ジンとコースケ
つい最近まで、元気に歩き回っていたのに…
どうしてこんな幼子にここまでの過酷な運命を。
魔力の熱でとても暑いと感じる。
私でこれだけ暑いのだから、ジンはどれだけ暑いのか。
幼子にこの熱はいくらなんでも過酷すぎる。
こんなときばかりは神を恨んでしまう。
いや、それよりも恨むべき存在はいる。
私だ。
きっと私が、ジンの中にいるから今回のことは起こったはずだ。
私がいなくなれば…
「消え、な、いで…」
その時、ジンがハッキリとしゃべり、私を止める。
熱で苦しく喘ぐ中、私の感情を『知った』のだろう。
「君まで、いなく、なったら…
パパも、ママも、悲しむ、から…」
ジン…
だが、私がいなくなれば、助かる見込みがあるかもしれないんだぞ?
「それは、ないよ…
この、魔力は、僕たちへのギフト。
二人で、いるから。耐えられると、判断されたから。
もらえた、ギフト。だから、今、君がいなくなると…
パパと、ママが、悲しむ…」
私は荒い息継ぎをしながら話すジンの言葉を聞き逃さないようにしっかりと聞く。
「この魔力がなくなったら、ボクは、普通には、生きれない。
きっと、一生、身体が、動かなく、なる…
君が、前に教えてくれた、植物人間って奴かな?
たぶん、そうなる…
だから、二人で、耐えよう?僕を、一人に、しないで…」
私が消えたら魔力は消える。
その代わり、ジンは植物人間のようになってしまう。
そう語るジン。
そして、私と一緒にこの熱に耐えようという。
一人にしないで、と…
わかったよ、ジン。私は君のそばにいる。
だから、負けるんじゃないよ。こんな魔力の熱なんかに。
「うん、ありがとう…
ボクは負けないよ。まだ君のために、出来ることがあるんだから。
そうだ、お話して?
前にお話してくれたカガク?の話が面白かった。
もっと知りたい、聞きたいよ。
それと勇者さまの話も続きを聞きたいな」
少し元気が出てきたか?ほんの少し熱が下がった気がする。
私は分かったと返事をした。
それから話すのはびっくり科学実験の話だ。
それと、私が携わったゲームの物語を寝物語として語ってあげた。
キリのいいとこまで話すと、安らかな寝息が聞こえる。
寝ちゃった、か。
それにしても、急にジンがハッキリとしゃべるようになって驚いた。
この年頃では驚くほどにハキハキとしゃべっていた。
それと自身の身体のことも理解していた。
まさか、な…
それからも、寝込み続けるジンのために語り続ける私。
今日はグルメ関係の話をしている。
『お肉にフランベと言って、香りの強いお酒をかけて燃やすんだ。
お酒のアルコールが火に反応して燃え盛るんだ。
そして、あとに残るのはお酒の香りが移ったお肉だけだ』
「へえ、それは美味しそうだね。ボクも食べてみたいや。
ママにお願いしてみようかな?でも、パパの大事なお酒使っちゃうかも…」
『大丈夫さ。ジンのおねだりってことなら、パパも許してくれるさ』
「そうかなあ?ボク、パパとママに何が残してあげられるかなあ?」
『それは…』
「ううん。これはボクが考える。ボクの『一生』の課題だよ」
『…そうか。困ったことがあったら、私に聞きなさい。
答えられる範囲で、答えてあげよう』
「ありがとう、ボクの先生」
先生、か。
久しく呼ばれていなかった、呼び名だな。
地球での生活で、弟子たちにそう呼ばれていた時期があったな。
彼らもちゃんと天寿を全うしただろうか。
私の技術は役に立っただろうか。
私は彼らに何かを残せただろうか…
両親は幼少時から大学まではよくしてくれたと思う。
職に就いてからかな。変わってしまったのは。
私が大金を生む、金の鶏にでも見えたのだろう。
次の曲を書けとしつこく催促するようになったのは、いつ頃だっただろうか。
結構稼いだときに、大金と共に絶縁状を両親に突きつけてやった。
あれも今となっては、懐かしい思い出だ。
そんな両親を見ているせいでか、親というものに思い入れがない私。
だが、ジンの両親は惜しみない愛情を、ジンの中にいる私にも向けてくれる。
この間もそうだ。
ジンの中にいる人の年齢って何歳なんだ?とアルフレッドが言うものだから、
ジンと一緒に生まれたと答えた。
じゃあ、ジンとは双子の兄弟だなと言ってくれた。
ジンは無邪気にどっちが兄で弟かを気にしていたな。
アルフレッドは悩んだようだが、
「先に生まれたから、ジンがお兄ちゃんだな!」
と、ジンに答えていた。
私はジンの弟。ジンが兄さんだ。
気分的にはしっくりと来ないが、それでいいと私はなぜか素直に思えた。
リーンはそんなアルフレッドとジンを見て、
「じゃあ、次の新年は二人のために、うんとお祝いしなきゃね」
と、若干涙声で言っていた。
もう季節も秋に近づいている。
五歳まで生きていられるかもわからないジン。
新年を迎えるたびに、ジンの命のタイムリミットが迫るのだ。
親として、これほど悲しく迎えたくない新年はないだろう。
時を止められればどれほどいいだろうかと思う。
だが、そんな都合のいいことは起こらない。
秋が深まってきた頃、ジンに体調がいい日が出てきた。
数日は体調がいいが、また数日寝込むを繰り返すようだ。
そんな体調のいい日、ジンが突然、
「かまどのお掃除する!」
と言い出した。
母であるリーンは心配した。とても心配した。
でも、息子の自主性を奪っていいものかと悩んでいた。
結局、ジンにお掃除をさせていた。服は汚れるからと裸で、だ。
ジンはジンで何かを用意していた。
木箱?
