初依頼、掃除
昼食を食べてからまたギルドに戻ってくるのも億劫なので、
ペット探しの依頼をさっそく受けた。
依頼主は宿屋の娘さんのようだ。
依頼料がとても少ない。娘さんのお金なんだろうな。
なけなしのお金でペットを探してって、泣かせるじゃないか。
私が探してあげようじゃないか!ご飯食べてからだけど。
とりあえず、依頼主に話を聞きに行こう。
先に情報を得て、魔法で探してみよう。
捕まえるのは、ご飯を食べてからでもいいだろう。
宿屋にやってきた。
女将さんは依頼を受けてくれる冒険者がいることに驚き、
それが小さな子供と知って、少々気の毒そうにしている。
無理なら諦めてねっていう心の声が聞こえてくる。
だが、私は諦める気はない。というか連れて帰る気満々だ。
まずは宿屋の小さな娘さんから話を聞く。
「あのね、ジネットがね。ちょっと目を離したらね、
お外にびゅーって走って行っちゃったの。
ペル、ジネットがいなくて、きっとさみしがってるよ…
それにね、もう何日もごはんもたべてないはずなの」
「ふむふむ。いなくなったのはペルちゃんっていうんだね?
どんなペットなんですか?」
「しろくてね、ふわふわで、おはなのところだけ茶色いの!
あとね、あとね、しっぽのさきがくろいの!
いつもはかしこいのに、なんで急にお外にいっちゃったんだろ」
「白くて、鼻のところだけ茶色っと。尻尾の先は黒ね。
ワンちゃんなのかな?それとも猫ちゃん?」
「にゃんにゃん!」
「そっかー、猫ちゃんかー」
「ちがうの!にゃんにゃんなの!」
「にゃ、にゃんにゃんかー…」
情報は集まったな。猫で名前はペル。
白くて、鼻のところだけ茶色で、尻尾の先が黒っと。
とりあえず、今の情報だけでサーチマップ。
小声で魔法を唱えて、簡易地図で目的のペットを探す。
ん?意外と近くにいるぞ?
縮尺が今は二十メートルだから、もう少し拡大して…
うん、すぐそこにいる。でも、高低差はわからないな。
最悪、屋根の上とかにいるかもしれない。
「じゃあ、ジネットちゃん。ペルを探してくるね?」
「うん、ペルをおねがい…」
うーん、小さな女の子の涙には勝てそうにないな。
ペルを探す。この辺のはずだけど…
屋台があるな。珍しいな、干物屋か?
「いらっしゃい、いらっしゃい!海の魚の干物だよ!
…ハア、まったく客が来ない。
毎日来てくれるのはお前だけだよ。今日も干物食うか?
水にさらして、塩っ気抜いて柔らかくしたの持ってきたからよ」
「にゃあ~♪」
あっさり見つかったな。特徴も一緒。
こんなに近くから魚の匂いがしたら、飛び出すよな。猫だもの。
私は落ちついて店主に話しかける。
「あの…」
「お!お客さんかい?いい干物あるよ!」
「そちらもあとで頂きますが、その猫はどうしたんですか?」
「ああ、こいつか?何日か前に、ここで店を開き始めたんだ。
その時からのウチの常連だよ。
むしゃむしゃと魚を食ってくれるから、懐いちまったのかな?
飼ってやりたいんだが、ウチは遠いから道中の面倒がな…」
「その子、実は迷子の猫なんですよ。飼い主もちゃんといます。
飼い主はそこの宿屋の娘さんです。
その猫、ペルがいなくなってから泣いてました」
「お前、飼い主さまのところから抜け出してきちゃったのか?
ダメだろ、飼い主さま泣かしたら~?
今日のところは、それ食ったらちゃんと帰るんだぞー?」
「にゃあ…」
「なんだか人の言葉を理解してそうな顔してますね」
「たしかに。また来ていいからよ?そんな悲しそうな顔すんな」
「にゃあ!」
「いつかしゃべりだしそうですね、この猫」
「今度から小さな魚も用意してやるかねえ…」
魚を食べ終わったペルを抱きかかえて、私は宿屋に戻る。
私はジネットちゃんにペルかどうかを確認する。
すると、ペルが帰ってきたと喜ぶのでペルを渡して、
女将さんに今回の事情を話す。女将さんは納得していた。
ペルの食事には肉の切れ端などを出していたようだが、
ペルはそれだけでは満足しなかったようだ。欲張りさんめ!
