今日はいい天気ですね
落ち着いた雰囲気が漂う喫茶店にて、暖かい日の光が当たる窓際の席に座りながら、飲み終えたアイスコーヒーのグラスに刺さっているストローを意味もなく咥え、スマホの画面を見ている者が一人。
炎のように赤い髪と、宝石のような真紅の眼をもち、美麗な赤が似合う整った顔立ちをしている。一言で表現するならば、街中ですれ違ったら思わず目を奪われるような美人である。
その芸術的なまでの美しさは、とある血筋の証である。
『…魔術とは違い、”能力”の発動の起点となるのは自分の肉体です。つまり、肉体を鍛えれば能力も同様に強くなると言えます。そこで、今回は…』
彼女の片耳に着けているイヤホンからは、無料動画配信サービスのYorozuTubeに投稿されている、「能力」についての指南動画の音声が流れている。
もう片方の耳に着けているインカムからは相変わらず特に変わった反応はなし。
時々、「○○班、ターゲットのアジトに到着」だの「○○班、所定の位置についた」だの、現場の緊張感が伝わってくるような通信が流れてくるだけだ。
色々と報告をしあっている”向こう”と、暇つぶし程度に眺めていた動画に飽きたのか、彼女がメニュー表に手を伸ばした瞬間、インカムから女性の声が聞こえてきた。
『ターゲットの捕獲に失敗しました。日奈多さんの出番です。』
どうやらさっきまで通信していた部隊がアジトに突入したが、ターゲットの捕獲に失敗したようだ。
「了解了解。で、奴らはどこ逃げてんの?」
日奈多はその報告を聞くと、アイスコーヒーの代金をカウンターで払い、めんどくさそうに喫茶店から出ていく。
『現在ターゲットはエレス転移施設付近のスラム街から、フロント中央市内の方角に向けて南下中。ちょうど今エレス支部前の交差点を通り過ぎました。』
「うぇ…今いる場所から結構遠いじゃん。」
『今どこにいるんですか?』
「えっと…本部近くの喫茶店。」
日奈多がそう言うと、インカムから呆れたようなため息が聞こえてくる。
『…どっかで待機しておいてくださいとは言いましたが…なぜそんな遠くで待機してるんですか。
喫茶店ならエレス支部の近くにもありますよ。』
「あそこ、コーヒーはおいしいけど他のメニューのバリエーションが少ないんだよ。」
『そういう問題ではないんですよ…』
日奈多はインカムから聞こえる声をほぼ無視しながら、エレス支部の方向に走り出した。
その速度は、彼女の華奢な体からは想像も出来ないほどであり、車を軽々と追い抜きながら街中を走り抜けていく。
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『ターゲットまで200m…100m…そこから北北東方向にある商業ビル付近を東方向に移動しています。』
その報告と同時に、少し先の建物の近くを、慌てた様子で走っている3人の男を見つけた。
彼らは時々周囲を警戒する様子を見せながら、大通りから少し外れた狭い道を車も使わずに逃げている。
「あの派手な髪色の奴らか…後は任せといて、事後処理の準備よろしく。」
そういうと、日奈多は少し高めのビルの屋上から軽く跳躍し、3人組の前に着地した。
3人組は驚いた様子で立ち止まり、一瞬戸惑う様子を見せたものの、日奈多の服に付いている”マーク”を見るや否や、各々が武器を取り出し、戦闘態勢をとる。
「SNACです。武器を下してその場に伏せてください。」
日奈多がそう言った瞬間、黒髪の男が日奈多に向かって距離を詰め、大振りの剣を頭の上で構えた。
黒髪の男は”取った!”と言わんばかりに剣を全力で振り下ろす。
しかし、日奈多はそれを軽やかに避け、空振りに終わった剣先が地面をえぐり、土煙を巻き起こした。
「ちっ…躱したか…大人しく切られてれば楽に送ってやったんだがなぁ!!」
そう叫びながら、黒髪の男は日奈多に向かって剣を薙ぎ払う。
その動作とほぼ同時に、日奈多が開脚をして体を落としたことにより、薙ぎ払われた剣が空を切る音が響く。
「筋力は充分あるっぽいけど、動きがとろいね。」
そう呟いた後、日奈多が黒髪の男の腹部に向かって掌底を放つ。
