結婚して良かったと思うとき
ふとした時に感じる幸せ。
重たい足取りで、階段を昇る。実際、500mlのペットボトルが一本ずつ付いているのかと思うくらい、疲れきった足は重たかった。
「はぁ」
寒い廊下、帰宅してもきっと寒い家。早く帰りたい気持ちはあるが、帰ったところで部屋は暗くて寒いのだと思うと、重い足がさらに重く感じてしまう。マンションの階段を登っているところだから、あと少しなのだが。
最近、仕事が忙しすぎて疲れきっている。手伝いだってするけど、頼まれ過ぎて、頼んだあなたは何の仕事をしているのかと思ってしまう。皆、忙しいのだ。仕方のないことだと分かっているのにそう思ってしまう自分が嫌いで、また心が疲れることの繰り返し。
「嫌だなぁ。こんな自分。旦那さんに見せたくないなぁ」
いつもは旦那さんが居てくれないと寂しいのに、こんな日は旦那さんがいないことが有難い。こんな嫌な気分の自分は見せたくない。
自分が嫌いな自分。優しくない自分。
ガチャッ
扉を開けると、外と同じ冷えた空間が広がっている。
少しでも気分を晴らそうと脱いだ靴下を洗濯機に投げ込むと、リビングの電気を点ける。
「っ……ふふっ、あははっ」
バカみたい。
部屋は全く暖かくないし、体の疲れは取れている筈もない。それなのに、心が温かく、体が軽くなるのは何故だろう。
「何これ」
冷たいリビングに広がっていたのは、行き倒れた人の形で広げられている自分のパジャマ。頭部分には、丁度良く丸い鍋敷きが置かれていて、上げられた右手には自分の名前が書かれたホワイトボードが置かれていた。
「あははっ。お茶目なんだから。……今日、パジャマ脱ぎ捨てて行ったかも」
ついさっきまで気分は鬱々としていたのに、嘘みたいに今は何ともない。
旦那さんの帰宅時間は深夜。今から何時間後だろうか。色々聞かなくちゃ。なんでダイイングメッセージみたいにしたのか。パジャマ、畳み忘れていたのだろうか。そうであれば、謝らなくちゃ。
早く、早く帰ってきて欲しい。
「ふふっ、一人でこんなに笑って馬鹿みたい。嘘みたい。早く帰ってこないかな」
あの人と結婚して良かったーー