第五章~⑨
「それで第二の事件が起こった日、あなたはドライブをして八時過ぎには帰宅していたと答えています。でも家の防犯カメラには、その記録が残っていない。間違いないですね」
「間違いありません。それに防犯カメラの記録なんて、そんなに長く残さないでしょう」
第二の事件から第四の事件が発生するまで、約一カ月経っている。よって言い分に間違いないが、そうなると計算していたに違いない。
「ドライブ中にどこか立ち寄った、または事件現場近くを通り過ぎたこともありませんね」
「ありません」
「そうですか。変ですね。あの日、事件現場近くの家に設置されていた防犯カメラに、あなたの歩く姿が映っていました。しかも死亡推定時刻より少し前、現場近くを通過した車のドライブレコーダーにも、あなたが運転している車が映っています。確認されますか」
用意していたタブレットの画面を向け、静止画像を見せた。それを目にした薫は絶句した。これも千鶴の時と同様に、五係を中心とした人海戦術で探し当てたものだ。
特にドライブレコーダーは、事件当夜と同じ曜日と時間帯に通る車を片っ端から止め、聞き込みをしてようやく見つけたものである。まるで広い砂浜から、特定の石を発見するほどの確率だった。しかしターゲットを絞り込めた結果、奇跡的な証拠を手に入れられたと言える。
当初見せていた余裕が完全に無くなり、薫の顔は青冷めていった。そんな様子を見て、これは落ちると確信を持った的場は畳みかけた。
「おかしいですね。あなたは現場近くを通っていない、しかも車から降りていないと先程言ったことは、明らかな嘘だとこの映像が証明しています。つまりあなたが由美さんを背後から刺した。もちろんそれだけではありませんよね。彼女が死んだと確認した後、刃物を抜いて現場を去った。その後凶器とスマートグラスとスマホだけを残し、身に着けていた服等は着替えて廃棄した。それから第三の事件の被害者でもある江盛正治に、凶器などを渡した。違いますか」
そこで彼の写真を見せたところ、首を振りながら叫んだ。
「以前も言ったが、こんな奴は知らない。私は何もしていない」
「それも嘘ですね。あなたの母親である先代は、一年余り前に乳がんで亡くなっています。同じく彼の妻の勝子さんも同じ病で亡くなりました。お二人は同じ病院に通っていたそうですね。そこで面識があり、お話しされていたという看護師や医師の証言があります」
自分が何を言ったのか気付いたのだろう。慌てて口を押えた。だがもう遅い。
「以前伺った捜査員が写真等を見せた中にも彼はいました。あなたはその誰とも会ってないと供述している。それも嘘だったのですね」
もう言い逃れ出来ないと悟ったのだろう。的場の厳しい追及を受け、薫は喋り出した。その証言を受け、千鶴の時と同様に家宅捜索令状を取り、鑑識が華道教室や自宅、車などを徹底的に調べた。その結果、車のトランクから微量の血液反応が出て、それが被害者である手嶋由美の血液と一致したのだ。
これも千鶴の時と同様、着替えなどをした際に付いてしまったらしい。そこで逮捕状を取り薫から事件のあらましを全て自供させた。
その内容は須依が推測し佐々を通じて捜査本部に告げていたものと、ほぼ一致していた。よってそれらの裏付けとなる証拠を集めた的場以下五係の評価は、さらに見直されたのだ。
秀介も含め、既に三人の実行犯が逮捕されていたからだろう。本部からの信頼を完全に回復した的場は、実行犯達の供述を元に最後の詰めとなる葵水木の捜査も任されることとなった。
部屋の家宅捜索や逮捕令状を取って連行する役目も、五係の部下達が中心になって行った。さらに薫と千鶴を落とした実績と、そこから数多くの証言得て証拠を発見したことで、全ての計画を立案した主犯と思われる葵水木の取調べも的場が指名されたのだ。
当初上層部は、私情が入ると難色を示していた。それを覆したのは佐々参事官の後押しだった。上の意向で本部とは別に捜査を勧め、お手上げ状態だった事件の解明に貢献したからだろう。
またその捜査に、的場を含めた五係を送り込んでいた点も影響したらしい。本来なら許されなかっただろうが、これまで十分な結果をだしていた為、なんとか強引に押し通すことができたようだ。
またここまでこれたのは、須依のおかげでもあった。もし彼女が今回の事件の全容を推理し、また秀介の口を割ってくれなければ的場は間違いなく一課から追い出され、その後自主退職を迫られていただろう。
一度蚊帳の外に出された捜査員が、同じ事件で名誉挽回の機会を与えられることなど、まずあり得ない。だからこそ的場は必死に結果を出そうと心身を研ぎ澄まし、二人の被疑者達と対面してきた。
部下達も与えられたチャンスを逃すことなく、しっかりとした裏付け捜査と証拠集めに奮闘してくれた。これには感謝の思いしかなかった。そしてようやく主犯の尋問にまで辿り着いたのだ。
的場が万感の思いを馳せながらも最後の大仕事だと気を引き締め、葵水木と対面した。
取調室に連行してきた時、その表情は動揺も怯えもない、達観している様子に見えた。まだ二十五歳と若くあどけなさが残っていたけれど、的場と目が合った際は不敵にも笑みを浮かべていた。
続々と事件に関わった人物が逮捕され始めた状況から、恐らく次は自分だと既に腹を括っていたようだ。その為余程の覚悟を持ちここへ来たと思われる。
既に逮捕状が出ているからこれまでのような任意の取り調べではない。それでも揺るぎのない、射貫くような眼差しをしていた。過酷な環境で育ち、様々な困難を経験してきた影響かもしれない。
これからどちらが取り調べを行うのか、まるで立場が逆転したかと錯覚に陥るほどの空気を漂わせていた。
しかしこちらも思う事がある。そこで負けまいと強気で攻めた。
「これまで逮捕された三名の供述から、新原明日香と手嶋由美、浜谷理恵を殺害する計画を立て、それを実行させたのはあなただと分かった。さらに捜査を混乱させる為、第一の事件の実行犯で一連の事件にも関与していた江盛正治を的場秀介に刺すよう指示し、被害者に仕立て上げた。それで間違いないな」
だが即座に首を振り、はっきりと否定した。
「いいえ」