だが、ジネットちゃんの輝く笑顔を見て、
今度からは魚も仕方なく出すことに決めたようだ。
「おにいちゃん、ペルをつれかえってくれて、ありがとう!」
「それじゃ、依頼書に達成の署名をもらってもいいかな?」
「うん!」
これで依頼達成っと。女将さんが頭をぺこぺこと下げていた。
ジネットちゃんはブンブンと手を振っていた。
き、気まずい!
このあと、すぐそばの干物屋で買い物するのが!
でも、約束したしなと干物屋の露店に向かった。
干物屋のお兄さんは笑顔でいらっしゃい!と言ってくれた。
どれがどれかわからないので、とりあえずオススメを頼んだ。
「じゃあ、これとこれとこいつだな!さっきのこともあるし、
銀貨一枚のところを銅貨七枚にまけてやるよ!」
「ありがとう、お兄さん」
串に刺さって焼かれた干物をその場で食べる。
むっ、ちょっと塩っ辛いが旨味がすごい!とても美味しい。
こっちの串に塗ってあるのは、魚醤か何かかな?
癖のある味で好みは分かれそうだが、私は好きだな。
私が店の前で笑顔で黙々と干物串を頬張るものだから、
周囲にいる人たちが美味しそうだとこちらを見ている。
あ、あげないぞ!とばかりに串を隠して食べだすと、
次から次へとお客さんが干物屋さんに来た。
干物が焼ける匂いが、周囲に流れたのもよかったのだろう。
干物屋のお兄さんが嬉しい悲鳴を上げていた。
私にも何の串を食べたんだいと質問が来るほどだ。
私はオススメを頼みましたと素直に答え、その場を去る。
去り際に「坊主、また来いよ!」とお兄さんが言ってくれた。
美味しかったし、また行きたいなと思えたお店だった。
ギルドに帰ってくると、人が多かった。
受付の列に並んでいる間、周囲からジロジロと見られた。
だが、向こうからは特に何もアクションを起こさないので、
今は無視を決め込むことにした。
受付の順番が回ってくると、カティさんがいた。
なんだ?ちょっと嫌そうな顔してる。
「コースケくん、なんか臭うよ?魚の焼いた臭いかな?
あとで公衆浴場行ってきなよ…」
「え?この街にお風呂があるんですか?!」
「うん、あるよ。その臭いを早く落としてきちゃいなさい。
石鹸も売ってたはずだからね。
それで?依頼は失敗かな?
私もあの子の依頼を受けるときに苦労したんだよ。
説明が子供だから、説明になっていなくてね。困ったものだわ」
「依頼は無事に達成しましたよ?すぐそばの干物屋にいました」
「あー、にゃんにゃんって言ってたから猫ちゃんね。
それはお魚に目がないでしょうねえ…
じゃあ、依頼の達成報酬よ。これでお風呂に入って来なさい」
「そんなに臭いですか?」
「ええ、ホントにプンプン臭うんだから…」
「はい…」
私は公衆浴場の場所を聞いて、肩を落としながら、
お風呂に向かった。
公衆浴場では、石鹸が銅貨二枚、入浴が銅貨三枚。
依頼の報酬ぴったりの額だった。
あんまりお客さんがいないことを不思議に思ったが、
今は久々のお風呂を堪能しようと思う。
私は木桶にお湯を作り、頭や身体を石鹸で洗い流してから、
お湯に浸かろうとしたのだが…
なんだか汚い脂がお湯に浮いていたので、入浴は断念した。
木桶もヌルッとしていたし、期待はしていなかったさ。
しかし、私は諦めない。
自分で魔法のお湯の球を作り、その中に入ることにした。
あー、これこれ。この身体を包むお湯が心地いいのよ。
なんで家でやらなかったんだろ、と今更後悔する。
他の客の視線など気にもせずに、私はお風呂を満喫した。
ついでにと思い、服も魔法のお湯の中で洗った。
洗濯する私に、他の客がギョッとしていた。
ちょっと居心地が悪くなってきたので、洗濯物を持って、
私はさっさと浴場から退散することにした。
そういえば、公衆浴場の掃除も依頼にあった気がしたなあ。
明日からは依頼を受けて、掃除して一番風呂を頂こうかな?
