第6話 街へ
ついにアルフレドの体調が回復した。蒼がこの世界に来て二週間。アルフレドを家に入れて一週間。
「予想よりずっと早いよ。アオイのおかげだ」
アルフレド曰く、
「半月はかかると思ってた。しっかりした休養と美味しい食事ってすごいね」
「お口にあってなにより」
最初は彼の素直な褒め言葉に蒼はいちいち照れて謙遜していた。
(冷食やレトルトも多いしな~)
という理由もあり、商品開発者を差し置いて異世界の人間の賛辞を自分が受け取るのも気が引けたのだ。だが、毎食彼が褒めちぎってくるのでついに、
『私はたいしたことしてないのよ』
と言うと、
『今日はどんな料理にするか考えて、最初から最後まで準備をしてくれるじゃないか!』
蒼は歩けるようになってすぐに手伝いを申し出たアルフレドに、つるの恩返しがごとく、料理中は決して覗いてはいけない……と伝えていた。
『感謝のしかた上手だね!?』
『そんな褒められ方したこと初めてなんだけど!?』
そう言って大笑いされたので、蒼はあれこれ難しく考えるのはやめることにしたのだった。
◇◇◇
(よしよし。冷蔵庫の中身、ちゃんと元に戻ってる)
アルフレドが食べたからといってその分減らされることはなかった。これでまた一つこの空間のルールが判明したと言うことだ。
確認後、冷蔵庫から昼食の弁当に使えそうな素材を取り出す。
(サンドイッチ……それとやっぱり唐揚げかな……ブロッコリーとミニトマトも入れるか……)
見栄を張っている自覚はあるが、アルフレドに食べてもらう最後の食事になるので少しだけ気合いを入れる。
これからついにこの森を出てトリエスタへと向かう。
(せっかくだからオヤツもつけよう……)
アルフレドが好きなチョコレートがコーティングされているクッキーだ。ついに彼とのお別れが近づいている。
(うわぁぁぁん! 寂しいんだけど~!)
蒼は危険な異世界で、安全なこの空間に引きこもって生きていくこともできる。実際そうしようかという考えが頭に浮かんだこともあった。だがアルフレドと出会い、自分にとってそれはなかなか難しいことだと思い知る。
(舐めてたな~孤独を……)
一人でも平気だと思っていたが、結局は状況と条件によるのだ。
「準備できたよ!」
「はーい! こっちも!」
お弁当をカバンに詰め、水筒に水を入れる。三食分。
アルフレドはここへ来た時と同じ格好になっていた。血まみれではないが。鎧をつけ、マントを羽織っている。
「短剣しかないけど大丈夫?」
「この森の中は問題ないさ。いてもユニコーンみたいな聖獣だけ……まあ怒らせたら大変だけどそもそも寄ってこないと思う」
「へぇ~」
ユニコーンは御使リルの眷属とされており、魔物ではなく聖獣と呼ばれている。
「えーっと……一つお願いがあるんだけど」
「もちろん。なんでも言ってくれ!」
門を出る直前、蒼は少しドキドキしていた。
「門を出たら振り向かないでほしいの……その、ずっと……」
「了解!」
相変わらずなんで? と聞かないでいてくれるアルフレドに感謝して、蒼は一週間ぶりに門の外へと足を伸ばした。
門に鍵をかけると、すぐにスゥッと幻のように形がなくなったのを確認してアルフレドの元へと駆け寄る。
「さあしゅっぱ~つ!」
誤魔化すように蒼はご機嫌な声を出した。
アルフレドが言っていた通り、小一時間も歩かない内に森を抜けることができた。土が剥き出しになった轍の残る道を少し進むと、今度は石畳の道が。あちらこちらが割れている。
(おぉぉ! 人がいる~!!!)
舗装された道路よりも、遠くに見える人影が嬉しい。
少し進むとすぐに城壁が見えてきた。高く頑丈そうな壁だ。それを見て、トリエスタは蒼の予想よりはるかに大きな街だったことに気がついた。そして近づくにつれ足元の石畳の状態が徐々に悪くなっていく。
「転ばないよう気をつけて」
石畳の大きな割れや穴はつい最近あった魔王軍との戦いの名残りだ。城壁を最優先で修復しているのでここまで手が回っていないのだろうとアルフレドが何気なく呟く声を聞いて、ギョッとする。
「地面抉れてるけど!?」
もしかしてこれ血の痕!? と。彼女はいまいち魔王軍との戦闘がどんなものかイメージできていなかったが、この大きな穴と何かが燃えた黒い跡がこの世界の現実なのだと思い知る。
「魔物の死体は片付けられててよかった。あの悪臭はずっと森にいたアオイにはキツイだろうし」
「ああ~そうか……そういうことだよねぇ~……」
その光景を想像して今度はゾッとする。
(アルフレドがいてくれてよかった~これ、一人で歩いてたら精神状態保てなかったぞ!?)