防御する間もなく、掌底をもろに食らった黒髪の男は物凄い速度で吹き飛び、建物の壁にヒビをいれて衝突した。
衝突により巻き起こされた土煙が晴れると、ぐったりと項垂れてピクリとも動かない黒髪の男が見える。
数秒で制圧された黒髪の男を見て、残りの2人が一瞬固まる。
その隙を逃さないかのように、一番近くにいた水色の髪の男に向かって距離を詰め、頭を掴んで男の上体を後ろに倒す。
水色の髪の男は抵抗しようとするも既に遅く、後ろによろめいた所で足を払われ、そのまま後頭部を地面に叩きつけられ、動かなくなった。
「はい、残りはお前だけだけどどうする?」
残りの一人_オレンジ色の髪の男に向かい、手についた土煙を払いながら、そう告げる。
その男に向けられた日奈多の視線は、その真紅の瞳からは想像も出来ないほど冷たいものだった。
「ッ__」
日奈多の冷たい視線に威圧され、男は拳銃を取り出して日奈多に向けて発砲する。
しかし、その銃口から放たれた弾丸の一つも日奈多を掠める事なく、すぐに弾切れをおこした。
「次はどうする?能力でも使う?」
軽く放たれたその言葉には一切の威圧感もなく、冷たさも感じない、ただただ淡々とした雰囲気の言葉だった。
しかし、信頼する仲間を数秒で鎮圧され、自身の抵抗も虚しく終わった者にとっては、その軽い言葉から絶望を感じ取るには充分であった。
「…投降する…命だけはどうか__」
「はい終了、残りは頼むよ。」
苦渋を飲み、喉から絞り出したその男の言葉など意味は無いかのように、”投降する”の言葉を聞いた瞬間に日奈多はその男の言葉を遮り、何者かに伝言をした後、さっさとその場を去っていった。
数秒後、建物の陰から軍服を着た数人の人物が現れ、叩きつけられた2人の治療を始める。
その一方で、今さっき投降を宣言したオレンジ色の髪の男には、黒い服で身を包んだ人物が近づき、手錠をかけこう告げた。
「エルメト、アイシア、黒雲、国家機密情報を漏洩した容疑であなた達の身柄を拘束します。」
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『3名の拘束完了、お疲れ様でした。葵さんからの伝言です。「今回の修繕費もお前の給料から引いておく」だそうです。』
インカムから嫌な言葉が聞こえる。
財布を取り出して中身を確認すると、数枚の紙幣と硬貨しか入っていないことがわかる。
続いて、口座の中を思い出すも、残されている金額の桁がいつもより一つ少ない記憶が浮かび上がってくる。
「マジ…?」
『…一応、今の市場ではロータス結晶とサンウールが高く売れますよ』
日奈多の絶望を含んだ言葉から何かを察したのか、インカムとある情報が返ってきた。
この”星”_"テノー"では人間が居住している地域は全球の5%程度であり、それ以外の地域には”竜”や”幻獣”といった生物が生息している。
人が居住している地域の外で取れる結晶や鉱石、竜や幻獣といった生物の素材は、その希少性や調達の難しさから市場では高い値段で取引されているのだ。
「…ちょっと稼いでくる。葵さんにはいつも通り伝えといて。」
『了解です。お気を付けて。』
(ロータス結晶はマリンベール、サンウールは…確かゼレンス近くの高原地帯に暖毛種の羊がいたはず。)
マリンベールは海に面した豪雨地帯で、ゼレンスは巨大な樹木が生い茂る樹海である。
この二つの地域は反対の位置にあり、マリンベールはかなりの距離移動しなければならない。
一方で、ゼレンスはこの都市から近い場所にある。
ふと、メッセージの着信音が鳴る。
確認すると、ロータス結晶とサンウールの単価が記されたメッセージが届いていた。
このメッセージによると、現在の市場ではサンウールの方が単価が高いようだ。
さて、家賃の支払い日が近く、他にも武器のメンテナンスなどでかなりの額が”早急に”必要な日奈多が、どちらに行くかは想像に難くない。
(ゼレンスか…あの樹海嫌いなんだよな...)
誤字等ございましたらお教えください。
感想等も頂けたら光栄です。
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