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ドリープ火山

 ドリープ火山には、火の竜がいる。

 いきなりそんなことを聞かされ、タッドは目が点になる。

「あの……竜って、あの竜のこと?」

 他にどの竜がいる、と突っ込まれると困るのだが、いきなり突拍子もないことを言われたタッドは、そういう言葉しか出て来なかった。

「タツノオトシゴのことではないぞ」

 そんな冗談を言われても、ますます寒くなるだけである。

「じぃちゃん。いきなり火山へ行けって言われても……」

 気付くと、タッドは臨時会議室となっていた部屋へ連れ込まれていた。さっきまで祖父達がいた部屋だ。

 で、魔法使いだというだけで(実際は見習い魔法使いなのだが)火山へ行け、と突然言われた。しかし、言われた方はやはり困る訳で……。

 ここは事情をちゃんと把握したい。できればしない方がいいような気もするが、こんな状態ではたぶんもう逃げられない。あきらめるしかなさそうだ。情報なしで放り出されることだけは避けたい。

「十日程前に、ドリープ火山の方で雷が落ちたような音がしてな。今思えば、あれがこの異常気象の前触れだったんだろうが。とにかく、その日を境に町の気温がどんどん下がり、昨日からはとうとう雪が降り始めた。町の温泉もこれまでは水でうめんと入れん程の熱さだったのに、今ではほとんど氷水だ。あの日、山で何か災いが起きたに違いない」

 力説されても、タッドはどうリアクションをしていいのかわからない。

「雪が降ったり、温泉が冷泉になったのと、竜にどんな関係があるのさ」

 祖父の話と現実に、遠い(へだ)たりを感じる。

「おや、タッドは知らんかったか? 温泉が出たり、この地域が温暖な気候なのは、ドリープ火山にいる竜がその力でコントロールしてくれているおかげなんだ。でなきゃ、活火山のはずの山が五百年以上も噴火しないでいるなんて、おかしいだろ」

 噴火しない理由を竜につなげる方がおかしい、と思うのだが。活火山ではなく、単に休火山だった、ではないのだろうか。

 火山活動の有無はともかく、町より多少地熱が高い山、というくらいの認識しかないタッド。火山の恩恵はせいぜい温泉くらいだと思っていた。

「噴火するだけのエネルギーが、山にないだけじゃないの?」

 孫の言葉に、ズィードが悲しげなため息をつく。ちょっとわざとらしかったが。

「タッド、お前は魔法使いだろう。どうして竜の存在を否定しようとするんだ」

「否定する気はないよ」

 そうは言われても、温泉くらいしか名物のないような町に竜が関わっている、と考える方が難しい。こんな小さな町のために、どうして竜が火山の噴火を抑えようとしてくれるのか、理由が思いつかないのだ。

「とにかく、お前にドリープ火山の竜に何が起こったのか、それを調べてほしいのだ」

「とにかくって言葉が、唐突すぎない? ……何が起こったかって」

 それまでおとぎ話のようだったのが、いきなり核心にせまられた。

「本来なら火山の恩恵を一番受けている我々が行くべきなんだろうが、何が起きているのか一般人ではわからないということもありうる。何と言っても相手は竜だからな。だが、魔法使いなら確かなことがわかるはずだ」

「だーかーらー。ぼくは魔法使いじゃないってば。まだ修行中。見習い魔法使いだよ。それだって試験に落ちて……と、とにかく、他にも魔法使いはいるだろ。本当に何かあったりしたら、ぼくじゃ対処しきれないよ」

「ジャンティには二人の魔法使いがいるんだが、あいにくと今はどちらも不在でな。捜して連絡を取る努力はするが、まさかこんなことが起きるとは誰も想像しておらんだろ。はっきりした連絡先を誰も聞いてないもんで、すぐに捜せるかどうかがな……。だが、ぐすぐずしていたら雪はどんどん積もるし、町の機能もいずれ完全にストップしてしまいかねん」

 タッドのいる街にも、時々雪が積もる。それがちょっと多く降っただけで、すぐに交通機関が麻痺したり、歩いて転んでケガをしたりする人が出る。

 それが、雪など降らない常春のようなこの地方で雪が降れば、混乱は必至。実際、バスが運休していた。だから、ズィードの言うこともわかる。本当に困っているのだ、ということも。

