ジンとの別れ、ジンが残した手紙
熱に呑まれかけていたジン。
幼馴染の二人に、私にと、まるで別れのような言葉をかけた。
「なんだ、ジン。まだ全然元気じゃない」
「そうだな。おれたちが少し大げさに心配しすぎたか?
もうお別れみたいなこと言うから、心配しちまったぜ」
私もその言葉に同意する。本当に最後の頑張りかと思ってしまった。
私は気になって、ジンに呼びかける。だが、ジンからの返事はない。
すると、急に溢れんばかりの熱が私を襲う。
いや、これは私を襲っているんじゃない。
まさか!
『ジン兄さん!返事をしてくれ、兄さん!』
返事がない。感情が流れてくる。
これは、安堵?
なんで、安堵なんていう感情が。
とにかく、今はジンだ。私は声をかけ続ける。
そして、急に意識が暗転する。
土の香りがする。そして、寒い。
手のひらから伝わる人肌の温もり。
「…ジン!おい、こら!どさくさに紛れて、どこを触ってる!」
「あいた!」
「…いいなあ」
「ぁん?」
頭を殴られた感触、痛み。
そして、発した声。
私は眼を恐る恐る開く。そして、前を見る。
顔を赤くして、こちらを睨んで怒るフェリルがいる。
羨ましそうな顔で、こちらを見ているポリルがいる。
私はゆっくりと身体を動かして、自身の手のひらを見る。
…う、嘘だろ?そんな馬鹿な話があるか。
さっきまで弱ってはいたけど、最後は元気だったじゃないか。
こんなことがあってたまるか。
どうして、私が…
私が、ジンになっているのだ…
「あ、う、うああああ!」
「おい、フェリル!強く叩きすぎたんじゃないか?
泣いちゃったじゃんか、ジンが…」
「うっさい!わたしの胸を触るからだ!
わたしはわるくない!わたしはやすい女じゃないんだ!」
私は二人の言葉にも気づかずに泣いた。ワンワンと泣いた。
ジンが消えた。
つまり、ジンが死んだ。
最後の言葉は感謝と応援が届いていたという報告だけだ。
そんな寂しい別れでよかったのか。
私はもっとかける言葉があったのではないか?
私は考えに耽り、泣く。
悔やんで、悔やんで、悔やみきれない。
もっとちゃんとした別れをしたかった。
すると、突然声が聞こえてきた。
『ああもう、兄弟そろってワシを悪者にしようとする!
これが本当に最後じゃぞ!
ほれ、小童!別れの言葉を弟にかけてやれ!
このままでは、こ奴はお主に縛られてしまう』
『う、うん、わかった。
コースケ!ちゃんと聞いて!
しっかりとした別れが出来なくてごめん!
でも、あとのことはフェリオス様に任せてきたから!
詳しいことはフェリオス様に聞いてね!
鑑定の儀で待ってるはずだよ!!
じゃあね、コースケ!
ボクはこれからオロス様にちょっと叱られてくるよ。
少し無茶をしちゃったからね。
だから、悲しまないで。前へ進んで!
バイバイ、コースケ!!』
「兄さん、にいさん、にいさああああん!!」
私の叫びは天まで、あの世のジンまで届いただろうか。
私は膝をつき、泣き続ける。
しばらくして、涙が落ち着いてきた。
幼馴染の二人がヒソヒソと喋っているのが聞こえた。
「おい、フェリル。ジンに兄弟なんていたっけ?」
「バカ!ポリル、空気を読め。
あの日、ジンが言っていたことを忘れたのか?
たぶんだけど、今、ジンは死んじゃったんだ。
それから、ジンの弟が表に出てきたんだよ、きっと…」
「じゃあ、今のジンはジンであって、ジンじゃないのか?!
ん?ジンだけど、ジンじゃなくて、だけど、身体はジンで…」
「ああもう、ホントにバカポリル!
大事なことは、ジンが死んじゃったってこと!
そして、今ここにいるのはジンの弟だってことだけだ!」
私は涙を拭う。別れは出来た。
私から言葉をかけることは出来なかったけど…
向こうからの、兄さんの言葉は聞けた。
七歳の鑑定の儀。
そのときに、たぶん創造神のフェリオス様から、
ジンについての詳しい話が聞けるはずだ。
だから、それまでは今まで通りに過ごそう。
アルフレッドとリーン、両親になんて話そうか。
それに、なんて呼べばいいんだろうか。
今まで、ジンの中から見ていただけだったからな。
精神年齢は私の方が明らかに上だ。
だが、この世界では役に立つかわからないものだ。
まあ、いいか。
普通に『父さん』『母さん』呼びでいいだろう。
あ、そうだ。思い出した。
ジンから預かっているものが、裏庭に埋められているんだ。
掘り起こさなきゃ!
