異形と少女
砂塵と廃墟に溢れたかつての大都市。
それらを横目に見ながら、鋼鉄の蛇は騒々しい音を立てて風を切る。都市間を繋ぐ主要な移動手段の一つ、駆動機関は六つの車両編成で運行していた。
そのうち一つは分厚い鋼鉄の壁を纏うV.I.P専用の車両。後に続く五両編成の車両は、中世貴族のような内装を施した豪華な作りで、当然そこにいる人々は上流階級の者たちだ。
文明が崩壊し国家という枠組みすら消え去った現在においても、人類はやはり徒党を組む。それらがやがて共同体や国と呼ばれ力を得ると金や権力といったものが栄え、そして科学技術が発展し文明と呼ばれていく。
そして数多の怪物が蔓延るこの世界では、科学技術の進歩こそが人類が生き残る道だ。それらに貢献する者たちこそが上流階級と呼ばれるのは必然であり、彼らがこのように優遇されるのも当然といえば当然である。
しかし、都市間を移動するということ自体危険な行為であり、ただの一般人であればそもそも都市の外へ赴こうと考える者は少ない。
故に鋼鉄に覆われた駆動機関はそもそも上流階級に住む、崩壊した世界の貴族たち専用の列車と言っても過言ではないのだ。
だが彼らは所詮一般車両に乗る者たちだ。
品質の良い木をあしらえたテーブル、白く輝くクロスに、手にしたグラスには高級そうなワインが注がれている。
そして外を見晴らす車窓。
むき出しの窓から見えるのは砂塵と廃墟、そして黒く蠢く怪物たちだ。
通称『レムナント』
残骸という意味を持つ名前で呼ばれる存在は、ある時期を境に突如として姿を現し始めた。
かつては獣や鳥の姿で現れたソレは、やがて二足歩行を始めた。
レムナントには一律してとある本能が備わっている。
それは人間を襲うということだ。だが動物のように栄養を摂取するためではなく、何のために人を襲うのか誰にもわからない。
だからレムナントが蔓延る都市の外を移動するには最低限の武装が必要だ。そのために存在しているのが駆動機関、その車両の上部に取り付けられた三門の機関砲。
高速で移動する駆動機関はおなじみのように轟音を響かせレムナントに弾丸を浴びせる。列車に乗る者たちも誰一人としてその騒音を気にする様子はない。
いつものようにレムナントが襲ってきて、いつものようにこの鋼鉄の城が守ってくれているのだ。
だがその日、いつもとはわずかに、しかし気にも留めないほど些細な変化が起こった。
ガンッ!と何かが列車に当たってわずかに揺れたのだ。乗客たちは気にした様子もない。
ただ一人、腰に刀を携えた少女を除いて。
一言で言えば凛とした少女だった。
肩口で揃えられた黒い髪、同じく黒を基調とした女性用の軍服。紅を差したような短い外套。
そして一際目を引くのが腰に提げた刀だ。
小柄な少女が持っていることでわかりにくいが、分類でいえば日本刀、太刀よりも小ぶりな打刀と呼ばれるものだ。柄や鍔、鞘には少女が纏う衣装と同じく赤が添えられておりそれが気品さを醸し出している。
だが先刻の異音を耳にした時から彼女の表情は険しいものとなっていた。
高級な布地をあしらえたスーツ姿の男。
その影が横なぎに吹き飛ばされたとき、彼女の予感は現実のものとなったのだ。
黒い沼のような外殻に覆われた二足歩行タイプのレムナント。血の塊のような大きさの異なる左右の瞳が、獲物を見るように人間たちを映す。
途端に車両内はパニックに陥る。三両目へ逃げる者、鋼鉄の壁に覆われたV.I.P専用車両に助けを求める者、そして微動だにしない一人の男。
白髪交じりの初老の男、に見えたがその顔はまだ若い青年のようだった。この状況で落ち着いて紅茶を嗜んでいるのは異常とも言えるが、少女は一瞥するだけで気にも留めない。それよりもまずは車両内に現れたレムナントの排除だ。
どうやら何らかの理由によって駆動機関上部に取り付けられた機関銃が機能していないようで、先刻からその鳴りを潜めている。そのおかげで次々とレムナントが侵入してきている。
幸い、三両目以降は機関銃の自動掃討射程内らしく無事だ。とは言ってもこの車両から後続の車両に移動されないとも限らない。
素早く、片付ける。
少女が思考を終えた。
車両中腹に最初に現れたレムナントを見据え、その腰に提げられた刀の鯉口を切る。わずかに光を反射する刃が見えた次の瞬間、少女の姿が消えた。