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第四章~⑯

 烏森がそういい、須依の分も取って床に置いてくれた。その位置を確認し、ゆっくりと腰を下ろす。その右隣りに烏森が座った。左側に手を伸ばすと布団らしき感触が伝わってきた。

 そこでベッドだと推測する。秀介はやや離れた場所に座ったようだ。音から椅子だと分かり、ベッドの足元には机があってそこにいるだろうと頭の中で位置関係を把握した。

 今はしていないと聞いているが、事件が起こるまで彼はこの部屋の中で仕事をしていたはずだ。恐らく机の上にはパソコンが置かれ、それに向かって音声を読み取り文字起こしをしていたのだろうと想像する。

「飲み物とかないですけど、いいですか。もし必要なら持ってきてもらいますけど」

 やや左斜め上から、秀介の声が聞こえた。そこに向かって須依は首を振った。

「今はいい。さっき、下で頂いたから」

「そうですか」

 一瞬、沈黙があった。その間を埋める為、慌てて口を開いた。

「ずっと部屋にいるんだってね。まあそれはそうか。今は仕事の依頼もないって聞いたけど、ここではどうやって時間を潰しているの」

「ネットニュースなんか読んだら気分が悪くなるといけないので、片っ端から電子書籍を聞いています。仕事で忙しかったりして聞けなかったものもあったので、良かったですよ。あとは疲れたら寝るだけです。でも余り昼寝しすぎると夜が寝られなくなるから、ほどほどにしていますけど」

「そう。例えばクラブのメンバーとかと電話や、ネットでやり取りしたりはしていないの」

「いいえ。最初は心配してメールをくれた人もいましたけど、下手にやり取りして警察に目をつけられたら悪いと思ったから、何も返信していません。そうしたら一切来なくなりました。向こうも連絡し難くなったんだと思います。実際家宅捜索されて、パソコンとか携帯とか持って行かれましたからね」

「だけど何も問題なかったから、戻って来たんだよね。今そこにあるパソコンとかも持っていかれたのかな」

 烏森が尋ねると、彼は肯定した。

「はい。だけど何度も何度も呼び出され、色々聞かれましたけどね。ここしばらくは何も言ってこないですけど、まだ監視している人がいるかもしれません。烏森さんなら気付かれたんじゃないですか」  

 やや躊躇したようだが、彼は正直に答えていた。

「ああ。今日はいたな。でもこっちの情報だと、最近は監視から外れていると聞いたよ。まああの人達も仕事だから気にしなくていい。それより一時期は、毎日のように呼び出されていたんだろう。体の方は大丈夫かい。須依ともそれを心配していたんだ」

「そうよ。任意だから断っていいとはいえ、なかなかそうもいかなかったんでしょう。視覚障害者団体の関係で弁護士さんがついて、過剰な取り調べにならないよう気を配ってはくれていたと聞いたけど、実際どうだったの。大変だったよね。まあ、お兄さんの手前、余り警察の悪口は言えないかもしれないけど」

 大きく溜息をついてから答えてくれた。

「厳しかったですね。兄貴がいるので断われませんでした。それに例え午前中に断っても、午後からまた呼ぶと言われましたから。結局ほぼ毎日午前と午後で、一回二時間近く質問攻めにされました。今でもまたいつ呼ばれるかと思ったら、気が重いです」

「そう。でも奈々さんやお兄さんにさえ、何も話さないって聞いたけど、本当なの」

 知っていて意図的にそう尋ねると、彼は辛そうに言った。

「申し訳ないと思っています。特に兄貴にはすごい迷惑をかけてしまいました。一時期は捜査本部から外され、肩身の狭い思いをしていると他の刑事さん達から何度も責められました。戻った今でもそうなんでしょうね」

「それは少し違うわ。私達は別件も含めてお兄さんと何度か会ったけど、彼は彼でしっかり与えられた仕事をこなしている。肩身の狭い思いなんていうのは、捜査員達が何か聞き出そうとする為に使った方便よ。気にしなくていいの。それに黙秘は当然の権利だし、あなたは逮捕されたんじゃないんだから。あくまで任意でしょ」

「有難うございます。そう言って頂けると少し気が楽になります。弁護士さんからもそう言われていましたけど、それでも多少協力した方がいいと助言というか、忠告を受けると気が滅入りました」

「そうなんだ。でもそう言いたくなる気持ちも分からなくはないけどね。お兄さんも、関係ないのならそう言えばいいし、こういう理由で現場にいたとか言えば解放されるのに、何故黙秘するのかと心配していたのは確かだから」

 すると彼の纏っていた空気が、ふっと変わった。

「兄貴も僕を疑っているんでしょうね。須依さん達もそうなんでしょう。だからそれを聞き出そうと、ここへ来たんじゃないんですか」

 開きかけてきた扉が、再び閉まりかけている。そう感じながら、須依は勝負に出た。

「お兄さんの本当の気持ちがどうなのかは知らない。だけど私はあなたが何かを隠していると確信を持っているのは事実。もちろんここに来たのは、これまで起こった四つの事件の関連性を調べる内に、あなたは利用されたと思ったから、その推理が間違っていないかを確認する為よ。でも誤解しないで。私は責めようと思って来たんじゃない。話したくなければそれでいいの。自分の信念を貫くのも、また本人の自由だから」

 譲歩する姿勢を見せ、告白しやすいように振舞った。しかし効果は無かった。

「じゃあ、話したくない、申し訳ないけど、出て行ってくれますか」

 彼は怒鳴るように叫び、立ち上がって須依の前まで来た。

「ちょっと待って。少し冷静になろうよ」

 その言葉を無視し、探るように伸ばした手が須依の腕を掴んだ。引っ張り上げようとする彼を烏森が止めに入った。

「秀介君、乱暴は止めよう。落ち着いて」

 だが余計に興奮し始めた彼は、須依から手を離し(わめ)いた。

「出て行け。話しなんてない。どうせ二人も警察と一緒なんだ」

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