この二人にも手伝ってもらおう。
私は走り始めながら、二人に声をかける。
「二人とも、ちょっと手伝って!」
「お、おう!」
「え?わ、わかった!」
そのまま家まで走り切れれば、格好がついたのだが…
私はポリルに背負われて家まで運ばれた。
これには二人も苦笑いだ。
「ジンは、って違うな。今はジンの弟だっけか?
なんて名前なんだ?ていうか、名前あるのか?」
「ちゃんとあるよ。コースケって言うんだ」
「へえ、ここらじゃ聞かない名前だな。
じゃあ、コースケ。コースケは鍛えたほうがいいぞ?」
「んん?どういうこと?」
「ホントに説明が下手なんだから、ポリルは…
いいかな、コースケ?
コースケは、今までジンだったわけでしょ?
つまり、寝たきりで体力がないの。
だから、体力をつけるために、鍛えたほうがいいってことよ」
「なるほど、わかりやすい」
「ふふん!わたしのがポリルより説明上手~♪」
「いいだろ、別に!おれは要点を押さえて説明したんだ!」
「端折り過ぎなのよ、アンタは。バカポリル~」
「なんだとぉ!」
「うわわっ」
「おっと、すまねえ。背負ってること忘れるとこだった」
「ったく、ジンの弟なんだから大事に扱いなさいよ!」
「わかったよ、ったく…」
「ありがとう、二人とも。僕を受け入れてくれて…」
「気にすんな、コースケ。ジンの最後の願いでもあるんだ」
「そうよ~。わたしたちはいつまでも仲良しってね!」
「ソウデスネー」
「なんで、そこで、棒読みなのよ!アンタは!!」
「いでで、蹴るなよ!フェリル!!」
「アンタが悪いんでしょ、バカポリル!」
「君らはなんで素直じゃないんだろうねえ」
『なんか言ったか、コースケ?!』
「いいえ、なんでもございませんよっと」
背負われて歩くこと、十数分くらいかな?
我が家に到着する。
そのまま家の中には入らず、裏庭に回る。
目的は木の下の箱だ。
ドン爺と言う人が作った箱らしいのだが、
私はその箱を見ていないし、埋めてもいない。
なので、どこに埋めたのかが分かる二人が頼りだ。
「二人とも、どの辺りに埋めたの?」
「この辺じゃねーか?」
「ここよ、ここ」
と、二人の意見は分かれる。
なんとなくだが、フェリルの意見を採用して、掘ってみる。
フェリルが指した地点を掘ると何か箱が出てきた。
「あ、やっぱりここじゃーん!」
「えー、ここだったか~?」
「まあ、見つかったんだし、いいじゃないか」
「それに、ドン爺の箱とちょっと違うぜ、それ」
「えぇ?」
「なんだこれ、本?って、うわわ!!」
「どうしたんだ、コースケ?」
「ふ、二人には、こういう本はまだ早い!」
『んん?』
なんで、春画というかエロ本が埋められてるんだよ!
しかも、大事な物っぽく箱に入れてまで!
これはあとで母さんに頼んで、焼却処分だ!
「二人とも、これのことは忘れて!
次はポリルが指した地点を掘ろう!」
「えー、おれたちには見せてくれないのかよ~」
「わたしはいやな予感がするから、見ないでおくよ…」
ポリルは残念そうだが、渋々と自分の指した地点を掘り始めた。
フェリルは女の勘かもしれないが、中身は見ないことにしていた。
そして、次の地点から出てきた箱の中から、
見覚えのある板が数枚出てきた。
父さんと母さんの分だけかと思ったけど、ちょっと多い。
サッと宛名を見ると、ポリルとフェリルの分もあるようだ。
二人にジンからだよと言って、板を渡す。
二人はまだ文字を覚えたてなので、
ゆっくりと解読するために家に持ち帰るようだ。
そして、ここで二人と別れる。
両親と私に向けた言葉が書かれた板を持って、家に入る。
家に入って、母と目が合う。その瞬間、母は泣き崩れた。
たぶん、私の雰囲気で気づいたんだろう。
私は母の下に歩き寄って、話しかけながら板を渡す。
「母さん、大丈夫?ジンからだよ。文字、読める?」
「…ぐすっ。ええ、大丈夫よ。読めるわ」
しばらくして、父が帰ってくる。
狩りの成果を掲げて声を出そうとしたが、母の様子に気付いて押し黙る。
そして、私に近づいて、母が持っている同じ板を見る。
それから、私に話しかける。
「それは、まさか。ジンからなのか…」
「うん。そうだよ、父さん。
父さんにも預かってるよ。はい、これ」
「ありがとう、すまないな」
「いいんだよ、これくらい。
じゃあ、僕もジンからの手紙を読んでるから」
父にもジンからの手紙を渡し終えたので、私もジンの手紙を読む。
ジンの拙い文字と書きづらいであろう簡易鉛筆のせいで文字がやや読みづらい。
私は必死に読み解いた。
たぶん、このように書かれていた。
『コースケへ
たぶん、この手紙の存在に驚いてくれたかな?
