十歳の春、街へ出立
新章開始!
暖かな日差しで目が覚める。空気はまだ少しヒンヤリ気味だ。
あれから二年が経ち、季節は春となった。
私が十歳の春だ。村を出る時期が来たのだ。
そのことを考え、ベッドの上で少しだけぼーっとする。
視界の隅で、布扉が揺れる。
どうやら妹が部屋に入ってきたようだ。
妹がベッドのシーツの端を掴み、くいくいっと引っ張る。
起こしに来てくれたみたいだな。
「にぃ、おきて!」
「はいよっと。おはよう、ジル。今日も早起きだね」
「うん!ごはんもすぐできるって!」
「そうなんだね?起こしてくれてありがとう」
「どういたしまして!あ、にぃ、おはよう!」
「はいはい。もっかい、おはよう」
「『はい』は、いっかいなんだよ、にぃ?」
「はい、ごめんよ。ジル、これでいいかい?」
「うん!」
「じゃあ、朝ご飯を一緒に食べようか」
「うん、いこ!」
ベッドから起き上がり、ジルに手を引かれ朝食の席に向かう。
こうして妹に起こしてもらえ、戯れ合うのも残り僅かか。
なんて、少し朝からテンションが下がることを考える。
朝食の席で今日のことを父と確認する。
ジルは不思議そうにこちらを見ている。
「父さん、部屋に荷物置いておくよ。仕分けを任せてごめんね」
「いや、いい。お前のことだ。
どうせ、そのまま持っていくつもりだったろ?」
「うん、そのつもりだった」
「ギルド側で仕分け作業させるのは申し訳ないからな…
こちらでしておいた方が、向こうの印象もいいだろう」
「ありがとう、父さん。
じゃあ、その間にドン爺のところに行ってくるよ。
もしかしたら、二人の近況も聞けるかもしれないし」
「そうだな、手紙を受け取るだけなんだろ?」
「うん。防具は調整してもらって、補修も終わってるよ」
「早めに済んだら、仕分けを手伝ってくれ」
「わかった」
私は朝食を食べ終えて、片付けを手伝おうとしたら、
母に今日は時間に余裕がないんでしょ?と言われ、
後片付けを任せることにした。
「じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい」
家を出て、軽い足取りでドン爺のところに向かう。
ドン爺は今日は特に作業がないようだ。
椅子に座って、お茶を飲んで私を待っていたようだ。
「ドン爺、おはよう。手紙を受け取りに来たよ」
「おう、コースケ、おはよう。手紙は書き終わってる。
だが、すぐに王都に行くわけじゃないんだろ?」
「そうだね、しばらくは街で冒険者稼業をすると思う」
「なら、金はしっかり貯めておけ。
お前さんもちゃんとした自分の装備を持った方がいいぞ」
「あー、そうだよね?いい加減、変えたいんだよね。
使い慣れてしまって、しっくりとは来るんだけど…
魔法に恩恵がないのがね」
「武器もそうだが、防具もだな。
魔法使いなら、それらしいローブか何かを買え。
いつまでも皮鎧じゃ格好がつかんじゃろ」
「それもそうだね。あ、二人の近況は聞いてる?」
「ああ、聞いてるぞ。ほとんど愚痴まみれの手紙だったがな」
「教えて、ドン爺!今、あの二人はどうなってるの?」
あの二人の近況の話をドン爺にねだった結果、
わかったのは、二人の武器の扱い方だった。
ポリルは武器に無茶な負荷をかけているらしい。
もっと丁寧に扱えと怒られているようだ。
フェリルは武器の扱いは丁寧なのだが、損耗が激しいと。
鍛冶屋的には、武器は大事にして欲しいらしい。
そのようなことが、王都の弟さんから手紙が届いたようだ。
二人のための新しい武器を考えているらしいが、
武器の扱い方がひどいため、作ってもまだ渡せないとのこと。
二人は元気そうだな。しっかりと訓練しているようだ。
荒々しいっぽいけど。
「二人は元気みたいだねえ」
「あの二人が静かなことはないだろ?」
「それもそうだ」
「お前さんも今日出るんだろ?」
「うん。今、父さんが仕分け中」
「お前さんも早く帰って手伝うんじゃな」
「そうするよ。じゃあね、ドン爺。今までありがとうね。
弟さん経由で連絡が行ったら、両親にも教えてあげて」
「わかったわい、それくらいなら教えに行く。
ほれ。はよ帰って、仕分けの手伝いに行け」
「またね、ドン爺!」
「またね、か。再会を望むコースケらしい別れだの」
家に帰って、父さんと宝石や水晶を仕分けする。
まあ、私は大まかに分けて、細かく分けるのは父さんだ。
ジルが部屋に入ってきた。
紫水晶を手に取り、うっとりとしている。
子供でも、女の子だなあって感じる。
