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第三章~④

「私達や今捜査してくれている同僚達だけでなく、彼のような人もあなたを心配しているのよ。もちろん皆、真相を解明する為に動いているけど、それが例え暴かれたくないものだったとしても、目を背けないでね」

「もちろんです。秀介が犯人だという証拠が挙がった時には、辞表を出すつもりです。妻にもそう告げましたが、彼女は覚悟していると言ってくれました。それでもどこかで、あいつを信じている自分がいます。ですから捜査には加われません。私情が入りますから」

 絞り出すようにそう言った彼に、須依はさらに続けた。

「兄としては当然だし、私だって信じているわよ。今の段階では令状だって出ていない。何かの間違いであって欲しいと思っている。だからって、意図的に彼の不利な証拠を隠そうとは思わない。真実を明らかにして公にするのが、記者としての矜持だから」

「分かっています。須依さんなら、流されることなく間違いのない取材とそれを元にした行動、判断をしてくれると信じています。これからもよろしくお願いします」

 彼は頭を下げたのだろう。くぐもった声が耳に届く。とても切実で、複雑な心境を抱えていると分かる。それ以上どう声をかけて良いか迷った須依は、話題を変えた。

「ところでオーバーカムを探る件はこれでいいとして、今後どうすればいいかな。捜査本部が動き出しているから、アオイや野中さんの周辺取材は控えた方が良いよね。だったら事故死したという、米村の上司である伊野口の人間関係を探ってみようか」

「そうですね。新原明日香殺しの捜査の際にも、事故死の件は知らなかったので手を付けていません。今回私達が伊野口の死を再捜査したとしても、新原明日香に繋がる線は辿れないでしょうから」

 その可能性は高い。一度所轄が事故死として処理したのだから、一課としても下手にひっくり返したくはないだろう。例え明日香が本当に突き落としたとしても、既に死んでいるのだから罪にも問えない。よって無駄な労力はかけたくないはずだ。

 しかし須依達は違う。真実がそこにあるなら追及すべきと考える。遺族からすれば、殺されたのではなく事故死の方が良いと考える場合だってあるかもしれない。けれどその逆もあり得るのだ。

 どこまで真相に近づけるかは分からないけれど、今回の連続殺人事件の犯人がその線から現れる可能性だってなくはない。明日香に殺されたと知った人物が、復讐の為に彼女を刺殺した可能性も出てくる。ただそうなれば、第二の事件との関係性に矛盾が出てしまう。 

 コロナ禍でのマナーについて書かれた啓蒙チラシを、何故手嶋由美も持っていたのか。単なる偶然に過ぎなかったのか。それとも犯人が連続殺人犯に見せかける為、全く関係のない人物まで殺したのか。そう考えた所で首を振った。それは余りに不自然だ。

 殺された伊野口をどれだけ慕っていたかにもよるが、それほどの動機を持つには相当な覚悟がいる。捕まりたくない一心だけで偽装工作するかといえば、なかなか難しい。推理小説などであれば、当たり前のように殺人を犯すだろうが現実は違う。

 しかも日本では、二人殺せば死刑になる確率が高まる。それなら万が一捕まっても、そうならないよう狙った人物だけを殺すはずだ。

 ただもしその犯人が新原明日香だけでなく、手嶋由美をも恨んでいるとすれば可能性はある。しかし今の所警察では、二人に接点があるという情報を掴んでいなかった。

 頭だけで色々考えていても結論は出ない、それならまずは行動だ。

「じゃあ早速、烏森さんに連絡を取って取材してみるね」

「お願いします。新たな捜査状況は、連絡が入り次第ご連絡します」

「分かった」

 そう言って須依が席を外そうとした時、再び彼の携帯が鳴った。

「須依さん。ちょっと待ってください。一課の同僚からです」

 彼はそう声をかけてから電話に出た。その様子から、おそらくアオイが住む部屋へ事情聴取に向かった捜査員からだと分かる。情報をもたらした須依に、その結果を伝えようと思ったのだろう。アオイがどういう態度を取り、どう答えたのかは知っておきたい。

 その為立ち止まって彼らの会話に耳をすませた。だが意外な言葉が聞こえた。

「いないってどういうことだ」

 待ち焦がれていたように弾んでいた声が、驚き焦った調子に変わった。須依も続きが気になる。まさかもう逃亡したのか。

 いやそうだとしても、家を引き払うだけの時間の余裕は無かったはずだ。といって昨日の夜から十数時間は経過している。姿をくらましたとなれば、身柄を拘束するには労力や時間がかかるに違いない。家宅捜索を行い何かしらの証拠が出れば正式に指名手配できるが、そうでなければ確保は難しくなるだろう。

 しかし状況はそうした想像を上回っていた。

「半年以上前に引っ越したのは間違いないんだな。その行き先が分からないということか。だったら同僚の野中の方はどうだ。何か知っているんじゃないか」

 須依は自分の耳を疑った。一課が入手したのは、介護士資格者の登録名簿だったはずだ。彼らの話が事実なら、アオイという介護士は住所変更の届けを出していなかったのだろう。もちろんうっかり忘れていた可能性もある。だが意図的に伏せていたのかもしれない。

 その懸念は当たった。

「野中は何も知らないというのか。他に手掛かりになる情報は、」

 言葉が途切れた後、彼は大きな溜息を吐いた。

「そうか。分かった。引き続き頼む」

 通話が終わったらしく、須依に向かって言った。

「今聞いたと思いますが、アオイという介護士は名簿に書かれていた住所から、半年以上前に転居していたそうです。野中という同僚もそれ程親しくなかったようで、どこに住んでいるのかは当然ながら、携帯番号さえ把握していませんでした。名簿上で連絡先として書かれていた番号にかけても通じないようです。携帯も同じですね。その後の行方は、住民票の届け出をこれから確認するようですが、少し時間はかかるかもしれません」

 現時点でアオイは何かの容疑をかけられている状態でない。そうなると住民票の閲覧を許可する令状も、直ぐに取れない可能性があるからだろう。

「転居した届けをしていないだけなら、勤務先にも出し忘れていたとしても不思議じゃない。でも電話が通じないのは奇妙でしょう」

「はい。それに須依さん達が取材していると分かった時点で、コロナ禍というリスクを抱えながらも勤め続けた所を、いきなり辞めたというのは明らかに怪しいです。秀介と関係があるだけでは、そこまでしないでしょう。やはり事件に関わっているのかもしれません」

 心の中では同意しながらも、気落ちしている彼に対し頷くことが躊躇われたので、別の質問をした。

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