驚いてると嬉しいな。
たぶん、君は泣いてるかもしれないから、
これで涙が引っ込んでくれるといいな。
ボクはね、君の物語を聞いて思ったんだ。
物語では主人公が目立つけど、陰で支える脇役もかっこいいなって。
ちょうど今、ボクはその脇役の立ち位置だ。
今は目立たないかもしれない。でも、将来すごく目立つんだ。
それで君がボクに感謝してくれれば最高さ!
ボクの身体、大事に扱ってくれよ?
それさえ守ってくれれば、あとは自由にしていいよ。
あ、でもパパとママだけは、これ以上悲しませないでね?
あと、ポリルとフェリルの二人も見守ってあげてね。
ボクの分までちゃんと生きてね、約束だよ!』
私は何度も何度も読み直し、手紙の一文字一文字を頭に刻む。
大切な兄からの手紙だ、忘れないように覚えていたい。
読み返していたら、お腹が可愛い音を立てる。
父と母が慌てて、
「晩御飯の用意しなきゃ!」
「そうだな!俺も手伝うよ!」
と板を大事そうに棚に置いて、料理を始める。
父と母に向けて書かれた手紙を勝手に読むわけにはいかないな。
私はそう思ってから、母に問う。
「母さん、さっきの手紙を探すために庭を掘っていたら、
ダメな本が出てきたから、かまどで燃やしてもいい?」
「『ダメな本』?なあに、それ?」
「いや、中身はちょっと言いづらい、かな…」
「ああ!?」
「あなた、どうしたの?急に大声上げて」
「コースケ!それは今どこにある?!」
「え?まだ穴を埋めていないから、
すぐそばの箱に入れたままだけど…」
「よし、埋め直そう!すぐに埋め直そう!」
「あなた、料理の途中でしょ?
それに私が確認してから、燃やすか埋めるか判断するわ。
コースケが言いよどむ本なんて、ロクなもんじゃなさそうだし」
「あ、あああ…」
なぜか絶望した声を出す父。
そのまま私にジト目を向けるのはなぜかな?
もしかして、あのエロ本の所有者は、アルフレッド、お前か。
あんなもの、焼却処分でいい。
もう少しで、ポリルとフェリルの目に入るところだったんだ。
さらば、いかがわしい本。君は焼却処分だ。
その後、母に確認され、父が自身の所有物だと認め、家の中は揉めた。
もちろん、本は燃やされた。それも母の手自ら焼却処分された。
それを見て思ったことがあるので、相談してみる。
「母さん、僕にも魔法が使えるかな?」
「え?魔法?うーん、鑑定の儀まで待てないかしら?」
「そうだな。コースケ、魔法に憧れるのはいい。
だが、待った方がいいと思うぞ?」
「どうして?」
「鑑定の儀はね、今までの行いを見て、
その者に神からの祝福として職業を与えられるのよ」
「悪いことをし続けていれば、その行為を咎めるために、
罪人なんて職業を与えられてしまうこともある」
「だからね?今、魔法の練習をしたら、
魔法使いの職業にほぼ確定で決まってしまうの」
「親としては可能性は狭めたくないんだ。
だから、七歳までは伸び伸びと成長して欲しい」
「なるほど。わかった、魔法は『今は』諦めるよ。
鑑定の儀が終わったら、教えてね?」
「ええ、いいわよ。しっかりみっちりと教えてあげるわ」
「うぇ、コースケ。お前本気か?リーンの指導は厳しいぞ?」
「え?え?」
「あなたは途中で音を上げたけど、最後までやりきったじゃない?」
「あれは地獄だった。あんなにきついとは思わなかった…」
「大丈夫よ?母さんがしっかりと、コースケを鍛えてあげるから!」
「え、遠慮したくなってきたなー、なんて」
「逃げ出すのは許さないわ。ええ、逃げ出すのはよくないわ。
口に出したんだから、諦めて最後までやりましょうね」
「頑張れ、息子よ。父は応援しているぞ」
そして、私は鑑定の儀を終えたら、スパルタ魔法特訓が確定した。
すごく不穏だよ、父さんのあの様子からして。
何をさせられるんだろうか。
でも、魔法か!楽しみだな!!
本当に、楽しみ、だな…
こうして、悲しいことを無理やり上書きしようとする私と両親。
それは、私が四歳になって新年直後の時期だった。