蒼にとって物珍しいものばかりだ。キョロキョロとあっちを見たりこっちを見たりと忙しい。明らかに挙動不審な彼女だが、特に注目されないのは似たような格好をした人々が同じようにトリエスタの方へ向かっているからだ。彼らは仕事のあるトリエスタへと向かっている最中だ。
「冒険者の格好してきてよかった」
城壁を抜ける門の前はかなり混雑している。門兵がいちいち通行者の身元を尋ねる声がして蒼はどうしようと不安になるが、
「まあ俺がいるから大丈夫」
と、頼もしい声が隣から聞こえた。
魔王軍についた人間がいるという情報がきちんと伝わっている証拠だよ、とも。
「アルフレド!? お前! 生きてたのか!!!」
「ようフレッド! お前も生きててよかったよ! 俺はこの人に助けてもらってこの通り!」
アルフレドに気がついた門兵がわらわらと寄ってくる。蒼はとりあえずお辞儀をし黙っていた。余計なことを言って変な疑いをかけられてもまずい。
「昨日お前の葬儀やったばかりだぞ!」
「えええ! 気がはやいな!?」
ギャハハと兵士たちが大袈裟にそして本当に嬉しそうに笑っている。
「レイジー達は無事か?」
「ああ! 酷い怪我だったががちゃんと生きてるよ。まだお屋敷の治療院にいるからちゃんと顔出すんだぞ」
「よかった」
ホッと安心した表情のアルフレドを見て、門兵の一人が、あ! と何かを思い出す。
「領主様に連絡しなきゃ!」
「後でいいよ。ちょっと人を探してるんだ」
本当にどうでもよさそうにアルフレドは答えたが、蒼は少し心配になる。領主ということは偉い人だろう、その人のことを後回しにしても許されるのか? と。
「カルロ・グレコって人なんだけど」
「グレコ様? その方はこの街の神官様だよ」
兵の一人がすかさず答えてくれる。
(知り合いってそういう知り合い!?)
蒼は反応しすぎないよう気をつける。なるほどと言えばなるほどだ。知り合いというより関係者という方が近い。
あっさりとわかってよかったと、二人とも安堵の表情を浮かべていた。この街の規模だと探し出すのにかなり時間を要するかもしれないと、蒼もアルフレドも覚悟していたのだ。
門兵達に礼を言って、二人はトリエスタの街へと入る。門の近くには工兵や職人、それに冒険者と思われる人々が多く見受けられる。
「あの一団は傭兵達。あっちは冒険者の塊だよ」
なぜかアルフレドは小声だ。理由はすぐにわかった。
「アルフレド!!?」
次々にアルフレド目掛けて剣に弓に槍に斧に杖……数々の武器を携えた屈強な男達が駆け寄ってきたかと思うと、
「アルフレド~!!!?」
半分黄色い声で女性達が突撃してくる。中には涙を流している者も。
(うわぁぁぁ……こわっ!)
お前は誰だとばかりにギロリと睨まれる蒼は、ただ冷や汗をかきながら愛想笑いをし、ペコリと頭を下げるしかない。
(やっぱアルフレドはイケメン枠なんだな……)
それも彼の人気具合をみると人望もありそうだ。実際彼はかなり義理堅く親切で、蒼も現在進行形で恩恵を受けている。
「ごめん! 領主様のところへ行かなきゃいけなくて!」
手短に生存報告をした後、アルフレドは丁度いい言い訳があってよかったとばかりに、『領主様』という単語を連発していた。そしてそれは期待通り有効な単語で、近寄ってきた全員が、ならばしかたない……と解放してくれたのだ。
「神殿はあっちだよ」
圧倒されていた蒼と違って、アルフレドは心配してくれた彼らのことをそれほど気にかけていないように見えた。それが蒼には、なんだかこれまで抱いていた彼のイメージと違い、不思議な違和感を覚えるのだった。




