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【更新停止】異世界音楽家  作者: 物部K
勇気と誓いと旅立ちの三重奏
6/29

応援、最後の一歩

4年目の新年を無事に迎え、ここ最近はずっと体調はいいジン。

この調子がいつまでも続いてほしいと私は思っていた。

もうこの熱は幼子では耐えられるレベルではないはずなのだ。

それを、弱音を吐かずに、私に話をせがむのだ。

私も熱にあてられているのだが、ジンが負けていないのだと言い聞かせ、

私はジンが眠るまで物語を語り続ける。


私も私で調子が悪いのだ。最近はよく眠ってしまうことが多い。

意識が混濁しているとも言っていい。

たまにジンになったような気分になるのだ。


そのたびに私は必死なのだ。

『まだだ、まだジンは消えていない。この身体はジンのものだ!』

と叫び、ジンの中に戻っている。


私の悪あがきのせいで、ジンが長く苦しんでいるのかもしれない。

だが、今のように幼馴染たちと走り回り、膝に手をつき、

肩で息をして笑っているジンをいつまでも見続けたい。

この子には、まだ遊ぶ時間があってもいいはずなんだ。

だから、もう少し。もう少しだけ、この時間よ、続け。

この子の笑い声を奪わないでくれ。この子の命を奪わないでくれ。




Side ジン


今日のボクはとても調子がいい。いつもよりも間違いなく体調がいい。

だって、こんなにも走れるんだもの。

いつもなら体力不足で疲れ切っちゃうところを、

こんなところまで走ったんだ。

だから、ボクはまだ大丈夫。


コースケから心配の感情が伝わってくる。

大丈夫だよ、ボクは。まだまだ生きるんだ。

いつかコースケの言葉で、両親に言ったように。

ボクにできる精一杯を生きてやるんだ。

ポリルとフェリルが雪道の向こうで待っている。


「おーい!ジン大丈夫かー?」

「無理しちゃだめだよー」


その声にもうひと頑張りと、足を動かそうとした。

そのとき、身体の奥からぶわっと熱があがってきた。

これはっ!

もうボクの寿命はここまでなのか…?

この熱はたぶんだけど、コースケには伝わっていない。

()()()()()()()()()()()()()()()

だけど、もう少しだけ耐えてみせる。

弟のコースケに渡すこの身体を、もっともっと強くしてみせる。

あのとき、神様が語った内容をボクはまだ忘れていない。

そう、いつだったかボクが熱にうなされていたときだ。



『ジンよ、つらいか?』

『だあれ?』

『ああ、そうか。君は幼子だったな。話しやすくしてやろう。

ついでだ。思考能力も大人と同じにしてあげよう』

『もしかして、神様ですか?』


『そうだ、私は創造神フェリオス。

それと、今は冥界神オロスの権能も一部だが持っている』

『フェリオス様、ボクはもう死んじゃうの?』

『いや、まだ大丈夫なはずだ。

君が耐えれば耐えるほど、その身体に大量の魔力が宿る。

この国の宮廷魔導士などを遥かに上回る魔力がな』

『ボクが耐えれば耐えるほど、弟のためになりますか?』


『それはわからぬ。

だが、魔力があるという点では、誰よりも優れるはずだ。

…君はまさか、弟のために抗う気か?

もはや、幼子が耐えられる熱ではないだろう?』

『ありがとう、フェリオス様。

その言葉が聞けて、もっと頑張ろうと思いました。

この身体はいずれ、弟のものになる。

なら、なるべく優秀な身体にしてあげたい。

ボクから贈れるたった一つの贈り物だから…』


『そうか。ジンよ、私には君を見守ることしかできない。

だが、オロスを説得して、君を連れていくのを遅らせることはできる。

だから、耐えてみなさい。君の出来る限りでいい。

君が無理だと思ったら、諦めて熱に呑まれなさい。

そうすれば、君は楽になれる。

だが、少々オロスには怒られるかもしれないな。

まあ、それは私もだが…』

『ふふっ、神様も怒られるんだ。じゃあ、一緒に怒られようかな。

フェリオス様、ボクは最後の最後まで抗うよ。

弟のために、()()()()()()()()()()()()()

