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追試を六回やってる見習い魔法使いのぼくが瀕死の竜に無茶ぶりされた  作者: 碧衣 奈美


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いろいろな勉強

 竜にとっての我が子。竜の子。……フェオンが竜の子どもだってぇ?

「えー、ちょっと待ってよ。ねぇ、タッド。フェオンって精霊じゃなかったの?」

「竜の子だなんて、聞いてないぞ。そんなこと、タッドだって言わなかっただろ」

「だって、竜の気配なんかしなかったし、ぼくもてっきり精霊だとばっかり……」

 タッドがそう言ったから、正体を見抜くことなんてできない二人も、フェオンは精霊だ、と思っていた。普通の人間でないのなら、そういう存在なのだろう、と。

 だが、よく考えてみれば、フェオンは今まで一言だって、自分は精霊だ、とは言わなかった。もちろん、竜であるということも言わなかったが。

 フェオンが言ったのは、自分の名前と竜珠を取り返して竜を助けてほしい、ということだけ。

「すまない。この子にも危険が及ぶと思い、とっさに術をかけていたのだ」

 竜の動きをあっさり封じた相手だ。たとえ相手が子どもでも、竜だというだけで何かよくない術を仕掛けてくるかも知れない。

 そう考えた竜は子どもの姿を変え、さらにその正体がわからないように魔法をかけた。タッドやあのドゥードルにさえわからなかったのも、無理はないのだ。竜の魔法だから、人間には簡単に見破れない。

 そして、フェオンが自分の正体をタッドにすら話さなかったのも、万一のことが起きないよう、話せない魔法がかかっていたためだった。

「確かに、安全を考えればそうした方がいいよね。あの時点では相手の目的もわからなかったんだし」

「だましたような形になってしまったな。みんな、すまなかった」

 フェオンが申し訳なさそうに謝る。

「謝らなくていいよ、フェオン。だまされたなんて思ってないから」

 こちらが勝手に精霊だ、と勘違いしていただけ。

 よくよく考えてみれば、この山にいる精霊はひとりだけではないはず。フェオンの他にも、竜のために動く精霊がいてもおかしくない。

 でも、ずっと一緒にいたのはフェオンだけだった。フェオンが竜の子なら、親のために必死になるのもわかる。

「もしかして、俺達は滅多にできない経験をしたってことなのか?」

「そういうことみたいね。フェオンが竜でなくたって、十分すごい経験だったけど」

「うん。魔法使いにだって、こんな経験はそうそうできないよ。自慢できるかな」

 みんなで笑い合う。終わりよければ全てよし。終わってみれば、笑って話ができる。

 一番いい落着の仕方だ。

「あの……今回のこと、魔物じゃなくて人間の仕業だったんだ。後でフェオンに詳しい話を聞いてもらえればわかると思うけど」

 竜はどこまでわかっているのだろう。もうすでに、全てを見透かしているのだろうか。もしくは、フェオンを通して伝わっているのかも知れない。

 たとえわかっていたとしても、これはやはり自分達の言葉で告げなくてはならないこと。そして、ここへ来ることになった人間の代表として、謝らなければ。

「ごめんなさい。あなたにも、幼いフェオンにもつらい思いをさせてしまいました。同じ人間として、謝ります。だけど……虫がいい話だって怒られるかも知れないけど、人間を嫌わないでほしいんだ。全ての人間がこんなことをしでかす奴ばっかりじゃないって」

 あまりにも愚かな願いを抱いたクオーリア。彼女の心ない行為とあきれ果てるその理由に、タッドでさえ(いきどお)りを覚えた。

 当事者の竜にすれば、怒り心頭になっても当然だ。その気持ちは、被害をこうむった竜でなくてもいやという程に理解できる。

 それでも。そんなことを考える人間ばかりではない、ということも知っていてほしい。ひとまとめにして見てもらいたくはない。こんなひどいことをするのは、ほんの一握りなのだ、と。

「ああ、わかっている」

 竜は穏やかな口調で応えた。

「私があのような状態になったのは、人間のため。だが、こうして元に戻れたのも人間のおかげ。魔法使い、お前の言いたいことはわかっている」

「よかった……」

 竜の言葉で、タッドは胸のつかえが取れたような気がした。

 フェオンが何か竜に耳打ちし、竜は小さくうなずく。その表情はかすかに笑っているように思えた。

「魔法使い。この子はまだ魔法を使うことはほとんどできないが、すぐに覚える。その時、お前と共に世界をもっと見てみたいと言っている。かまわないか?」

「は……?」

 竜の言葉に、タッドは驚きすぎてすぐには返事ができなかった。

「すぐに大きな力を持つのは無理だが、近い将来、お前の力になれるだろう」

 お前の力になれる。

 つまり、その時フェオンは、魔法使いタッドと契約を交わす、という意味になる。

 魔獣や妖精、精霊と契約を交わせば、彼らが属する魔法が有利になったり、他にも色々とメリットがある。だから、契約を交わす魔法使いは多いが、その相手が竜となれば……。

「ぼ、ぼくの、力……?」

「そう。タッドの、だ」

 フェオンが微笑む。

「私は昔、人間に助けられた。その頃はこの山もよく噴火を繰り返し、多くの犠牲を出していた。私はこの山の力を(おさ)えることでその人間と、その子孫に対して感謝を表しているつもりだ。だが、私の子までがこの山に縛られる必要はない。外の世界へ行き、その広さを経験し、人間達と共に仲良く歩んでもらいたいのだ。この子もそれを望んでいる。お前なら、安心して我が子をまかせられる」

