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子供

作者: 炎華 焔

 電灯一つない薄嫌い土道、視界に入るのは並ぶ田圃に張られた水に映る月。

「はっ、はっ、はっ、はっ」

 走れ、走り続けろ。ただ真っすぐに。道が途切れるか、逃げ切れるまで足を動かし続けろ。きっと、移動し続けていれば誰かとすれ違って、助けてもらえるから。

 希望を抱えて、逃げていく。だが、どんなに距離を伸ばそうとも、後ろから音がする。

 カツン、カツン、カツン、カツン。

 ヒールだろうか、革靴だろうか、どんな靴なのかまでは分からない。でも、確かに足音が迫って来ていた。もうこの音は自分なのではないかと錯覚するほど、音は近い。真後ろにピッタリと誰が張り付いているに違いない。

 助けてくれ、なんだってする! 神様、僕を助けて。あぁ、どうしてこんな事になってしまったんだ。あの時に何もしなければ。

思い出すのは数時間前の事。


「なぁ祐希、お前、階段の御札知ってるか?」

 年の離れた兄がソファに踏ん反り返りながら言った。

「あぁ、上って少ししたところの壁に貼ってあるやつでしょ? 知ってるよ」

 流しに置いてあるグラスを洗いながら兄に言った。すると兄がニタニタと笑みを浮かべだして、僕に言うのだ。

「祐希、剥がしてこいよ」

「嫌だよ、御札が貼ってあるって事はなんかあったって事じゃないか。兄さんが剥がせばいいだろ?」

 僕が言うと、兄はクスクスと笑って、「俺じゃあ意味が無いんだよ」悲しそうに呟いた。兄の様子がどうにも引っかかったが、そこまで気に留めていなかった。家族で食事している時もたまにそんな表情を浮かべていたから。

 洗い物も終わり、僕は二階にある自分の部屋へ向かう。兄は僕のすぐ後についてきて、二人で階段を上っていた。途中、御札が目に入った。剥がしてどうなるんだ。思っていると、兄に「早く行け」と押されてドンと壁に手をついてしまって、兄に文句を言った。何故か兄はとても嬉しそうだ。

「なんで笑ってるんだよ、兄さん」

 すると、兄は壁を指さした。恐る恐る前を見る。そこにはまっさらな壁。そう、壁しかなかったのだ。

「御札はどこ?」

 辺りを見ても何も見当たらない。兄は、嬉しそうに顔を歪めるばかりで何も言わない。階段で足を止めていると、誰も居ない筈の二階から足音がした。

 カツン、カツン。

 耳元で兄が囁いた。

「来るぞ。神子喰いの化け物が……」

「え?」

 兄は間抜けな声を上げた僕を突き飛ばして、階段を駆け下りる。体勢を崩して、思いっきり背を壁に打ってしまった。手摺を掴んでいたから、落ちる事はなかったがそれでも背がヒリヒリと痛む。

 何で兄さんはこんな事をするんだ。

 頭に浮かぶ疑問と耳に届く足音が僕を恐怖に包んでいく。さっきまで遠かった音が近くなっている。僕は階段を駆け下りて、兄を探す。リビング、和室、お風呂にトイレどこを探しても見当たらない。外に逃げたのか。しかし兄の靴がそのままだ。兄はきっと家に居る。ふと、庭に意識を巡らせると、そこにはクスクスと笑いながら何かを呟く兄。

「これで、これで、俺だけが父さんと母さんの子供になれる。俺が本当の子供になれる」

 カッと開かれた狂気の目が僕を捉えた。

「なんでまだ捕まってないんだ、祐希」

 首を傾げて更に目を見開く兄。

「兄さん、何言ってるんだよ。また僕を脅かそうとしてるんだろう?」

 兄はいつもそうだ、僕に悪戯をしてはニコニコと笑って、ごめんなって謝る。今日もそうに違いない。本当に手の込んだ悪戯をする人だ。

「脅かそうとなんてしてないさ。俺はお前が化け物に捕まればいいと思ってる。お前は知らないだろうから、教えてやるよ。この家にはな、年の若い子孫を喰って自分の体を癒す化け物がいるらしい。昔爺さんが言ってた」

「……本当にどうしちゃったんだよ、兄さん」

 心配すると、鋭い憎しみの目が僕を刺す。

「死んじまえよ」

 冷たい声で詰る兄。心臓が凍ってしまう。

 カツン、カツン、カツン、カツン。

 ドンドン大きくなる音に恐怖が広がって、僕は庭から裸足のまま外へ飛び出した。そして、止まる事無く走っている。


 もう、もう「走れない……」。ついに止まってしまった。足を見ると、擦り傷が出来ていて、所々血が出ている。

 カツン、カツン、カツン。

 足音は完全に止まり、左肩に冷たい感触が伝わった。

 恐る恐る後ろを見やる。

 黒く長い髪に真っ白な肌、二メートル程ありそうな大きな体がグワりと曲がって人の頭が入りそうな程口を開けていた。

「イタダキマス」

 一瞬で暗く生暖かくなった。そして次の瞬間痛みが走る。

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ」


 化け物がボトりと弟の足を落とした。それをまた拾ってむしゃむしゃと食べ始める。俺はその光景を目にして安堵した。これでもう俺の家族をおかしくする異物が取り除かれたのだと。それなのに、何故か頬を伝って涙が零れた。

「ごめん、祐希……」

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