たしか依頼料もそこそこだった気がする。
まあ、男湯と女湯と、二つの浴場の汚れを掃除するんだ。
依頼料はそれなりにはもらいたいし、
綺麗になった浴槽で、一番風呂くらい許されてもいいだろう。
その後、あんなに大変な作業になるとは思わなかったけどね…
ギルドに帰ってきたら、カティさんが帰るとこだったらしく、
私の姿を確認したら、近づいてきて頭をくんかくんかされた。
そして、にっこりと笑って、
「うん、魚の臭いは抜けたね。綺麗になったな、少年よ!」
と言って、頭を一撫でしてから帰っていった。
ギルド内に入ると、先ほどの声が聞こえていたようで、
エレンさんが申し訳なさそうにしている。
「ごめんなさいね、カティが。
あの汚い公衆浴場に行かせたみたいで…」
エレンさんから話を聞くと、あそこは第一公衆浴場で、
今は第二公衆浴場が主流らしい。
だが、そこも汚れてきているらしい。エレンさんも困り顔だ。
これは早めに対処した方がいいかもと思った。
公衆浴場の衛生面があまりにも不潔すぎるのだ。
明日は早起きして、掃除の依頼を受けよう。
きっと一日仕事になるな、と私は覚悟した。
翌日、さっそく掃除の依頼を受けた。
この依頼は場所が指定されていて、その場所を綺麗にしたら、
そこの管理人から達成の署名を貰う方式のようだ。
私はまず比較的綺麗であるだろう第二公衆浴場に向かった。
管理人はお役人って感じの人だった。
なんだか苦労人という印象を感じるぞ?
「すまないな、少年のような子供に掃除を任せてしまって…」
「いえ、依頼ですので、気にしないでください。
それで、掃除は好きに綺麗にしていいのですか?」
「ああ、綺麗になるのであればなんでもいい」
「わかりました。
じゃあ、まずは木桶などの物を一度外に全部出しますね。
綺麗に洗ってから、日に当てて乾燥させます。
それから浴場を掃除しようと思います。
間違って人が入ってこないように、看板を出せますか?」
「ああ、看板を出すくらいなら出来る。頼んだぞ、少年」
「時間はかかりますが、任せてください」
私は浴場内で、魔法を使って熱湯を作り、木桶を何度か洗う。
その後、温風を送り、ある程度乾かしたら、外に持っていき、
日に当てて、乾燥させる。これを男湯、女湯で繰り返す。
さすがにこれを盗む人はいないだろうな。
今度は脱衣場の足場の板だ。足板も浴場で熱湯洗浄する。
これも木桶と同じように外で乾燥させる。
結構大きくて、男湯と女湯でかなり量があるので、
運ぶのに結構時間がかかった。
次は、浴場だ。
浴場全体をまず熱湯洗浄する。消毒の意味も兼ねている。
石鹸を使ってもいいと言われたので、熱湯で液状にしていく。
これには惜しみなく石鹸を使っていく。
まず、壁や天井などを液体石鹸を含めた熱湯球を魔法で作り、
熱湯石鹸球にして、それを回転させて、全体を洗っていく。
パッと見綺麗になったな。また後で、すすぎ洗いするからな。
そして、洗い場と床だ。
ここは比較的綺麗と言ってもいいのだが、あくまで比較的だ。
汚いは汚いのだ。液体石鹸とブラシでゴシゴシと擦っていく。
その後、熱湯石鹸球で全体を万遍なく洗う。
これで、洗い場と床が綺麗になったな。
最後に浴槽だ。
比較的綺麗だな、ここも。でも、汚いは汚いと言える状態だ。
もう一度熱湯で洗う。ヌメりがしつこく、全然落ちないので
液体石鹸とブラシでゴシゴシとしっかりと洗っていく。
なんでこんなにヌメヌメとするんだろう?