「ぼくの力って……ぼくはまだ正式な魔法使いでもないんだ。竜と契約って……」

 タッドはまだ見習い魔法使い。契約と簡単に言葉にはできても、そこまでのレベルではないのだ。正直なところ、そこまでのレベルに至れるかすらも怪しい。

 なのに、契約の相手が竜、ともなれば、タッドが思わず気後れしてしまうのも仕方なかった。一足飛びどころじゃない。契約だけに限れば、頂点だ。

「何言ってるのよ、タッド。あれだけの魔法を使って、あなたは魔法使いじゃない訳?」

「あ、あれは……必死で」

「だけど、やったのは間違いなくお前だぜ。俺達はちゃんとこの目で見たんだ」

「そ、それは……そうだけど」

「だったら、もっと堂々としてなさいよ。そうする権利、タッドにはあるんだから」

 クオーリアの館にいた魔法使いは、タッドとドゥードル。だが、ドゥードルは亡くなり、後の魔法は全てタッドがしたこと。

 そして、ついさっきも竜珠の力を引き出した。

「俺達にはよくわからないが、あのドゥードルだって竜珠を扱い切れなかった。それをお前はちゃんと使って、こうして竜を助けたんだろ。もっと自信を持てよ」

 ドゥードルのように火に包まれることもなく、最後まで竜に力を送り続けることができた。

 それは事実だが、タッドにはその自覚があまりない。

「返事は? 魔法使い」

 フェオンがタッドに催促する。その表情は今までの中で、一番子どもらしく見えた。

「ただの魔法使いなら、こんなことは言わない。タッドだから、一緒にいたいと思った」

「すごいじゃないか、タッド。これって最高のほめ言葉だぜ」

「そうよね。竜の方から一緒にいたいって言ってくれてるのよ」

 フェオンはふわりと竜の肩から降りると、タッドの前に立った。

「タッドが私と、そして竜珠にかけてくれた魔法はとても温かかった。以前にも言っただろう? タッドは必ず素晴らしい魔法使いになる、と。どうやらまだタッドはそのことを信じていないようだが、私が横にいてそうなった時に、竜の言葉は真実だっただろう、と言ってやりたい」

「あ、あたしもそれ、横で聞いていたいな」

 ティファーナの方が同調している。

「……わかったよ、フェオン」

 タッドはうなずいた。

「次にフェオンと会う時、そうだなって笑えるように、これから目一杯修行しておく。竜と一緒にいると見劣りして情けないって言われたりしないよう、ぼくもがんばるよ」

 存在そのものが魔法のような竜が言ってくれているのだ。竜の言葉を……と言うよりは、もう少し自分を信じてみてもいいかも知れない。

 また流されてるような気もするが、この流され方なら構わないかな、とも思う。いい方向へ流されているのなら。

「どうやら仮契約成立ってところだな……おっと」

 リアンスの目の前に、枝に積もった雪が落ちてきた。あちこちで積もった雪が地面に落ちる音が聞こえる。溶けて雫がしたたる音も。

 この山の積雪量はそれ程でもないから、雪崩の心配とまではいかないだろう。せいぜい、ひどいぬかるみになる程度だ。

「完全に力を取り戻すには、まだ少し時間がかかる。もっとも、あまり急激すぎる変化は他の生物にもそれなりに影響が出るだろうから、その方がいいだろう。魔法使い、人間達には三日もすれば元の気候に戻ると伝えてくれるか」

「わかった。ぼく達もこの剣をエコーバインへ返しに行かないとね」

「あーあ、俺達、まだ事情聴取なんてものが残ってんだったな」

「事後処理の方がずぅっと面倒ね。ま、仕方ないけど」

 タッドが持つコルデの剣は、水にぬれたように光っている。刃に光に当たると、虹が見えてとてもきれいだ。

 英雄であるはずの剣士の子孫がとんでもないことをしでかしてくれたが、これをあるべき場所へ戻せば事件は落着へと向かう。

 これは水の竜が自らの姿を剣に変えたもの。魔力を秘めているのだから竜珠に近いとも言える。なりゆきではあるが、竜の力がこもったものに二つも触れることができた。

 最初は完全にとばっちりと言おうか、巻き込まれた感ばかりだったが、今はむしろ恵まれていたのかも知れない、と思うタッドだった。

「じゃ、ぼく達行くよ。フェオン、また会えるのを楽しみにしてるから」

 さよならとは言わない。すぐにまた会えるとわかっているから。

「ああ、私も楽しみにしている」

 タッド達は竜に見送られて山を降りた。

「来る時より気温がずいぶん上がったな」

 雪はまだ残っているが、もう寒いとは思わない。竜の力の有無でこれだけ違うものか。

「とりあえず、エコーバインへとんぼ返りだな。さっさと全部終わらせて、一杯やりたいもんだぜ」

「その前に、おじさん達にもう大丈夫ってことを教えてあげないとね。気温が上がってきたなら、わかるでしょうけど。あー、そうだ。あたしのコンピュータ、クオーリアの屋敷で焼けたんだっけ。弁償してもらえるかしら」

