第五章~③
「いいえそうじゃない。通常は視覚障害者にそんな真似なんて出来ないと考えるでしょう。でもスマートグラスがあればそれは可能になる。恐らくあなたのスマホではなく別の物を用意したはず。それを使えば第三者があなたと通信しながら声で指示をして相手を刺すことは出来る。犯行後にスマートグラスとスマホを処分すれば証拠は残らない。そうよね」
「だから君は江盛を刺した。しかしそれを認めれば殺人罪で逮捕されお兄さんに迷惑をかける。だけど黙秘し続ければ、完全犯罪が成立すると葵水木に言い聞かされた。そうだね」
烏森の補足を聞いても、秀介は全く反応を示さなかった。だが明らかに動揺している気配は伝わってきた。その様子は見て分かる程だったのだろう。
「顔色が悪いな。真っ青だぞ。しかも手が震えている。これまでの警察による取り調べは、執拗で過酷だっただろう。だけど真相にはまるで遠く、的外れな指摘しかされなかった。それでこのまま黙り続ければ、葵水木の言う通りになると確信を持ったんじゃないのか。でもこれからは違う。物証はどこかに廃棄したのかもしれないが、通信履歴は消せない。そこを追及されても、これまで通り黙っていられるかな。俺達の話を聞いてそんなに取り乱しているんだ。警察の厳しい吊し上げに、耐えられるとは思えない」
その説明で、秀介の様相がより鮮明になった。そこで須依は優しい口調で言った。
「今この時点で全てを告白すれば、さっきも言ったようにあなたは利用されていたと分かり、情状酌量の余地はある。犯人隠避罪だけでなく自殺ほう助の罪だって、指示されなければ不可能だったと認められる確率が高まるはずよ。それならお兄さんも、一課からは一旦外されるかもしれないけど、退職まで追い込まれはしないと思う。それに優秀な彼なら、必ず復帰できるわよ」
「ど、どうしてそんなことまで」
彼は反射的にそう呟いていた。だが予期していた須依は、穏やかに説明した。
「秀介君の反応からすると、江盛さんを刺したことは間違いないようね。だけどあなた一人でそんな真似が出来るかな。できるとすれば、指示を送る人物の協力が無ければ無理。スマートグラスを通じ、正確に相手の背中を刺すよう命じたのは葵さんよね。そうでしょ。ところであなたは、江盛さんを何回刺したの」
誘導尋問かと警戒したのだろう。彼は黙ったままだった。それでも話を続けた。
「警察からの厳しい尋問は、第一と第二の事件についてだけよね。その二件とも被害者は最初の一撃しか刺されていない。でも三件目は一度浅く刺さってから、二度深く押し込まれていた。これってどういう状況を表しているか分かるかな」
思い当たることがあったのだろう。彼がハッとして息を呑む気配を感じた。そこでさらに付け加えた。
「普通なら刺された被害者は、止めを刺される前に必ず振り返るでしょう。でも刺さったままそのままでいた。つまり被害者自らが、もっと深く刺されることを望んでいた証拠になる。現に江盛さんは余命宣告を受けていた。死ぬことを覚悟していたのでしょう。そうでなければ、視覚障害者のあなたが再度刺すなんて不可能よ」
まず彼は一度目に刺された際、致命傷を負わなかった。それは司法解剖の所見でも明らかになっている。そうなるといくらスマートグラスで指示されていたとしても、さらにもう一度刺すような芸当が出来るとは思えない。
けれど相手が刺して欲しいと背中を向けたままでいたら別だ。恐らく刺さったままで、しかも返り血を浴びないよう白杖のような棒の先に凶器をつけていたのかもしれない。それならもう一度押し込むくらいなら秀介でもできる。
背中の傷について、詳しい結果はマスコミに公表されていない。しかし須依達は佐々を通じ、こうした裏の情報まで仕入れていた。本来なら決して容疑者に伝えてはいけない内容だ。それでも彼の自白を促す為、賭けに出たのである。烏森が須依の後に続いた。
「君は葵水木だけでなく、被害者である江盛の協力により致命傷を負わせることが出来た。そうとしか考えられない。そうするように唆されただけなんじゃないのか」
「ぼ、僕は唆されてなんかいない。でも、」
実際にした行為の記憶が蘇り、当時の恐怖感など複雑な想いが交差し混乱したのだろう。独り言のように小さく呟きやがて絶句した。
須依は立ち上がり、彼の元へと近づいて肩に手を置いた。
「そう。あなたは人を殺したのかもしれない。でもそれは葵さん達にそうするよう言われ、巻き込まれただけ。もし今警察に出頭して自白すれば、犯人隠避と自殺ほう助の罪で逮捕されるでしょう。それでも何故そこまでしなければならなかったのか、その理由をしっかり説明すれば、情状酌量の余地はあると思うの。例え起訴されたとしても、普通の殺人と違って刑は軽くなるはず。それでもあなたは黙秘を続けるの。これ以上長引けば、お兄さんはもっと傷つくでしょう。それでも葵さんを守りたい訳でもあるのかな」
自殺ほう助、または同意殺人罪は殺人罪の減刑類型だ。法定刑が六か月以上七年以下の懲役又は禁錮だから、事情が考慮され三年以下の判決が出れば、執行猶予が付く可能性は残されている。
彼の体が妙な動きをし出したと感じた時、嗚咽する声が聞こえた。どうやら泣いているらしい。須依は手を彼の背中に回し、ゆっくりと擦った。
どれくらい時間が経っただろう。体の震えが収まった時、彼は口を開いた。
「ごめんなさい。全部話します」
「じゃあ、教えてくれるかな。言い難いだろうけど、葵さんと出会ったきっかけからね」




