勇気ある者
Side 冒険者
俺とイサナは二人組の冒険者パーティだ。
時には、ほかのパーティと合同で依頼をこなすこともある。
そんな俺たちは今回、領主が住む街と開拓村の狭間にある、
森の調査に向かった。
なんでもゴブリンが多々発見され、処理されることから、
大規模なゴブリン村が出来ているのではないかという話だ。
ゴブリンは比較的小さいが、力もあり、知恵もつく悪鬼だ。
どんな冒険者でも、運が悪いと死ぬこともあり得る。
俺たちは、今回は調査だけだと思って舐めてかかった。
それが悪かったのだろう。
これが人生最後の依頼になることも知らずに、
ゴブリンがうじゃうじゃと彷徨う森を歩く。
「最近涼しくなってきたとはいえ、日差しは暑いな」
「しっかりしなさいよ、コーディ。
たしかに森の中はちょっーと蒸し暑いけど、
これくらいなら問題なく、我慢出来るでしょ?」
「もうちょっとで秋なんだがなあ?
お、珍しい。栄養キノコじゃん。ついてるな、今日は」
「この森って、比較的に言って動植物が豊かだから、
簡単に珍しいものが生えてるわね?これも報告案件かしら?」
「でも、これを報告したら、村の人が生活に困るだろ。
やめとこーぜ?あそこは先輩冒険者たちの開拓村だし」
「それもそうね」
このときは珍しい植物を見つけてはしゃいでいたが、
徐々にゴブリン特有の嫌な臭いが濃くなってくる。
イサナも気づいたらしく、こちらを向き頷く。
周囲の警戒を解くことなく、俺たちは森の中を奥へと進む。
「随分と森の奥深くまで来たな。臭いはするんだが…
ここまで来てもゴブリンを一匹も見ないな。
周囲を囲まれてるんじゃないかってくらい臭いんだがな」
「囲まれてる?まさか!?コーディ、上よ!!」
「なにっ!?」
『ゲッギャッギャ』
「…まずいわね、撤退するわよ」
「ああ、これはやばい!」
「ゲギャ!」
俺たちは気が付いたらゴブリンたちに囲まれていた。
あいつらは知恵をつけているゴブリンだ。
樹上から俺たちを待っていたようだ。
まずい、街までこの数を捌き切れるか?
せめて、イサナだけでも守らなければ!
樹上のゴブリンの合図と共に、ゴブリンどもが落下に任せて、
こん棒を振ってくる。
とりあえず、森の浅瀬に向かって走る俺たち。
だが、次々とゴブリンがこん棒を振り、落ちてくる。
くそっ、完全に囲まれた。
「イサナ!一点突破するぞ!!」
「わかったわ、援護は任せて!」
「炎よ、我が道を照らせ!フレイムロード!!」
「このっ!近づくんじゃない!」
「イサナ!道が出来たぞ!くそっ!!」
俺が道を作った時には、イサナがゴブリンに捕まっていた。
すでにゴブリンは人間の女を捕らえて発情しているのか、
粗末なものをイサナに擦りつけている。
俺はイサナに纏わりつくゴブリンを剣で切り伏せる。
イサナも抵抗しているが、ゴブリンは力が強い。
女の細腕では抵抗できていないようだ。
長年の相棒だ。ここまで頑張ってきて、中級冒険者になった。
ゆくゆくは結婚も視野に入れていたのに…
今、イサナを置いて逃げるなんて、俺には出来ない。
イサナは逃げろというが、もう逃げるための道も閉じた。
がむしゃらに剣を振るう俺。イサナに集中し過ぎたんだろう。
背後のゴブリンに気付けなかった。
こん棒を膝裏に打ちつけられて、俺は堪らず倒れる。
そこに無数のゴブリンからのこん棒が打ちつけられる。
まず、足が折られた。逃がさないためか。
抵抗する腕も折られた。剣が手から零れ落ちる。
俺の愛剣をゴブリンが拾い、ニタニタとしやがる。
やめろ、やめてくれ!まだ死にたくない!
俺は最後にイサナに目を向ける。
だが、その惨状に俺は涙を流し、諦念を抱いた。
俺の愛剣をゴブリンが頭上に構え、振り下ろす。
俺たちの冒険はここで終わった。
Side コースケ
もう空気がだいぶ冷たくなってきた。冬も目の前だな。
そんな中、私たちは森の中を走り回っている。
森林鍛錬中のため、起伏が多い。もう身体がポカポカだ。
汗を大量にかくほどではないが、しっとりとしてきた。
私は鍛錬中のため、意識を簡易地図から逸らしていた。
だが、警戒アラートはしっかり働いてくれたようだ。
アラートにすぐに反応して、急いで二人を止める。
「どうしたんだ、コースケ?」
「なにかあった?」
簡易地図を確認する。
反応は紫。ゴブリンだ。…数は、八匹!?