 ドゥードルに魔法で拘束された時、落としてしまった。動けるようになった時には火事でそれどころではなく、拾うのも忘れて外へ逃げたのだ。

「損害請求したってバチは当たらないだろ。命がかかってたんだから、コンピュータの一台くらい、安いもんだ」

「じぃちゃん達、連絡を全然入れてなかったから、きっと心配してるだろうな」

 自分でそう言ってから、タッドはジャンティの町へ来た目的を思い出した。

 六回も落ちた試験のことをしばらく忘れ、ひいては魔法のことをしばらく忘れるために、のんびりとした時間を過ごそうとして祖父母の家へ遊びに来たのだ。

 それなのに、気付けば竜の命は自分の肩にかかり、魔法を忘れるどころか今まで一番ハードな状況に直面し、のんびりなんて宇宙のはるかかなたに飛んで。

 ただ、試験のことはほとんど忘れられた。思い出す余裕がなかった、とも言う。

「あーあ、家へ帰ったらまた追試かぁ。考えたら気が重くなるよ」

「やぁね、今更何言ってんのよ、タッドったら」

 ティファーナが力一杯タッドの背中を叩いた。むせそうになる。

「あれだけの魔法を使ってたのよ。追試なんてちょろいじゃない」

「ラストであんなに大活躍した奴が、何をぐだぐだ悩んでんだよ」

 そう言われても、タッドはあれだけのことをした、という自覚がやっぱりない。夢を見ていたようで、リアリティがあまりないのだ。でも、ティファーナやリアンスという証人がここにいるし、やはりあれは間違いなく自分がしたこと……らしい。

「本番に弱いって? クオーリアの別荘やさっきのことを考えてみろ。あれ以上の本番があるか? 一度だって失敗してないだろうが。ちゃっちい試験くらいで、もたついてんじゃねぇよ」

 リアンスに痛い程、肩を何度も叩かれる。

「竜に言われたんでしょ。素晴らしい魔法使いになるって。さっきフェオンにも約束したばっかりじゃないの。あ、それとあたしの言葉も、ちゃんと聞いていてくれたんでしょうね」

「え? ティファーナの……何?」

 言葉、と言われても、どの言葉なのかわからない。

「もうっ。タッドってば、ちゃんと覚えていてよね。再会した時、タッドが素晴らしい魔法使いになるというのは真実だったろうってフェオンが言うんでしょ。で、あたしも横でそれを聞くの。そんなに長い言葉じゃないんだから、しっかり頭に叩き込んでおいてよ」

「あ……うん」

 ティファーナの少しすねたような口調のセリフを、タッドはぼんやりとした顔で聞いていた。

「ねぇ、タッド。もしかして、あたしの言ってる意味、わかってない?」

 リアンスがぐいっとタッドの腕を引っ張り、耳打ちする。

「タッド、お前ってもしかしてすっげぇニブい奴なのか?」

「え? えーと、その……何か深い意味、あるの?」

 タッドのその言葉に、リアンスはタッドに言外の意味を悟れと言っても無駄らしい、と判断した。

「ティファーナ、ちょーっとばかり時間をもらえるかな。この件を片付けた後で、ゆーっくりとタッドには修行させるよ。俺がコーチしてやっから、そう長くはかからないしな」

 そのセリフに妙な不安がよぎる。

「な、何だよ、リアンス。修行って」

「お前って魔法以外のことに関しては、かーなーり経験不足のようだからな。俺が叩き込んでやる。魔法の修行よりずっと簡単だぜ。とにかく、追試なんてさっさと終わらせろよ。あれだけの力を見せ付けといて、また試験に落ちました、なんて報告したら首絞めるぞ」

 言いながら、すでにリアンスはヘッドロックをしている。

「次から次にやることがあるんだからな。時間は待ってくれないぜ」

「ぐっ……あの、リアンス、たんま」

 自分の首にかけられた腕を、タッドは必死に叩く。

「成果が出なかったら、リアンスに責任取ってもらうわよ」

「俺の講義は特別編だぜ。成果無し、なんてありえないさ」

「二人して何言ってるんだよ。ぼくは……」

「まぁまぁ、話は後でじっくりとな」

 ぼく、やっぱり間の悪い時にこの町へ来たような気がする……。

 リアンスの車に押し込まれながらそう思い、でもなぜか悪い気はしないタッド。

 振り返れば、明るい炎の色をした太陽がドリープ火山を染め、まだ少し雪をかぶった山は本当に燃えているように見えた。

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