地球で言う、お掃除道具のチリトリのような形の箱だ。
あれはたしか、以前アルフレッドにお願いして作ってもらっていたな。
何をするんだろうか、ジンは。
ジンは顔と小さな身体を真っ黒にさせて、かまどの掃除を終わらせた。
動き回ろうとしていたが、さすがに煤だらけなのでリーンに抱えられて、
たらいのように大きな木桶に入れられて、お湯をかけられていた。
まあ、それでも煤は中々落ちなかったが、マシにはなった。
リーンが煤を片付けようとしていたが、それにジンが待ったをかけた。
これは使うから!と強く主張していた。
そして、翌日は粘土質の土を一心不乱に掘っていた。
そこに、何をしているんだ?
と、ジンの幼馴染たちが来て、目的を聞いたら手伝ってくれた。
男の幼馴染の方がジンより身体が大きいが、実はビビりで兄貴ぶるポリルだ。
女の子の方は男勝りな性格だが、実は可愛いものが好きというフェリルだ。
二人は寝込みがちで、体力のないジンの代わりに粘土をいっぱい掘ってくれた。
フェリルの方はどれくらい必要なのかを聞いて、要領よく掘っていた。
ポリルは俺に任せろと言わんばかりに、我武者羅に掘っていた。
最終的に、ジンにそんなにはいらないと言われて、がっくりしていたポリル。
フェリルの方は必要量を聞いていたので、それ以上は掘らず、
ポリルを無駄に煽り続け、応援をしていた。
さらに翌日、ジンは明後日くらいには寝込むと予想して、
今日中に作業を終わらせるんだ!と勢い込んでいた。
ポリルも一緒になって、おー!と叫んでいた。
フェリルは今日は何をするの?という興味本位で一緒だ。
今日は粘土と煤を混ぜるようだ。
私には何がしたいのかわかってきた。
前に話していたあれを作る気かな?
混ぜると聞いて、平たい岩の上で粘土をこねて柔らかくするポリル。
フェリルは何か道具を取りに行ったようだ。
その間、ジンはポリルが練った粘土に煤を少しずつ加えていった。
煤を加えた粘土を練り続けるポリル。
フェリルが戻ってきた。
捨てる予定のすりこぎ棒と木桶をもらってきたようだ。
どちらも表面は汚れているが、今回の作業に使うには問題ないようだ。
フェリルは粘土をポリルと同様に手で練って柔らかくした。
その後、木桶に粘土を入れて、ジンに煤を少しずつ入れさせる。
そして、すりこぎ棒で粘土を叩き練る。
少々、重労働に見えるが…
私にはフェリルの目的が簡単に分かった。
二人が混ぜ終わった粘土をおー!と掲げる。
ジンがパチパチと拍手を二人に送る。
この後はどうするんだ?とポリルとフェリルが尋ねる。
あとは棒状にしてから乾かすだけだよ、と明るく答えるジン。
明後日には寝込みそうだから今日中に終わらせたかったんだ、とジンは説明する。
その言葉を聞いて、残りの作業も最後まで手伝ってくれた二人。
この幼馴染の二人は大切にしよう、とこのとき私は誓った。
ポリルが大まかな大きさに粘土を千切り、ある程度棒状にする。
その棒状の粘土を書きやすいように、
薄い板で細く丸くなるように転がすフェリル。
こちらの板も廃棄する木材から、先ほど持ってきたようだ。
作業中、ジンは文字が書けるの?とフェリルが尋ねる。
ジンは少し悩んでから、たぶんね?と答えていた。
その返答に、ポリルとフェリルも首を傾げていた。
ジンは間を開けてから、なんとなく書ける気がするんだと答えていた。
ポリルとフェリルもジンのその雰囲気から答えにくい質問なんだ、
と察してくれたようだ。
そして、形は完成した『簡易鉛筆』。あとは乾かすだけだな。
ジンは二人に感謝していた。
ポリルはこれくらいいつでも任せろと鼻をこする。
それから、ジンとフェリルが笑う。
ポリルは焦りながら、何だよ?と尋ねる。
二人は答える。
『おひげみたい』と。
ポリルの手についた煤が、鼻の下に付着したのだ。
たしかにちょび髭のように見える。
フェリルは道具を使ったため大して汚れていないが、
直接煤の混ざった粘土を触っていたポリルの手は真っ黒だ。
落ちねええええ!と手を洗い続けるポリル。
たしかに落ちにくいね?とほとんど汚れていない手が、綺麗になったフェリル。
ごめんね、と少し落ち込みながら謝るジン。
それを見て、これくらい綺麗にしてやると張り切るポリル。
うおおおお!と叫んでも、そう簡単には綺麗にはならないと思うぞ、ポリル?
