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第五章~⑥

 涙の告白を聞きながら、須依は思い切って彼の元を訪ねたことが間違っていなかったと胸を撫で下ろした。もちろん自分の推論に自信は持っていた。だがもし違っていれば、最悪の事態を招いていたかもしれない。

 もし江盛の口を封じるのが葵の目的だったとすれば、秀介を殺人犯として警察に突き出さなければならない。そうなれば、彼は責任を取って命を絶つ恐れもあった。

 過酷な取り調べにも耐えてきた強い思いからすれば、絶対に逮捕される訳にはいかない、真実を闇に葬らなければと考えてもおかしくないからだ。

 けれど事件の真相がどうだったのかを彼自身に気付かせられたからこそ、自白を促せたのである。そうすることで、ずっと一人で抱え続けていた罪の意識から解放できた。しなくても良かった辛い思いは、これで終わらせられるだろう。

 しかしまだ明らかになっていない点が残っていた為、須依はさらに質問を続けた。

「江盛さんを刺した後の処理を済ませてから、葵さんとは連絡を取っていないよね」

「はい。ほとぼりが冷めるまでは、しばらくそうした方が良いと言われていたので」

「だけどその後は、警察から呼び出しを受けたけど、簡単な事情聴取だけで済んだ。それでもすごく不安だったと思うけど」

「はい。聞いていた話以上に、それまでの取り調べは厳しかったのでずっと怖かったです。でも僕には黙る以外、どうする事も出来ませんでした」

「そうこうする間に第四の事件が起こった。あなたは犯行時刻、コンビニに出かけていたからアリバイが証明された。あれは葵さんの指示だったの。それとも単なる偶然なの」

「全くの偶然です。四人目の件は全く聞かされていませんでした」

 夜遅くまで電子書籍を読み上げ機能を使い聞いていた際、少し喉に違和感を持ったそうだ。そこでストックしていたのど飴を切らしていたと気づき、買いに行ったという。

「あの時も任意の聴取は受けていたでしょ。被害者の浜谷理恵さんについて質問されたと思うけど、その時どう思ったの」

「驚きました。でも事件の概要を刑事さん達から聞いた時、これも葵さんが関係していると気付きました。その件があったから、明らかなアリバイがあった僕や葵さん達への疑いは、さらに和らいだようですね」

「どうして関連していると思ったの」

「それは後で報道されましたけど、残されていた凶器が他の事件でも使用された刃物だと言われたからです。僕が渡されたのも、前の事件で使われたものだから扱いに気を付けるよう言われていました」

 一連の事件におけるまだ解明されていない疑問の一つが、何故今回現場に残されたのかという点だった。同一の刃物だと判明していたが、意図的に残したのかそうでないかが分からない。

 彼なら知っているかもしれないと思ったが、どうやら計画自体聞いていなかったようだ。しかも無ければ再び疑われる可能性があったにもかかわらず、アリバイを作るよう指示されていなかった事実に驚く。

 既に有力な容疑者から外れているから問題ないと判断されたのかもしれない。だが捜査を混乱させる為、彼は再び捨て駒として使われたとも考えられる。真相を知るのは葵だけだ。

 須依は怒りを覚えながら彼に尋ねた。

「使った凶器以外、着ていた服や靴等も含めて全部処分したのかな」

「だと思います。それも全て葵さんに渡したので、良く知りません」

「そうなんだ。つまり秀介君が前の事件から引き継いだのは、凶器だけだったのね」

「はい。他は折り畳みの白杖と服や靴ですね。あ、あとスマートグラスもありました。服などは後で捨てるから、着替えの服と靴等を自分で用意するようにと言われました」

「なるほど。だったら使ったスマートグラスは、最初から捨てるつもりで買い替えさせられていたのね」

 ここでやや沈黙したが、しばらくして答えてくれた。

「そうだと思います。あとその前に渡されていた、繋げる為のスマホを持って行きました。自分の物を使うと履歴が残るからって」

「もう一度確認するけど、スマートグラスを買い替えるように促され、以前使っていたものを葵さんに渡したのは、第一の事件が起こる前だった。そうよね」「そう、です」

 それも全て犯行後他の物と一緒に渡したようだ。これで聞き出したい件はほぼ出尽くした。また謎の一部が解け、一連の事件における手口の全容が徐々に明らかとなっていく。

 今後残る二人の実行犯の捜査が進み取り調べが始まれば、もっと多くの事実が分かるだろう。そうして外堀を埋めれば、例え直接手を下していなくとも、計画を主導した葵を逮捕し追い込むことは可能なはずだ。

 そう黙って考えていると、彼からぼそぼそと話し出した。

「ごめんなさい。葵さんは、絶対に僕達が捕まらないと断言していました。どうしてそこまで言い切れるのか疑問でしたけど、事件が起こる度に少しずつ分かってきました。予想以上に疑われましたけど、もう少し我慢すれば解放されると考えたのは事実です。でも、」

 彼はそこで言葉を詰まらせた。須依が先を促す。

「でも、何。どう思ったの」

 躊躇いを感じさせながらも、彼は苦しそうに話し出した。

「江盛さんを含め四人も死んだのかと改めて考えた時、胸が痛くなりました。新原明日香さんや手嶋由美さんはずっと悪人だと聞かされていたので、しょうがないと思い込むようにしていました。江盛さんも自ら望み、また遅かれ早かれ死ぬのだからと言い聞かせていました。だけどやっぱり殺されて良い人などいませんよね。それに四人目の人はどういう事情があったのか、全く知りません。その人もきっと誰かに恨まれる事をしたのでしょう。だけど、だけど、」

 今にも死んでしまいそうな様子を感じ、思わず助け舟を出した。

「そう考えないと、罪悪感で押し潰されそうになった。そうなのね」

 彼は頷いたようだ。その後小さく、はいと答えた。この時須依の怒りは爆発寸前だった。江盛正治を刺すよう告げられてから今まで、彼はずっと悩み続けていたのだろう。その辛さは想像を絶する。

 だからこそ人の純粋な心を利用しこんな思いをさせた葵が憎らしかった。絶対にただでは済まさない。そう心の中で誓った須依は、彼からもうこれ以上事件について語らせるのは忍びないと考え打ち切ることにした。

 当然この後、彼を警察に出頭させなければならない。そうしなければ正式に逮捕され、もっと厳しい取調べを受けるだろう。その為、少しだけでも休ませてあげたかった。

 だから口調を変え、尋ねてみた。

「ずっと部屋に籠りっきりで、奈々さんと少し話した以外、ほとんど誰とも喋ってないのよね。それにお兄さんとはしばらく口を聞いていないそうじゃないの」

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