 来る時はやんでいた雪も、また降り出すかも知れない。昨日降っただけでひざ辺りまで積もるのだから、明日の朝になったら屋根まで積もったりすることも……。

 だが、それはそれ。タッドが行かなくてはならないことではないはず。

「それはわかるけどさぁ。ぼくにそんなことを訴えられても……」

「タッドくん、お願いだ。山の状況を見て来てもらえないだろうか」

 町長がいきなり頭を下げる。タッドは面食らった。

「え……あの、ちょっと……やめてください。そんなことされても」

「全てを解決してくれ、とは言わない。山で何が起きたか、調べてもらうだけでいいんだ」

 最悪の場合、この町の生死にも関わってくるかも知れない。

 そういった思いが町長に、まだ子どもとも言える年齢のタッドに頭を下げさせているのだろうか。

「タッド、わしの頼みをきいてもらえんか。な、頼む。この通り」

 祖父にまで頭を下げられた。さらには、その場にいた他の偉いのであろうおじさん達までが、一斉に「お願いします」と言いながらタッドに頭を下げるのだ。

「あの……や、やめてよ。じぃちゃんもみんなも」

 こうまでされては、無視なんてできなくなってくる。ここでみんなを振り切って帰ったら、自分が極悪人になりそうだ。もう二度とここへは来られない。

「わかったよ。行くよ。行けばいいんだろ。でも、ぼくが行ったって、絶対に何かわかるとは限らないからね。やれるだけはやるけど、後はちゃんとした魔法使いにまかせてよ」

「そうか。タッド、やってくれるか。さすがはわしの孫だ」

 それまで沈痛とも言える面持ちだったズィードは、タッドの答えにころっと表情を変えた。何となく(だま)されたような気がするが、もう遅い。自分の口で行くと言ってしまった後だ。

「マーラ、タッドに出掛ける準備をしてやってくれ。大急ぎでな」

 心なしか、タッドには祖父がはしゃいでいるように見えた。

☆☆☆

 準備、と言っても大したものはない。

 少しばかり厚手のセーターに、風を通さないだけであまり暖かくない薄手のブルゾン。軍手のような飾り気のない手袋。

 その程度の防寒具があるだけだ。そもそも、これを防寒具と呼んでいいのか。だが、普段は雪など降らない町に、コートやそのテのものがあるはずもない。

 小さなリュックには、お茶が入った水筒とチョコやクッキーなどのわずかな非常食が入っている。活動していないとは言え、火山を登るには簡素な荷物だ。

 ドリープ火山のふもとまで車で送られ、山を降りた時に連絡してくれれば迎えに来る、と言われて古いタイプの携帯電話を持たされた。かなりの年代物だ。それをリュックに放り込む。

 期待をたっぷり込めた表情を浮かべた祖父達の見送りを受けて、タッドはしぶしぶ山へと入った。

「あーあ、どうしてこうなるかなぁ。ぼく、何しにここへ来たんだろ……。二時間もしたら夕方になるのに、今から山へ入るって危なくない?」

 慣れない山道を歩きながら、タッドの口から文句とため息がもれる。

 ジャンティの町へは、ただ気晴らしに来た、はずだった。

 ゆったりした時間の流れる町で、普段のことをしばし忘れて。それから、改めて自分の才能に見切りをつけるか、汚名返上するためにもう一度がんばるか。

 そういうことをじっくり考える機会……のはずだったのに。

 自分は今、何をしているのだろう? 誰もその存在を確認したことのない竜にどういう異変が起きたのかを調べるため、もしかしたらいきなり噴火するかもわからない危険な火山に一人で登っているのだ。

 どうしてこんなことになったのだろう。これはもう、運が悪かった、としか言いようがない。……運で済むだろうか。

 町の中ほどではないが、山の地面にもうっすらと雪が積もっていた。竜の力うんぬんはともかく、火山のエネルギーがあるから、その地熱である程度は溶けているのだろう。少なくとも、雪で歩きにくい、ということはなさそうだ。

 ざっと見回す限り、他の山と特に違いはない。つまり、普通の山だ。木があって、草が生えている。

 しかし、ここは「竜がいる」神聖な場所。人が入ることのない山なので、まともな道らしい道はない。

 山道と言っても、今までハイキングコースのような道しか歩いたことがないのに。必死になってこんな場所を歩いていると、安っぽい映画の夜逃げシーンみたいな気がする。後ろを見れば、わずかに残る雪にタッドの足跡だけが点々と続いていた。

 普段は暖かいこの山で芽を出し、生長する植物。予想もしなかったであろう空からの冷たい落とし物に、すっかりうなだれてしまっている。

 動物はどこかで凍えているのか、タッドが歩いている限りではその姿がどこにもない。鳥の声すらも聞こえてこなかった。

「どこまで登ればいいんだろ。本当にこの山のどこかに竜はいるのかぁ?」

 ジークや町の人達は、この山に竜が本当にいると信じている。

 だが、ここ数十年以上、世界のどこかで竜の存在が確認されたという話は聞かないし、すでに絶滅したのではないか、という学者がいたりもする。

 魔法使いにとって竜は一般人よりも近しい存在ではあるが、現実にはその姿を見ることはない。たぶん、学院の先生だって見た人はいないのではないか。

 先生に限らず、タッドが生まれて現在に至るまで、そんな話は聞いたことがない。たまに、竜もどきのような小さい魔物はいたりするが、それは竜ではない。

 それが、こんな身近にいたなんて、タッドとしてはにわかに信じがたかった。本当にいればそれはすごいと思うし、魔法使いの世界でもとんでもないニュースだ。

 タッドだって、本当にいるのなら見てみたいと思うのだが、祖父達の言葉をそのまま使えば「竜に何かが起きた」はず。

 そうなると、本当にいたら自分が竜のために力になれるのだろうか、と今度は別の不安が生まれる。その場合、タッドに相談相手は存在するだろうか。

「……もしこの山に竜がいなかったら、ぼくはどうすればいいんだろ」

 何の情報もなしに戻って、町の人達が納得してくれるだろうか。探し方が足りない、と文句を付けられたり、そんなはずはない、と言われ、もう一度山へ入る羽目になったりするのではなかろうか。