夕方、二人にありがとうと言って別れるジン。
フェリルは今度、文字を教えてねと言う。
それにつられて、ポリルも俺もな!と言っていた。
ジンはわかったと言って、二人と別れる。
家に帰り、やや真っ黒な手を見て、
母がお湯を用意してくれて、手を綺麗にしてくれた。
母に感謝して、今日の成果の簡易鉛筆の乾かす場所を聞く。
乾かすならと、かまどの隣の空きスペースに木箱を置き、
その木箱の上に置かせてくれた。
これで早く乾くでしょ?と、母は笑っていた。
父はすでに帰ってきており、母と仲良く料理していたようだ。
仲良く夕食を食べ、身体をお湯で拭いて、ベッドに入る。
今日もたくさん動いた。昨日からの疲れもあったのか。
明後日に寝込みだす予定が、翌日になってしまった。
数日寝込んで、また体調がいい日。
今日は廃棄木材からなるべく綺麗な板を探す。
これにも幼馴染二人は手伝ってくれた。
人数が多い方が早く終わるし、文字を教えてくれる約束だろ?と言ってくれた。
そして、集まった十数枚の薄い板。
まずは二人のために、基本文字を板に書いて教えるジン。
その後は、文字を復唱しながら地面にガリガリと書く。
ジンはその間に比較的綺麗な板を選び、両親に向けての言葉を考える。
考えていたのだが、何かを思いつき呟く。
「君って、何て名前なの?あと、目を閉じる事って出来る?」
なんだって?名前と目を閉じれるかだって?
名前か。私の名前は『コースケ』だね。
こちらの文字では、こう書くけど、向こうではこうだよ。
と、イメージで伝わるかわからないけど、文字の形を想像して伝える。
すると、「こう?」と言って、地面に書き出すジン。
うん、合ってる合ってる。
あとは、目を閉じるか。
うーん、やったことないけど、意識すれば出来るみたいだ。
「じゃあ、しばらく目をつぶっていてね。
パパとママへの言葉を見られるのは恥ずかしいから…」
それもそうだな。じゃあ、終わったら言ってくれ。
眠るような感覚に包まれ、目の前が真っ暗になる。
「コースケ、起きて。もう帰るよ?」
私はその言葉にハッとする。
ジンの視界に映る景色はもう夕方だ。
まだ昼過ぎだったはずなのに、あっという間に夕方になっていた。
眠っていたのか、私は。初めての感覚だったな。
「コースケも寝るんだね?さっきから起こしてたのに、全然起きないんだもの」
クスクスと笑う気配を感じる。
うっ、我ながら情けない。こんな幼子に起こされるとは。
っと、今はそんなことよりも、作業は終わったのか?
「うん、終わったよ。今からこれを埋めに行くんだ」
埋めに行く?なぜ?
ジンに尋ねる。
「ボクが消えたら、コースケがボクの代わりにパパとママに届けてね?」
それは…
「お願い。ね?」
ふう。そんな可愛く頼まれたら、断ることはできないな。
わかった。
ジンが消えたら、私がジンの両親に届けるよ。約束だ。
それで?どこに埋めに行くんだ。
「正確には、もう埋め終わったんだけどね。
誰かさんが起こしても起きなかったから。
埋めたのは、ここ。
家の裏庭にある、この木の根元。
ドン爺に頼んで、板を入れる箱を作ってもらったんだ」
起きなかったのはすまない…
ここに埋めたのか。ちゃんと記憶しておこう。
それと、ドン爺?
「ドン爺はこの開拓村の唯一の鍛冶師だよ。
昔は冒険者だったみたいだけど、腰を落ちつけたいからって、
この村の開拓を手伝ったみたいだよ」
へえ。この開拓村の唯一の鍛冶師か。
私も会ってみたかったな。
「寝てたじゃん」
いやまあ、そうなんだがな?
さて、もう日が暮れるから家の中に入ろう、ジン。
両親が心配するよ?というか、気づかれるよ?
「それもそうだね。家に戻ろう」
今日の夕食も美味しいようだ。
両親に言葉で「美味しい」と伝えている。
それを聞いた両親は、ジンの頭を撫で、
「また取ってきてやるからな」
と言っていた。
微笑ましい。絵になる家族だ。
だが、現実は残酷だ。この後に待つ、親子の別れが痛ましい。
それから、しばらくして…
体調のいい日が増えて、寝込む期間も徐々に減っていた。
両親もこのまま元気に育つのではないかと思い始めた頃。
それは起きた。
突然の熱にジンが食われて消えた。