ポリルがこの前の状態のままだとしたら、まずい。
彼が動けなくなったら、守りながらの戦いになる。
これは少し覚悟しなくてはいけないかもしれない。
装備はこの間のことで、フェリルは鉄の短剣を持っている。
ポリルは木剣と短剣だ。木剣の方が手に馴染むらしい。
とりあえず、二人に報告だ。
「二人とも。この先にゴブリンが八匹いる。
僕が最初に数を減らす。あとは二人で対応してくれ」
「…わかった」
「ポリル、大丈夫?」
「正直、身体は震えてる。でも、逃げない。
前のように怯えてたまるか!」
「なら、よし!コースケ、最初は任せたわよ」
「了解だ」
ポリルは青い顔をして震えていた。
でも、心は恐怖に呑まれていないようだ。
本能に打ち勝てるように、支援が必要かもしれないな。
私たちはゴブリンを視認できる位置に移動する。
私の魔法で四匹まで減らしてみせる。
特にあの立派な剣を持ったゴブリンは危険だ。
一撃で仕留められるように、丁寧に魔力を練る。
だが、隠れているはずの私に、剣を持ったゴブリンが気づく。
魔力を練り始めた瞬間だ。まさか、魔力感知!?
剣を持つゴブリンが、剣を振り命令を下す。
私はその命令でゴブリンが動く前に、急いで魔法を放つ。
「アースニードル!」
っち!三匹しか仕留められなかった。
そのまま次の魔法を行使する。
「ショックボルト!」
単体魔法だが、魔法の発射速度は雷なので一番速い。
よし、これで四匹仕留めた。
剣を持ったゴブリンがリーダーのようだ。
何やら命令して、前に出た二人にゴブリンが向かう。
フェリルに二匹のゴブリンが向かう。
ポリルには一匹だけだ。だが、ポリルはまだ震えている。
ここで恐怖に打ち勝つんだ、ポリル!
Side ポリル
くそっ、舐められてるのかわからねえ。
あのゴブリン、俺には一匹のゴブリンで十分だってのか?
でも、俺の強気な気持ちとは裏腹に、身体が震える。
ちきしょう!もう負けないって決めたのに!なんでだよ!!
目の前のゴブリンがこん棒を振るってくる。
俺は木剣で受ける。
ゴブリンの力が強いって、本当なんだな!
俺が押し負けるなんて…
いや、これは俺の気持ちが負けているのか!
俺が葛藤している間も、何度もこん棒を振ってくるゴブリン。
やべえ、木剣にひびが!あともう少し持ってくれ!
俺が勇気を出せずにいると、急にでかい音が鳴り始める。
その音に全員が気を取られ、俺たちも背後を振り返る。
そこには、沢山のなにかを動かすコースケがいた。
あれも、魔法なのか?聞いてないぞ?
「ポリル、君のための曲だ!勇気を持て!」
悲しく聞こえるけど、応援されているような不思議な音色だ。
先ほどまで震えていた身体の震えが止まる。
俺は気合を入れるために、声を上げる。
「うおおおお!」
よし、もう震えはない。いつも通りだ。
段々と盛り上がってくる音色に、俺は奮起する。
ゴブリンはそんな俺に怯えているようだ。
俺が木剣を勢いよく振り下ろす。
負けじとゴブリンがこん棒を振りかぶってくる。
激しい衝突に木剣が耐えきれなかったのか、嫌な音がした。
一瞬、木剣が折れたかと思った。
だが、木剣の中から立派な鉄の剣が姿を現す。
木剣は手元までひび割れて、俺はその鉄剣を握る。
手に吸いつくような感覚だ。重さもちょうどいい。
これで俺は、まだ戦える。
俺はドン爺の言葉をふと思い出す。
ドン爺、あの日の言葉はそういうことだったのか…
『ドン爺~!ドン爺がくれた木剣がもう折れそうなんだ。
新しいのを用意してくれないか?』
『なんじゃ、お前さん?いつからそんな力をつけた?』
『いや、ちょっとコースケの魔法のせいでな…』
『まったく、お前さんたちときたら…
もう無茶な扱いはするんじゃないぞ』
『ごめんよ。でも、ありがとう、ドン爺。
って、なんで渡してくれないんだよ!』
『ちょっといいことを思いついたんじゃ。
お前さん、まだ魔物と出会ってないじゃろ?』
『そりゃ、まだ森に行けてないからな。
それがどうかしたのか?』
『お前さんが本当に守りたい者のために努力した時、
応えてくれる木剣を作ってやる。だから少し待て』
『お、おう。って、待たないとダメなのかよ!
今使ってるのが折れそうなんだって!』
『そのくらいのひびならまだ大丈夫じゃ!いいから待て!』
俺の日々の努力、恐怖を克服して…
そして今、守りたい者のためにこの剣をくれたのか。
ありがとう、ドン爺。
これなら俺はもう負けない!
