恐怖の本能
『四十二!』
「正解」
私たちは現在、危険な森の中で鍛錬中だ。
とは言っても、私が新しく覚えた結界魔法の中でなのだが。
森の中は足場が基本的にどこも悪く、障害が多い。
そのため、走るにしても、打ち合いにしても注意が必要になる。
今はポリルとフェリルの二人が打ち合いをしている。
その合間に九九の問題を投げかけたところだ。
「あのさあ、コースケ。勉強が大事なのはわかるが…
打ち合いの最中はやめねえか?集中できねーよ」
「そうね。最近はポリルが力強くなってきて、危ないし…」
「そうなの?気づかなかったよ。ごめん。
やっぱり、薪に使える板を用意してもらおうかなあ?」
「っち、勉強がなくなるわけじゃないのか…」
「そりゃそうよ。コースケは勉強面では厳しいんだから」
「ところで、ポリルは力が強くなったの?」
「ん?別にそんな気はしないんだがなあ?」
「ええ?じゃあ、なんでそんなに剣が重いのよ?」
「ああ、これのことか?なんかドン爺の特注品だってよ?
前にコースケの鼻歌で扱ったときに、木剣にひびが入ってさ。
壊れる前に、ドン爺に新しい木剣をお願いしたんだ。
新しい木剣を渡されたときに、色々言われたんだけど、
正直あんまり覚えてないんだ。ただ、重いんだ、これ」
「うわっ、ホントに重い。鉄でも入ってるんじゃない?」
「僕にも持たせて?ホントだ、重い。なんだこれ?
(ただの木剣が、こんなにも重いなんておかしい。
ドン爺、何か隠してるな?勝手に調べるのは悪いけど…
オブジェクトサーチ。なるほど、そういうことね)」
「コースケ、そろそろ木剣を返してくれ。
最近は持っていないと、手ぶらが落ち着かないんだ」
「あ、うん。はい」
「(コースケ、調べたわね?何かわかった?)」
「(うーん、内緒)」
「(なんでよ!?)」
「どうしたんだ?二人でヒソヒソと話して?」
「なんでもないよ、ポリル」
「残りの鍛錬をどうしようかって話してたのよ」
「そんな話、ヒソヒソしなくてもいいだろ…」
「今日はもう森の中を走ったしなあ」
「何か獲物でもとって帰る?暗くなるの早いし」
「そうしようぜ?森の中じゃ、時間間隔が狂っちまう」
「森の中は薄暗いもんね。じゃあ、今日は僕が探すよ」
「お願いね、コースケ」
このとき、獲物を探すつもりだった。
だが、以前からゴブリンを示すようにしていた簡易地図に、
紫の点が二つ動いてるのを確認した。いい機会だ。
ポリルのためと思って、心を鬼にしてそちらに向かう。
悩むフリをして、二人を誘導する。
「…うーん、あっちかな?」
「なんで疑問風なのよ。あっちね?行きましょ、二人とも」
「おう!」
しばらく歩くと、ゴブリン二匹が角ウサギを貪っていた。
フェリルがしかめっ面をしている。
ポリルはどうかなと見てみる。
あ、これはダメだ。顔が真っ青だ。身体も震えている。
「ポリル、大丈夫?初めて魔物を見たみたいだけど…」
「な、なんだこれ?俺は怖くねえ、怖くねえのに…
身体が震える。なんでだ?身体が見るのをやめろって…
俺、おかしくなっちまったのか…?」
ポリルに刻まれている魔物に対する本能は『恐怖』か。
これはちょっとまずいな…
フェリルに小声で少し無茶な頼みごとをする。
フェリルは驚いていたが、頷いてくれた。
フェリルが前に出る。
ポリルが慌てて声をかけて、それを止めようとする。
「フェリル、やめようぜ。以前とは装備が違うんだろ?
あんなのに勝ってこねえ、ここは逃げようぜ?」
「大丈夫よ。いざとなったら、ポリルが助けてくれるでしょ?
それにね、身体が訴えるの。あれは倒さなきゃいけないって。
だから、私は行くの。ごめんね、ポリル」
「あっ…」
だいぶ、言葉にアドリブ要素はあったが…
ポリルが勇気を出してくれれば、すべては解決するんだ。
ポリル、ここで一歩を踏み出さなくてどうする。
お前がやるしかないんだぞ?
いつまでも、私に頼るんじゃない。
そして、フェリルが腰のナイフを手にゴブリンに立ち向かう。
相手はただのこん棒。
だが、ゴブリンは決して非力な存在ではない。
それに、相手は二匹。とても危険で無茶な戦いだ。
にも拘らず、勇敢に立ち向かうフェリル。
フェリルはわざと大声を上げ、ゴブリンにナイフを振るう。
「やあーっ!」
「なんで、フェリル。大声なんか、気づかれるだろ、バカ…」
フェリルは一対二という状況を作り上げ、ポリルを待つ。
危険な状態のフェリル。恐怖で動けないポリル。
私はもう少し静観する。
ポリルが私にフェリルを助けるように言う。
だが、私は、
「ポリルが助ければいいだろ?フェリルも待っているぞ?」
と冷たく返すだけ。
ポリルは木剣を握る手に力を入れる。
だが、足が恐怖で動かないようだ。
いいのか、ポリル。お前はそれで…
お前の目の前で、お前の大事な人が死ぬぞ?