弟に最高の贈り物をするんだ。

お話をたくさんせがんだからね。これくらいは恩返ししないと』


『わかった、ジン。君に敬意を、君に祝福を。

願わくば、次の人生では普通に生きられるように願っているよ』

『ありがとうございます、フェリオス様。

フェリオス様。もしもこの先、弟に会うことがあったら、

ボクからの贈り物を大事にしてほしいと伝えてください。

あと、幼馴染の二人も見守ってほしいとも』


『うむ、その時が来たら必ず伝えよう。

それと、この事は内密にな。彼なら自分で気づくかもしれないが…

私が君に干渉したことは秘密にしてほしい。それではな』

『わかりました、秘密にします。弟をよろしくお願いします』



神様は言ってくれた。ボクがこの熱に耐えれば耐えるほど、

抗えば抗うほど、この身体にたくさんの魔力が宿ると。

だから、最後まで諦めない。

オロス様がどんな人かわからない。

怒られるのは怖いな、嫌だなって思う。

けど、たった一人の弟への贈り物なんだ。

だから、耐えてみせる。抗ってみせる。頑張ってみせる。


もう弟の声は聞こえない。

弟の心配している感情が、先ほど伝わってからはもう何も感じない。

魔力の熱がボクを内側から食べようとしている。

ボクは熱を抑えるように胸を鷲掴む。吐く息は荒々しく、熱がこもっている。

幼馴染二人がボクの異変に気付いたようだ。

ボクは大声を出す。


「動かないで!大丈夫だから、待っていて!!」


その言葉に幼馴染二人は動きを止める。

以前、コースケが寝てる間に、二人にはボクのことを教えた。

ボクはもうじき死ぬと。そして、この身体を弟に明け渡すと。

だから、ボクにもう終わりが近いことを察したんだろう。

泣かないで、二人とも。ボクはまだ頑張れるから。


足を一歩ずつ進ませる。

周囲の雪が、ボクから発せられる熱で溶けていく。

歩きやすくなる、これは助かるね。

あの二人の下には辿りつこう。それがたぶんボクの限界だ。

遠くから声がする。

ボクの耳は、冥界神オロス様に連れていかれる寸前だ。

でも、しっかりと聞き取れた。

幼馴染の二人がボクに向かって叫んでいる。


「がんばれ!ジン!!もう少しだ、ここまで頑張れ!!」

「ジン、負けるな!ここまで来るんだ!!」


ふふっ、おかしいな。

二人の声を聞いただけで、なんだか元気になってきたよ。

まだボクは頑張れる。二人のおかげだ。

よろよろとした足並みだけど、二人の下にゆっくりと着実に向かう。

汗が目に入るけど、汗を拭う余分な体力なんてもうない。

コースケは、この光景を見ているはずだ。

だから、きっと応援してくれているはず…

そんな気がするんだ。


二人の下までもう少し。もう目は霞んでよく見えない。

さっきまで聞こえていた二人の声も、もう聞こえない。

荒々しく吐いていたはずの息遣いもちょっとわかりにくい。

歩いているのか、止まっているのかも判断しづらい。

でも、今また一歩を踏み出せた。あと、もう少しなんだ。


胸を鷲掴みしていた手の感覚ももうない。

もう気力だけで熱に抗っている。

ボクは抗う、抗ってみせる。最後まで、最後の一歩まで。

弟への最高の贈り物をするんだ。

口の中に血の味がする。味覚はまだ残っていたのか。

この感覚を頼りに意識をハッキリとさせ、もう一歩と足を踏み出す。



『コースケ見てる?君のための贈り物だよ。

笑って受け取るのは、難しいだろうけど…

ちゃんとボクに感謝してよね?』



『ポリル。君はいつもそそっかしいよね。

もう少し落ち着いて、周囲を確認してから行動するといいと思うよ。

あと、フェリルのことをちょっと気にしてるのをボクは知ってるよ?

