鍛錬、勉強、鍛錬、勉強!
私が五歳を迎えてから、今の季節は春になったばかり。
ぎこちなかった私と家族の関係は緩やかな形でまとまっていった。
ジンの死を少しずつ受け入れていった結果だ。
父さんたちは使っていなかった冒険者時代の古い装備を、
ドン爺に頼んで鉄板にしてもらっていた。
それにジンの手紙を刻んで生きた証とすることにしたみたいだ。
そのままではただの鉄板なので、防錆の魔法処理もしっかりとしていた。
私は形あるものは朽ちていくと思ったので、
ジンの手紙の板をそのまま大事に保管することにした。
板が朽ちても大丈夫。
思い出はしっかりと胸に刻まれて残っているから。
私は今、村の囲いの中をゆっくりとしたペースで走っている。
ジンが死んだ翌日から、落ち込んでいるんじゃないか、
と心配した幼馴染の二人が私を連れ出して、
「特訓だ!一緒に体力をつけるぞ、コースケ!」
と村の周囲を走ることになったのだ。
ただ、どうやら私の体力貧乏はひどいようで、
最初は村の周りを一周歩くだけでも体力が底を尽いていた。
なので、最初は村の周りを余裕で歩けることを目指した。
ポリルとフェリルは一周歩いても、ちょっと疲れる程度らしい。
一周した後は、二人でドン爺に作ってもらった木剣で打ち合っていた。
そんな二人を見ながら、私はストレッチをして休憩だ。
私はふと思い立ち、これからの計画を立ててみた。
以前に、ジンたちが拾ってきた木の板に、一日の予定を書き込む。
書きつけるのはもちろんジンたちが作ってくれた簡易鉛筆だ。
まずは体力をつけること。それから、文字の練習だ。
あとはさび付かせない程度に、計算力を維持することかな。
ふむ。これならば、いっそのこと、幼馴染の二人も巻き込もう。
二人はいずれ、冒険者などになるために村を一度は出るだろう。
そのときのための勉学は身につけておいて、損はないだろう。
「二人とも、そろそろ休憩にしたら?」
「そ、そうだな。ちょ、ちょっと息上がってきたし…」
「わたしはまだまだいけるんだけど?」
「まあまあ、これからの話をしようと思って、ね?」
「これからの」
「話?」
「二人は将来どうなりたい?」
「おれはやっぱ冒険者かなあ?」
「わたしはおよめさんだなあ」
「ぶぅっ!!」
「きたないな…」
「お、お前が、へ、変なこと言うからだろ!!」
「変なことじゃない。女の子はみんなおよめさん志望だよ?」
「あー、はいはい。二人とも、そこまでに」
「…ったく」
「わたしを守ってくれる強くて恰好よくて賢い男ぼしゅう中です!」
「はあ。いいかい、二人とも?
世の中を生きるためには賢くなくちゃいけない」
「そ、そうだな」
「うん、わるい男につかまらないようにね!」
それから私は二人に勉学の大事さを教えた。
まずは金銭面から攻めてみることにした。
両親からすでにこの世界のお金の話は聞いているのだ。
銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨十枚で小金貨一枚、小金貨十枚で金貨一枚だ。
それ以上は滅多に使わないから、覚える必要はないだろうと言っていた。
まあ、概ね十枚で一枚になるって、覚えていればいいだろう。
通貨の呼び名はわからんがね。
「たとえば、ここに銀貨五枚と銅貨四十五枚あるとする。
二人はどっちが貨幣として価値が高いと思う?」
「枚数がそれだけ多ければ、銅貨じゃないか?」
「銅より銀の方が高いと聞いたから、銀貨?」
「フェリル、正解。
一見、多いからと価値が高いのは銅貨に聞こえるけど、
実際に高いのは銀貨数枚の方なんだ」
「お金のことなんて、わかんねーよ…」
「わたしはお母さんから教わった。もう忘れたけど」
「じゃあ、ポリルはお金のことを覚えようか。
…フェリルはこれを機に覚え直そうね?」
「うぇ~。でも、これも賢い男への一歩か…」
「ポリル、頑張って!」
「お前も覚えるんだよ!」
「は~い…」
「数字は数えられる?」
「す、少しは…」
「わたしはなんとなく大丈夫!」
「じゃあ、二人にしっかりと教えるね」
「ええい!腹くくって覚えるぞ!フェリル、お前もだぞ!」
「えー?」
「まずは一から十まで数えようか。あとはだいたい応用だからね」
「はーい、先生」
「わかりました、先生…」
休憩時間に勉強して、二人が勉強に飽きてきたな、
と判断したら運動してを繰り返して日々を過ごした。
春になった今、二人は千の単位まで理解した。
幼児の理解力としては、驚くほどの飲み込みのよさだ。
計算も繰り上げの考え方に苦労していたのだが…
それを乗り越えればサクサクと計算していた。
そろそろ掛け算を教えてもいいだろう。
まずは暗記の九九からだ。
こればかりは、頑張って覚えてもらうしかないな。
私は私で、村を一周走ることが出来るようになっていた。
体力が徐々についてきているんだと分かって嬉しい。
そんな中、私たちが村を走っている最中、
ドン爺の家の前を通った時に、ドン爺に呼び止められた。
「よお、お前さんたち、鍛えるために走っておるんじゃろ?
