寝癖
小さな仕草に幸せを感じる日々。
どれだけ撫で付けても、どれだけピンで止めても治まらない寝癖。鏡を見る度に憂鬱になる。水で濡らしても直らない。ドライヤーなんてする時間もない。でも、気になる。
そんな気分を誰もが一度は味わったことがあるだろう。
「あんた、遅刻するよ! いつまで鏡に向かってんの」
「寝癖が直らなくて」
「そんなん変わらないよ。早く行ってきな」
周りの目が気になるお年頃。きっと皆そうやって送り出されただろう。
思春期も過ぎて、仕事に追われるようになるとそんなことも気にならなくなる。慌てて身支度して、適当にあるものをお腹に放り込む。
「髪、今日も跳ねてましたよ」
「え、本当」
夕方の就業時間になって、ようやく指摘されることもざらにある。朝の寝癖直しの時間より、少しでも長い睡眠時間を大切にしたいのだ。
「気がつかなかったですか」
「いや、朝髪とかしたし、ほっといたらいつか治まるかなって」
「今もまだ跳ねてますよ」
「え、」
そんな、周りの目が気にならない年になっても、寝癖は別に可愛いものではない。人の寝癖を見つけても、仲間だなと感じるくらいだった。
「結婚してください」
その日から、朝の寝癖がもう一つ増えた。
ガチャッ
「……お早う」
のそのそとリビングに入ってくる、日中と違って小さく丸まったからだ。ピョコンッと寝癖を跳ねさせながら、お辞儀をされた。
「ーーーーーっ可愛いっ」
思わず飛び付きバグをする。ぴょこぴょこ跳ねる髪を撫でながら、頬擦りするのが日課だった。
「なんっでこんなに可愛いかなぁ」
「ん」
可愛くない、なんて言い返さない寝ぼけた姿が、また愛らしいのだ。
あっちやこっちに跳ねて、悩ませる寝癖。まさかやつを可愛いと思う日がくるなんて。
きっといつか、この可愛い寝癖がもうひとつ並ぶことになるのだろう。もしかすると、その子にとっては憎らしい寝癖かもしれない。しかし、自分から見ると、もう可愛らしい寝癖でしかないのだ。