 言い方が直接的でなくても、丸め込まれて再び来ることになりそうな可能性は大……な気がする。

 ぐずぐずと考えながら、それでもタッドは歩き続ける。これという気配も感じない。

「あーあ、疲れた。……ちょっと休憩しようかな」

 タッドは、目に入った岩の上に腰を下ろした。目的地もわからずに歩く、というのは疲れるものだ。

 いると信じていても、誰もこの山へ入ったことがない。だから、どこにいるのかわからない、というのは仕方ないと思う。とは言え、こうして探す身としては、せめて目印になるようなものがあれば、と思ってしまうのはどうしようもない。

 マーラが入れてくれた水筒の熱いお茶をすすりながら、空を見上げてみた。木々の間から見える空は曇っているものの、雪は降ってこない。

 町を出た時も、雪はやんでいた。降ったりやんだりを繰り返しているらしい。山にいる間は降らないでほしいな、と思いながら水筒をリュックに入れた。

「竜っていうのは……いわば魔法のかたまりみたいなもののはずだから、本当にいるならもっと何かの気配を感じてもいいはずなんだけどな。よくないことが本当にあって、竜の魔力が消えてるから感じないのか。やっぱり本当は竜なんていないのか。ぼくに力がなくて感じ取れないっていうのも、可能性としてはあるよなぁ。そんなこと、あんまり考えたくないけど。それより……これからどうしようかなぁ」

 このまま闇雲に山を歩いていいものだろうか。適当な所でUターンした方がいいだろうか。あまり知らない山へ深入りして迷ったり、雪が降って閉じこめられても困る。

 タッドは山登りを趣味にしていないから、山のどういうところが怖いのか、よくわからない。何にしても、素人が歩き回るのはよくない気がする。

 祖父達は魔法使いを万能だと思い込んでいないだろうか。そんなことは、特にタッドについては、絶対に違うのに。

 あれこれと思い悩むタッドの耳に、かさっという音が聞こえた。どきっとして、素早く音のした方を振り向く。動物が餌を求めて近付いて来たのかも知れないと、少し身構えながら。

 小動物ならともかく、肉食獣だったりしたら、あまり戦いたくない。でも、自分が餌になったりするのはまっぴらだ。だいたい、ここにどんな動物がいるのかなんて、聞いてない。

 だが、振り向いたタッドは、現れたものを見て少々拍子抜けした。

「え……きみ、どうしてこんな所に?」

 そこには、肉食獣などではなく、小さな子どもがひとり、立っていたのだ。

 かろうじて肩に届く、ややくせのある赤い髪。断定はできないが、見た目の雰囲気からしてたぶん男の子。恐らく、十歳にも満たないだろう。

 幼いが、とてもきれいな顔立ちをしている。この冷たい空気の中で、白の薄い衣だけをまとい、そのせいか顔が青白い。

 どうしてこんな所に子どもがいるんだ? まさかとは思うけど……捨て子、じゃないよな。よりによって、こんな火山に捨てる親なんて……。

 そう思いかけて、タッドは子どもの持つ空気(オーラ)と瞳の色が普通ではないことに気付いた。光の具合によって黒っぽく見えるが、瞳の色は赤だ。人間ではありえない色。まるでルビーみたいだ。

 一見すればただの子どもだが、人間とは違う気配をまとっている。普通の人間なら気付かないような空気だが、魔法を勉強するタッドには感じ取れた。

「きみは……えーと、もしかしてこの山の精? あ、それとも火の精霊、かな」

 髪や瞳が赤く、ここが火山であるということを考えれば、その方が納得できる。

「お前は何をしに来た? この山に用があるのか」

 タッドの問いには答えず、子どもはひどく淡々とした口調で、子どもらしからぬ言い方をする。それだけでも、やはり普通の子どもではなさそうだ。

 しかし、声はその姿に見合った子どもらしい高さ。声から性別を判断するのは難しい。

「ぼくは……ジャンティの町の人達に頼まれて、この山の竜に異変が起きたのかどうかを調べに来たんだ」

 嘘やごまかしをしても、精霊ならきっとすぐに見透かすだろう。

 そう考え、タッドは聞かれたことに正直に答えた。

「竜を助けてくれるのか」

「助け……ええっ?」

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