鉄剣を持ち、ゴブリンに立ち向かう。
今の俺なら、その程度のこん棒くらい!
「ハアアアア!」
「ゲギャ!」
気合を入れて振るった一閃。
こん棒ごとゴブリンを切り裂く。
後に残るは黒い砂。
この砂の中に、金になる魔石があると聞いているが…
今はそれよりもフェリルだ!フェリルは一対二なのだ。
助けに行かねーと!
振り返った先では、一対二でも果敢に攻めるフェリルの姿。
なんだよ。俺の助け、いらねーじゃん。
この間のは演技だったんだな…
だが、ここでゴブリンのリーダーが動く。
フェリルの背後に回ろうとするゴブリンに対峙する。
比較的背の高い俺よりも大きなゴブリン。
その手には立派な剣。
俺はまた恐怖で震えそうになる。
だが、俺の手にもドン爺がくれた立派な剣がある。
そして、背後にはフェリルがいる。
心を強く持ち、気合を入れて叫ぶ。
「お前の相手は俺だ!フェリルの邪魔はさせねえ!」
【……により、称号が追加】
【……により、【上級士官】が……に変更】
頭の中で声が聞こえる。
だが、今はそんなことはどうでもいい。
戦いに集中する。
音色が切り替わった。
Side コースケ
私は今、ただ音楽を演奏するだけの存在だ。
だから、楽曲を流している間は動けない。
彼らに届けるこの音色で支援するしかないのだ。
先ほど、楽曲を変えた。
次の曲は、過酷な運命を抱えた、とある未来人の曲だ。
彼らに力を、貸してやってくれ…
ゴブリンに対して、ポリルもフェリルもよく戦っている。
特にフェリル。
楽曲が変わってから、目の色が変わったようだ。
動きが鋭い。剣も軽やかだ。
まるで剣舞を踊っているかのようだ。
二匹のゴブリンに対して、舞うように剣を振るい、
身体の運びと足捌きでこん棒を回避する。
徐々に小さな傷を重ねるゴブリン。
動きが鈍ったゴブリンの手首を切り落とすフェリル。
そのまま流れるように、首を刎ねる。
もう一匹のゴブリンが怯え竦む。
フェリルはその隙を逃さない。
「ヤアアアア!」
気合一閃。
防御に構えたこん棒ごと、ゴブリンを一刀両断にする。
フェリルの方は終わった。
あとはポリルだ。
ポリルは自分よりも大きいゴブリンに一歩も引かない。
ゴブリンの滅茶苦茶な剣を自身に引きつけている。
ゴブリンの剣を、逸らしてかわす。そして、少し移動する。
ポリルはゴブリンの意識をフェリルから逸らすつもりだ。
あんなに恐怖していたポリルが別人のようだ。
あの力強い剣が怖くないのかと私は思ってしまう。
ポリルは落ちついている。
そして、ゴブリンの剣筋を見極めているようだ。
ゴブリンが上から振り下ろす剣に合わせるように、
下から剣を振るうポリル。
ゴブリンの両腕が斬り飛ぶ。
ゴブリンの手から離れた剣が頬をかすめるが気にせず、
ゴブリンの胸元に剣を突き立てるポリル。
黒い砂となって、その姿を崩すゴブリン。
ポリルは勝ち鬨を上げる。
「よっしゃああああ!」
音楽もいい感じに終わる。
ここまでだな。私は魔力を流すのを止める。
あのゴブリンの持っていた剣は誰のものだったのかとか、
魔石を拾ったりしないといけないが…
今は二人の勝利に喜ぼう。
魔石を拾い、戦闘の勝利から二人が落ち着いたところで、
私は話を切り出す。
「二人とも。ゴブリンが多い。村に一度帰ろう」
「そうだな。少し村が心配だ」
「それに、こんな森の浅瀬にゴブリンが八匹も、
いるなんておかしいわ。
お父さんたちに知らせて、村長に報告しないと」
二人の意見も私と同じのようだ。
私たちが村に急いで戻ろうとする中、
ポリルがゴブリンの持っていた剣を拾う。
「これ、もしかしたら冒険者の人の剣かもしれない」
「じゃあ後日、遺品としてギルドに届けよう」
「今はありがたく使っておきなさい、ポリル」
「うん、そうするよ。急ごう」
ポリルの雰囲気が変わったな。
なんというか一皮むけたというか…
木剣が砕けて、鉄剣が出てきた時とかカッコよかったな。
それに、自分よりも大きなゴブリンに立ち向かう姿。
まさに勇気ある者を示す、勇者って感じだった。
これからのポリルの活躍に期待したい。
私たちは村に向かって走り出す。
急いで報告しないと、大変なことになりそうだ。
ん?なんだ?村の方から大きな声が聞こえる。
怒声や悲鳴も聞こえる。
まさか!
私たちが森を駆け抜けたとき…
ゴブリン軍団とも言える数のゴブリンが、村を襲撃していた。