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「にゃあ」
ブロロロロロ
「とおぉ!!!」
今、まさに、トラックに轢かれそうになっているネコを助けるべく、青年が車道に向かって飛び出した。
スローモーションになるトラック。
鳴り響くクラクション。
そして…
青年は無事ネコを救出し、車道から脱出した。
「もう道路に飛び出すんじゃないぞ」
青年がそう言い、ネコを離したその瞬間、周囲の景色が金色に包まれる。
青年が訝しげに辺りを見渡すと、少し離れたところが更に際だって金色に輝いており、そこから地面にドライアイスのような煙が流れ出して、古代ギリシアのような衣服をまとった女性が現れて近づいてきた。
女神「ああ、勇気ある青年よ。貴方の身を挺して行った行動に、この女神は賞讃を送ります。貴方はその正義の心を持って再び異世界で生を受け…」
女神は閉じているかのような細い目で、落ち着いたように言葉を発しながら近づいてきたのだが、おや?というような顔をしたかと思うと、目を見開いて青年の肩を両手でつかみ叫んだ。
女神「い、生きてるの!!!?」
青年「ああ、トラックもスローモーションに減速してくれたからな。クラクションでネコを逃がそうともしてくれたが、ネコは大きい音に竦んでしまった様だったな」
青年の言葉を聞きながらも、後ろの方を振り返り叫ぶ女神。
女神「ちょ!!生きてる!!生きてる!!バック!!バック!!!!引っ張って天使たち!」
青年が女神の視線の先にある金色の光の方を見ると、クリオネみたいな羽の生えた小さな生き物?たちが必死で何か棒のようなものを引っ張っていた。
ドライアイスのような煙で足元は見えないが、おそらく女神は台車のようなものに乗っており、天使と呼ばれたクリオネっぽいものたちが、棒でその台車を動かしているのだろう。
天使たち「「よいしょ!、よいしょ!」」
天使たちの引っ張りに合わせて、女神もスルスルとバックし、光の中に消えていった。
女神が消えると同時に金色の空間は消え、周囲は元の道路側に戻った。
“不思議な事もあるものだな。白昼夢というものだろうか?”そう思いながら歩き出す青年だった。
-
ほどなくして駅に到着する青年。
プラットホームで電車を待っていると、酔っぱらった中年のサラリーマンが千鳥足で向かってきた。頭にネクタイを巻き、手には寿司の折詰をぶら下げているという、いつの時代のサラリーマンかといった格好だ。
やがてサラリーマンが青年の傍に来た時、足がもつれて青年とぶつかりそうになる。
プラットホームには電車が迫っており、このままぶつかれば青年は線路に押し出され、電車に轢かれてしまう
…と、思われたが、青年は身をひるがえし、サラリーマンを躱す。
返すカタナで勢い余って線路に落ちそうになるサラリーマンの襟首を捕まえ、青年はサラリーマンの転落も阻止したのだった。
そのとき、青年の周辺が金色の空間になり、少し離れたところで女神がこちらを見ていたが、
女神「くっ、バック!バック!!」
そう後ろに向かって叫び、消えていった。
そして金色の空間から景色は元の世界に戻る。
ペコペコと頭を下げて、青年に謝罪をするサラリーマン。
青年はサラリーマンの重ねての謝罪を制してその場を離れた。
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その後もありとあらゆる不幸が青年を襲った。
「あぶない!ビルの建築現場から鉄骨が落ちたぞ!!」
ひらりと身を躱す青年。
「あぶない!暴れ馬がそっちへ向かったぞ!!」
躱すと同時にウマに飛び乗り、落ち着かせる青年。
「助けて!ベビーカーがマフィアと警察の銃撃戦の現場に転がって行ってしまった!!」
階段を転げ落ちるベビーカーを救い出し、無事に脱出する青年。
その度に周辺は金色になったり戻ったりし、女神が出てきたり戻ったりした。
やがてネタが無くなったのか、何も起きていないが周囲が金色になり、顔面に怒気をにじませながら女神が大股で歩いてきた。
後ろの方では天使たちが肩で息をしながらぐったりしている。
女神「なんで死なないのよ!!」
叫ぶ女神。
青年「自称女神と言うが…さては死神か悪魔だな」
女神「な!この美貌を見れば女神ってわかるでしょ!!」
怒りと比例して声量のボリュームを上げる女神。
青年「俺は見た目で人の良し悪しを判断しない。むしろ自身を評して“美貌”などと言う者は、とてもじゃないが”良い人”などとは思えん」
ビシっと青年にド正論を言われ、羞恥に赤面し俯く女神だった。
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少しの間をおいて、重々しく女神が発言する。
女神「…助けてほしいの」
青年「助けて、とは?」
女神「この世界とは別の世界、魔王たちに支配されている異世界があるの。彼らは自身を“4大魔王”と名乗って世界を支配しているわ。貴方の運命の因果律を見てみると、亡くなって異世界の勇者に転生する確率はかなり高いの。転生して異世界を救うはずなのよ」
女神の言葉を聞き、数刻の間、目を閉じて考えを逡巡させていた青年が目を見開いて発言した。
青年「死んで転生しないとダメなのか?」
女神は青年の発言の意味を理解しきれず、きょとんとしてしまう。
青年「“俺が生きたまま助けに行く”、それで良いんじゃないのか?」
女神「ちょ、ちょっとまって」
それはそれでマズい事があったような気がするが、思惑からかなり外れたイレギュラーな提案により、女神は記憶を呼び戻せないでいた。
そんな女神をよそに、青年は言葉を続ける。
青年「困っている人を助けるのは吝かではない。俺の爺さんの教えだ。それに此方としても“死んでください”と言われて“はい死にます”というわけにもいかない。」
再び、ド正論を言われ、女神は納得するしかなかった。
「じゃあ、お願いします。ついてきてください」と女神が言い、先ほど自身が出てきた金色に光るトンネルに青年を誘った。
金色のトンネルの中では、表情のないクリオネ天使たちが、安堵の表情を浮かべているように思われた。
“女神の出し入れからやっと解放される”、そんな天使たちの気持ちが表れているように感じられたのだった。
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金色のトンネルを抜けると、そこは異世界だった。