういう感覚はより強くなるだろうと。
(本当に剣と魔法と魔物の世界なんだ)
治癒院の出入り口は慌ただしく開いたり閉じたりしていた。今は魔王軍との戦闘で傷ついた者達の治療は落ち着き、仲間や友人の見舞いにやってきている人が多い。
「じゃあまたあとで」
ここでアルフレドと一旦お別れだ。一緒に蒼が持参した昼食を食べると約束をして。それぞれの用事が済んだ後、アルフレドがトリエスタの街を案内してくれることになっている。この二人はどちらからともなく別れを引き延ばしている節があった。
彼女がカルロ・グレコと今後について相談している間、アルフレドはレイジーと呼んでいた冒険者仲間に会いに行く。
「レイジーは領主様のお屋敷の治療院にいるらしいから……もしアオイの用事が先に終わったらここで待ってて」
「了解~」
どちらにしろ、今の蒼には一人で初見の異世界の街を歩く勇気はない。
「オベント楽しみだな~」
出した明るい声色と同じ表情をして、アルフレドは手を振って神殿の門から出て行った。
蒼の方は姿勢を正して、治癒院の入り口近くにいた神官らしき若い男性にカルロ・グレコについて尋ねる。ピシッと姿勢正しく、祭服もきちんと着こなしている。手の甲にはユニコーンの紋章が刻まれていた。
するとその神官は蒼の頭から爪先までを頭を上下に動かしながら目を見開いて確認する。口を開けたまま、明らかに驚いていた。
「申し訳ございません! 大変失礼なことを……!」
威厳ある神官が慌てて自分の無礼を詫びたかと思うと、
「し、失礼ながら……もしかしてアオイ様では……?」
恐る恐る尋ねた。
「え!? そ、そうですけど……」
自分を知っている異世界人がいるわけがない。なのにどういうわけか彼は蒼を知っている。だからすぐにこう思ったのだ。
「あなたがカルロ・グレコ様でしょうか!?」
しっかりとした人でよかったと蒼は内心ホッとしていた。彼の発言から、少なくとも蒼の存在はリルケルラから伝わっている。この人ならもしリルケルラが中途半端にしか伝えていなかったとしても、蒼の相談に真摯に向き合ってくれる気がした。
「い、いえ違います……私はブラス上級神官と申します。すぐにご案内いたしますので」
うやうやしく案内された先は、どうやら神官達専用の入り口。その奥にある少し豪華な執務室の扉……の一つ前の扉を、例の神官がノックする。そして返事を待たずに扉を開いた。
「グレコ様! アオイ様が……アオイ様がいらっしゃいました!」
少し興奮気味なのが傍目に見てもわかる。そしてついにご本人の登場だとドキドキしていた蒼が見たのは、ソファに寝転がった中年男性だった。
「んあ……ブラス君か……なに? アオイ様……?」
まだ眠そうに起き上がる。髪の毛があっちこっちに跳ねており、祭服はもちろんシワシワだ。無精髭も生えている。
(リルケルラさんの知り合いだもんな~)
もはや蒼はガッカリなどしていない。それどころか自分の存在を伝えてくれていたことに感謝をしていた。とりあえずは気まずい思いをせずに済んだ。
「ほら!!! 御神託の!!!」
「ん……あ、ああ~!!! あのアオイ様か!!!」
(他にどのアオイ様がいるんだよ!)
頭をボリボリかいて、へへへと誤魔化すように笑いながら蒼の前に立つこの男、カルロ・グレコからはなんとも予想通りの言葉が出てくる。
「私がカルロ・グレコでございます。この御使リルを祀るトリエスタ神殿の特級神官を務めておりまして……二週間前に御神託によりアオイ様のことを知った次第でございす」
手を胸の前に置き、丁寧にボサボサの頭を下げた。彼の手の甲にもユニコーンの紋章が。
(なるほどお告げか~)
一体どんな手段で自分のことをこの世界の人間に知らせたか不思議だったが、これでスッキリ解決した。