いつか、お嫁さんにできるといいね』



『フェリル。君は要領よく物事をこなすけど…

周りと協力することが苦手だよね。

周りにもその要領を教えてあげるといいよ。

きっと君の周りで、沢山の人が君を敬うんだろうね。

いつかポリルと一緒になったら、ボクの下に挨拶に来てよね』



『パパ、ママ。二人を置いていってしまうことを許してね?

二人に育ててもらえて、ボクは嬉しかったよ。

パパ、いつも美味しいごはんを取ってきてくれてありがとう。

ママ、いつもボクの面倒を優しく見てくれてありがとう。

二人の笑顔がボクの宝物。

いつまでも仲良く過ごしてください。

ボクに新しい弟か妹が出来たら教えてね。

面倒は見てあげられないけど、ちゃんとボクが見守ってあげるから』



ああ、もう感覚が、何も残っていないや。

視界もほとんどぼやけて、何も見えない。

ボクはまっすぐに歩けているかな?

二人の下まで辿りつけたかな?

ボクは頑張れたかな?

ボクは…



『ええい!このままじゃと、ワシが悪者ではないか!

ほれ、小童!しっかりせえ、前を向いて最後まで歩かんか!』


『もしかして、オロス、様?』


『そうじゃ!じゃが、今はそんなことはどうでもいい!

お主の幼馴染の下まで、あと数歩じゃ!

呆けていないで、しっかりと歩くのじゃ!!』


『ありがとう、オロス様…』



最後の最後で、視界がハッキリと見える。聴覚も万全のようだ。

二人が応援をまだ続けている。コースケの声も聞こえる。



「ジン、もう少しだ!最後まで頑張れ!」

「ジン、もうちょっとだ!諦めるな!」

『ジン、頑張れ!負けるな、ジン!あと少しだ!』



ふふっ、ちょっとうるさいくらいだ。

でも、元気が出た。

最後の最後まで抗わせてもらうね、オロス様?

あとでしっかりと怒られるから、それで許してください。


ボクは最後の一歩を歩む。幼馴染の二人に抱きしめられる。

二人が泣いてる。

ボクは二人に言葉を送る。


「ありがとう、二人とも。これからも仲良く、ね?」

「最後の最後に、おれたちの心配かよお…」

「大丈夫だよ、わたしたちはいつまでも仲良しだから…」


二人は呆れて笑っていた。


『コースケもありがとう。応援、ちゃんと届いてたよ』

『ジン()()()。あまり無茶をしないでくれ。見ていてハラハラしたよ』


ふふっ、兄さんだって。今まで、そんなこと一言も言わなかったのに。

弟のコースケには随分と心配をかけたようだなあ。


そして、オロス様から限界だと通達が来る。



『さて、別れの挨拶は済んだかの?

ワシが熱を抑えるのも、もう限界じゃぞ。

最後はまとめて熱がくる。抗おうと思うな。

余計な苦しみを味わうぞ?』


『それにも抗えば、もっとこの身体は強くなるかなあ?』


『たわけ!少しでも抗ってみよ?

その瞬間、お主の意識は廃人のように途切れる!

こちらに来ても、魂が修復不可能な状態になるのじゃぞ!

お主の魂は()()()()()じゃ。無駄にはしとうない。

だから、抗うな。素直にこちらに来て、それから説教じゃ!』


『怒られるのは嫌だけど、仕方ないよね…

わかりました。オロス様、ボクを連れて行ってください』


『素直でよしじゃ!ほれ、行くぞい』



その瞬間、ボクの身に溢れんばかりの熱が襲う。

ボクは抗うことなく、この熱に呑み込まれることにした。


これで、この身体は君のものだ。

ボクはいつまでも見守っているよ、コースケ。

新しくできる家族にも、コースケにも祝福を。

そう祈ってから、ボクの意識は途絶えた。

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