そう疑問に思いながら、力を込めて洗う。
鼻歌と身体強化の魔法がなければ、つらい作業だなこれは。
一通り擦り終わったので、熱湯石鹸球で磨き洗いをする。
うん、ヌメりは落ちたな。
これなら入浴する人も管理人も満足するだろう。
仕上げに、壁や天井も含めて全体を熱湯ですすぎ洗いする。
そして、乾燥させるために風を送り続ける。
うん、生まれ変わったな。浴場は。
あとはこの作業を女湯でも繰り返すだけっと。
この作業で午前中の時間をすべて使った。
木桶と足板を確認する。まだちょっと湿ってるかな?
表と裏をひっくり返す。夕方までに乾燥して欲しいなあ。
あとは脱衣場だな。足板をどけたことで汚れが目立つのだ。
まず乾燥したブラシで、床に張り付いてるゴミを浮かす。
その後に、魔法の風でゴミを集める。集めたごみを捨てる。
そして、床を熱湯石鹸球で洗っていく。
熱湯石鹸球があっという間に汚くなったので、仕方なく、
外に捨てるを何度か繰り返した。
靴箱はササっと土を払うだけにする。
さすがに靴箱まで綺麗にするだなんて、面倒見切れないよ。
これも男湯、女湯で繰り返す。
もうすぐ夕方近い。木桶と足板は…
よし、乾燥しているね。さっさと運び入れよう。
ハア。大変だった。本当に一日仕事になったよ…
管理人に確認してもらう。浴場の状態に管理人も満足していた。
気になっていたことを、管理人に質問してみる。
「なんで浴槽があんなに汚れるんですか?
浴槽の外で身体を洗えば、あそこまで汚れるなんてことは、
ないはずですよ?」
「それなんだがな…」
管理人に話を聞くと、最初はみんなルールを守って、
浴槽の外で身体洗っていたそうだ。
だが、いつからか浴槽に浸かってから、身体を洗った方が、
身体が綺麗になるという言葉が噂されだしたそうだ。
たしかに、それはそうなのだが、その分浴槽が汚れるし、
洗った後に、汚れた浴槽のお湯を使っていては意味がない。
これは徹底的に守ってもらわなければならないルールだな。
管理人に私が思ったことを伝えるとたしかにそうだと、
頷いてくれた。
清掃の手間と衛生面で、お客さんたちには面倒でも、
このルールを厳守してもらうことにした。
決まり事を作り、板に刻み書いてもらう。
これを守れない者は、浴場使用禁止にすると書いてもらった。
面倒かもしれないが、最初の第一歩が大事だと説き伏せ、
管理人は本当に一日仕事になった。
その日の一番風呂を私が味わっていたときに、
入浴に来る客には、何度か注意をした。
あとから来る人にも同じように注意をするように言った。
面白がって注意をする客が続出したそうだ。
それでいい。清潔さを保っておくれ。おっちゃんたち。
女湯の方では、管理人が注意してちゃんと説明するだけで、
ちゃんと決まり事を守ってくれたようだ。
風呂から上がった後に管理人に思い付きを話した。
可能ならば、スライムを数匹湯舟に浮かせられないかと、
管理人に相談したのだ。
スライムが勝手に湯舟の汚れも掃除してくれると思ったのだ。
考えを話すと、管理人はこの考えに納得してくれた。
翌日からは、湯船にスライムを浮かべて、導入された。
この日も管理人は一日中、注意と説明を繰り返したそうだ。
おかげで、スライムが浴槽で増えても処理が簡単であり、
湯船の清潔さが保てて素晴らしいと言われて、感謝された。
目の下のクマがすごくて、少し怖かったけど。
こうして、第二公衆浴場の平和は守られるようになった。
冒険者には、高額報酬で掃除をしてもらうことが決まった。
それもランダムなパーティに定期的に指名制だ。
これも私の提案だ。
管理人さんは、高額報酬にだいぶ渋っていたが、
今回のことを繰り返す気かと説教をして、説き伏せた。
これでようやくゆっくりできると思ったけど、
まだ第一公衆浴場があることを忘れていた。
ハア。私の掃除生活はまだまだ続きそうだな。