それにしても、あの森はたくさんの宝石が見つかるな。
なんでだろうか?いつか原因を探してみたいな。
「よし、とりあえず仕分けは一通り終わったな。
あとは向こうでいいだろう」
「じゃあ、箱は閉じてっと。これくらいなら背負っていけるね」
「ああ。思ったより増えなくてよかったよ…」
「そんなにホイホイとは拾ってこれないよ、父さん」
「十分、ホイホイと拾ってきてるんだがな?」
「そうかな?まあ、いいや。じゃあ、ギルドに行こう」
「そうだな、昼飯は向こうで屋台とかで食うか」
「母さんたちにお土産を忘れないでよ、父さん」
「その辺りは大丈夫に決まってる、ちゃんと何か持ち帰るさ」
「ならいいけど」
私と父は、そこまで大きくない箱を背負い、家を出ようとする。
玄関前にジルがいた。ジルは涙目だ。
私はしゃがんで目線を合わせて、話を聞く態勢になる。
「にぃ、どこにいくの?」
「ちょっと冒険者ギルドに行くために、街に行ってくるよ」
「帰ってくるの?」
「うーん、今日は帰ってこないかなあ」
「明日には帰ってくる?」
「明日も帰れないだろうねえ」
「いつ帰ってくるの?」
「いつだろうか。にぃにもわかんないや」
「いっちゃやだあ!」
困ったなあ。こうなることが分かってたから、
あえて言わなかったんだけどなあ。気付かれたかー。
とりあえず、ジルの頭を撫でる。
ジルを宥めるために言葉を紡ぐ。
「なあ、ジル?にぃが家を出ていったら、
父さんと母さんのことをしばらく任せてもいいか?」
「パパとママを?」
「そう。パパとママをだ。きっと二人とも寂しくなるからさ。
ジルが元気づけてあげてくれ。僕の代わりにね?
それと、この家も守ってくれ。
にぃの帰る場所がなくなっちゃうからさ。頼んだよ?」
「うん、わかった。わがままいってごめんなさい。
あとたぶんまた迷惑かけるかも。それもごめんなさい」
「ん?最後のはよくわかんないけど、
わかってくれてありがとう。ジルになら安心して任せられるよ」
「でも、にぃ!いつか、追いかけるから!待っててね!!」
「ああ、そのときを楽しみにしてるよ」
こうして、最後に大切な妹の頭を一撫でしてから、家を出る。
門の前には母さんがいた。足元には洗濯物が入った木桶。
洗濯前に来てくれたんだねと、くすっと笑ってしまう。
「じゃあ、母さん行ってくるね。
大きくなって、また帰ってくるから。
お嫁さんも連れて帰ってこれたらいいなあ、なんてね」
「ええ、いってらっしゃい。帰ってくるときは連絡するのよ?
お嫁さんが出来てもちゃんと連絡するのよ?
あなたはその辺り不安だわ…」
「しばらくは父さんが、様子を見に来てくれるから大丈夫だよ」
「なら、安心ね。いってらっしゃい」
「いってきます」
母と別れて、門を出る。街まで一本道の街道を進む。
この辺りにもう魔物が出ることはほとんどない。
ギルドの調査で、徹底的に魔物が狩られたからだ。
あの事件では多くの人が、知らず知らずのうちに、
被害に遭っていたそうだ。
そのため、ギルドは定期的に森に調査に入ることになった。
しばらく考えながら歩くと、父が不思議そうな顔をして、
私に先ほどのことを尋ねる。
「いつ、俺がお前の様子を見に行くことが決まったんだ?」
「うーん、考えてることがあってね。たぶんそうなるかなって」
「何を考えてるんだ?」
「村用に、家用、そして自分用にお金を分けるつもり。
だから、村長さんにもお金を届けてね?」
「あいつは子供から金を受け取らんと思うぞ?」
「うーん、ポリルとフェリルたちの両親も、
受け取らないだろうからね。そういう意味で村用ってこと」
「なるほどな。じゃあ、さっさと換金しに行くか」
「そうだね、もう少し早く歩こう。~♪」
「お、なんか元気出てきた。それも魔法か」
私はしゃべれないので、頷いて反応する。
鼻歌魔法も研究を重ねて、他人を強化できるようにもなった。
この二年間の成果と言ってもいいだろう。
犠牲となったのは、父とドン爺だが。
何本も木剣がひん曲がって折れ、身体の調子を崩したりした。
あのときは申し訳ないことをしたなとは思っている。
それと、鍛錬は続けていた。
体力も今は一般成人男性くらいにはあるだろう。
まあ、現役冒険者に比べたら、まだまだなんだけどね。
街が見えてきた。
街に入ったら、冒険者ギルドに行って換金と登録だ。
新人冒険者として、精一杯頑張るぞ!
ようやく約束への第一歩を踏み出せる。
この先、どんなことが待っているんだろうか。
ワクワクするなあ。