身体を鍛えるのにちょうどええのがあるぞ。
昔、お前さんたちの親も使っておったものじゃ」
「これはなんですか、ドン爺?」
「なんだこれ?腕輪か?」
「可愛くない…」
「がっはっは、たしかに可愛くはないな。だが、物はいいものだぞ?
この腕輪は『重量腕輪』と言ってな、身に着けている間は重く感じるんだ。
腕輪の重量自体は増えていないがな。
だから、身体の成長を阻害せず、身体に負荷をかけられるぞ」
「へー、便利な道具ですね」
「こういうのは『魔道具』って言うんだぜ、コースケ」
「これでさらに体力がつけられるっ!」
「まあ、これを着けて、より体力増強を目指すんだな!
特にコースケ、お前さんは寝たきりだったんじゃからな」
「ありがとう、ドン爺」
ドン爺には、私とジンが違う人格だということを説明済みだ。
ドン爺が私の瞳の色が変わっていると指摘したのだ。
ジンの時は黒かったと言うが、今は金色だと言う。
磨き上げられた鉄板で私は自身の顔を初めて確認した。
濃く暗い青髪に、金の瞳をしていた。
顔の造形は中々にいい男になりそうだった。
っと、そんなことより…
早速、ドン爺に貰った『重量腕輪』を着けてみた。
うわ、たしかにずっしりとくる。
手に持ってると重くないのに、装着すると本当に重い。
手足に着けると、かなりの負荷だなこれは。
二人も着けているが、今のところ違和感しか感じていないようだ。
私にはわかる、この重さのつらさは。
そして、再び走りだす私たち。
腕輪の重さをすぐに実感し始める二人。
「これ、手足に、着けると、結構つらいぞ」
「意外と重い…」
それでも、しゃべる余裕があるのが羨ましい。
私にはそんな余裕な体力はすでにない。
村を半周した頃には、歩いているのに近い速度で走っていた。
二人は私より先に一周し終えて、そのまま木剣を打ち合っている。
あの『重量腕輪』を着けたままで、だ。
私よりも遥かに体力があるな、この二人は…
私はストレッチをして、二人が疲れるまで休憩だ。
二人が疲れたら、勉強の開始なのだ。
私の考えを察したのか、勉強したくない一心で、
疲れていないフリをする二人。
そんなことをしても、私は身体の負担を考えて止める。
「二人とも、そこまでにしないと身体が壊れちゃうよ?」
「これくらい、平気だって!」
「うん、勉強はいや!」
「身体を壊したら、今度は逆に勉強漬けだよ?」
「はい!やめます!今すぐやめます!!」
「勉強漬けになるくらいならやめるっ!」
「素直でよろしい。まったく…」
今日は九九を教えることにした。
暗記してもらって、それを暗唱させる。
暗唱出来たら、打ち合いを少ししてもいいよと言うと、
真剣に覚えだした。現金な子たちだ。
二人で言い合い、競って覚えるために成長が著しい。
今日だけで、四の段まで暗記できたようだ。
まあ、明日には忘れてそうだけど…
そのため、復習として四の段が言えるまで、
明日は打ち合ったらダメだよ、と言い含めておく。
これで帰っても勉強してくれるだろうさ。
翌日、私の家に集合した二人は怖かった。
ブツブツと九九を唱えて、待っているのだ。
母がそんな二人に恐怖して、二人に何をしたの?!
と発狂寸前で私に質問してくる。
ちょっと勉強のために暗記させただけだ、と答えても信じてくれない。
どうしよう?
二人が暗唱をやめて、母さんを説得してくれないと鍛錬に行けないよ。