ついに、フェリルのナイフがこん棒に弾き飛ばされる。
そのナイフは、ポリルの足元に転がる。
「ポリル、助けてっ!」
その言葉でもポリルはまだ動けない。
合図があったので、私は仕方なく動く。
「アースニードル」
フェリルを囲んだゴブリン二匹を、土の針で鋭く貫く。
私はこれも仕方なく、悪態をつくことにした。
「フェリル。ダメだこいつは、臆病者だ」
「ちょ、ちょっと、コースケ!言い過ぎよ!」
「言い過ぎでもなんでもないだろ?助けてと言われても、
勇気を出せず、一歩を踏み出せない者は、臆病者だ」
「…」
「おい、ポリル。何とか言ってみろ?
僕は今の君が嫌いだ。大嫌いだ。男なら勇気を出せ!」
「あっ、ポリル!待って!」
走って逃げるか。さらにひどいものだな。
いや、自己嫌悪か?あの逃走は。
フェリルがポリルを追っている。きっと大丈夫だろう。
私は少しアレを調整しておこうかな。
帰るのが遅くなるかもしれないけど。
Side ポリル
だせえ。今の俺はなんて不甲斐ない。まさに臆病者だ。
そんな俺をフェリルが追ってくる。
フェリルの足は俺より速い。
簡単に追いつかれる。両手を広げて、前をふさがれる。
俺はイラついて、言葉が荒れる。
「どけよ」
「ダメだよ、ポリル。逃げちゃ、ダメ」
「どけっていってんだろ!」
「私はポリルを信じてる。ポリルなら大丈夫だって」
「うるせえ!いいから、どけっ!」
「…そんな状態で私が守れるの!?」
「っ!」
「小さいころに言ってくれたよね?
お婿さんになって、私を守るって…」
「…」
「守るっていうなら、ちゃんと私を守ってよ!」
そんな、本当に小さなころの約束なんか…
今の俺には、お前の隣に立つ資格さえっ!
そのとき、フェリルの足元に毒蛇が後ろから迫っていた。
俺は咄嗟にナイフを持ち、素早く毒蛇に投げつけた。
フェリルは俺の行動に驚き、眼を瞑っている。
フェリルが恐る恐る、眼を開き、俺のナイフの行方を探す。
そして、ナイフに貫かれた毒蛇を見る。
フェリルは顔を緩ませて、歓喜の色に染める。
「ちゃんと守れるじゃない、ポリル」
「うるせえ…」
「大丈夫よ、ポリル。あなたなら立ち向かえる。絶対よ」
「なんで、そんな自信満々に言えるんだよ」
「だって、ずっと見てきたからね。ポリルのことは。
私が一番ポリルを理解してる。これは誰にも譲らないわ」
「っち、わかったよ。
お前がそこまで言うなら、俺もやってやるさ。
もう二度とあんな奴に負けねえ。絶対にだ!」
「ふふっ、その調子よ。
あ、コースケ置いてきちゃったわね?どうしよっか?」
「今、あいつと顔を会わせるのは気まずいんだが…」
「あとからでも一緒でしょ!
私のナイフも置いてきたままだし。戻るわよ、ポリル!」
そう言って、俺の手首を掴んで引っ張るフェリル。
小さくて、柔らかい手だな。
その割には、手のひらに剣ダコが出来てやがる。
俺は手首を掴むフェリルの手を外し、手を握る。
フェリルの顔が赤くなるが、構うもんか!
守るって決めたんだ。これくらい平気だ。
いや、正直ちょっと恥ずかしい。
こういうのにも臆病って、言われて呆れられるかな?
少し落ち込みながら、俺たちはコースケの下に戻る。
Side コースケ
二人が走り去った後、フェリルのナイフを回収した。
そして、再度、消音結界を張り直す。
少し心配になったから二重に結界を張ってみた。
外側の結界には何も通さない侵入禁止の設定もした。
これで危険な生物も入ってこれないだろう。
地面から来るかもしれないからと、球状の結界だ。
演奏魔法をこれから使うのだ。
発動させるのは二度目だが、使うのは初めてだ。
前回は、魔法鍛錬中に薪を拾いに行った時。
あの時には、すでに思いついていたから試そうとした。
ただ、思ったよりも大掛かりなものが出てきたから、
焦って魔法を途中で止めたのだ。あれは仕方なかった。
さあ、使ってみよう。
「ゲット・レディ」
私の周囲にたくさんの楽器が並ぶ。
これが異様な光景なのだ。
たぶんだが、私の知る限りの楽器が並んでいる。
いくつか見覚えのあるものも含まれているからだ。
そして、私は緩くカーブした机について座っている。
目の前に半透明なウィンドウが表示される。
近未来なゲームのイメージだ。
ウィンドウには、私の知る限りの楽曲が表示される。
検索もできるようだ。
今回はポリルに相応しいものを選ぶ。
勇者である王が必死に戦うシーンで流れた曲だ。
悲しい音色に聞こえるが、勇気ある者は何度でも立ち上がる。
そんなイメージの曲だ。
「セット」
ウィンドウが閉じる。
私の周囲に演奏に必要な楽器が並び、それ以外は消える。
楽器が空中に浮かび、演奏開始を今か今かと待ち構える。
「ミュージック・スタート」
演奏が開始される。やはり音量が大きいな。
大きいというよりは、重厚というべきか?
音量は下げることは出来そうにないな。
演奏する楽器を減らせばいいかもしれないと思ったが…
そうすると、この重厚な音色が貧相になってしまう。
音量を下げるのは諦めよう。
逆に大きくすることは可能なようだ。
各種マイクを設置して、音を大きくできる。
マイクか。歌唱用のもあるな。
いつか誰かに、この魔法で歌を歌ってもらおうかな?
さて、魔法に流す魔力を止める。
顔が真っ赤なフェリルを引っ張るポリルが見える。
少しはマシな顔になったじゃないか、ポリル。
その調子でフェリルに告白も出来ればいいんだがね。
さすがに、まだ早いか。ハハッ。