7話 兄
「最後にはまた君と~巡り会えるよ~きっと~♪」
「イエーイ!」
「上手~」
「おー……」
「流石ユナっち!」
結奈さんが歌い終わり、90点代を獲得した。
かなりの高得点だな。結奈さんは歌が上手いらしい。紗枝さんがタンバリンで盛り上げ、喜美子さんが先程とは打って変わって静かに拍手する。俺も簡単に拍手し、心音も縦横無尽に空中を飛び回って喜んでいた。……目回らないのか?
「結奈さん。歌上手いんだね」
「えへへ……少し練習していて……あ、喉渇いたので追加のドリンク頼みますね」
「おーう、俺の財布なんか気にせず頼んでくれ。良い歌を聞かせて貰ったしな」
「「「ありがとうございまーす!」」」
女子高生三人とカラオケ。悪くない感覚だ。
俺、高校時代は勉強ばかりで青春してなかったしな。全部俺の奢りだけど。
まあ、大人のお店とかは今の俺の出費より高い費用でこんな風に過ごすから役得だ役得。
だが、本題はそこではない。
「さて、お兄さん。名残惜しいですけど本題に入りますよ。カラオケの使用時間も少ないですし!」
「……っ。ああ……」
カラオケに入り、早くも1時間が経過していた。
学校を出たのが約17:30くらいだから、移動を含めてファミレスで約30分。そこから更に数分の移動を経てカラオケ到着が約18:10。今現在は午後7時過ぎくらいだな。
カラオケは2時間コース。たっぷり一時間歌った後でようやく話に入れる。本人達はまだ歌い足りないみたいだけど。
てか、高校生は門限とか大丈夫なのだろうか。一応さっき親に連絡はしていたみたいだけど。
「それで、ここちー……まだ隣に?」
「そうだね。まあ、今は君達の隣に移動したけど」
「……!?」
ビクッ! と大きく反応し、三人は俺にくっ付く。
これもまた夢のハーレムみたいな感じだけど、心音の顔は優れなかった。
「もーう! ユナっち! サエちん! きみこん! 幽霊でも私なら会いたいって言ったじゃん! お兄ちゃんにそんなくっ付かないでよー!」
「ハハハ……幽霊でも心音になら会いたいか。……っても、やっぱり目の当たりにすると……してないけど、怖いんじゃないか?」
「……! その言葉……私達が帰りの学校で話した事……!」
「え!? て事は……」
「いや、まさかそんな……」
どうやら三人は、心音なら幽霊でも会いたいという会話をしていたらしい。
それを復唱した俺に、三人は信じられないと言った表情をする。しかしその事を俺が知る由も無いし、流石に信じてくれたか?
「お兄さん……私達に盗聴機を……!」
「え……? あ、確かに……ここちーのお葬式の時、私達も制服だった……」
「マジ!?」
そんな訳無かった。
「ちょっと待て! あの一瞬で盗聴機を仕掛けるってどんな手際の良さだよ! 流石の俺もそんな事は出来ないぞ!?」
「アハハ……ですよね」
どうやら冗談だったみたいだが、割とマジな反応だったので滅茶苦茶冷や汗掻いた。
と言うか盗聴機って発想が出てくる時点で探偵小説とか読み込んでいるみたいだな。喜美子さん。
場所変えの提案したり、今のところ良心的なのは結奈さんくらいだぞ……。いや、まあ結奈さんも悪ノリはしているんだけど。
「けど……私達にはここちーが見えませんし……やっぱり信じられません……」
「分かる。俺もなんで心音が見えるのか分からないし、今でも俺のイマジナリーシスターなのかもしれないって思う程だよ」
「成る程……」
結奈さん達が心音を見れないのは変わらない。なのでその辺が悩みどころだな。
そこで、喜美子さんが一つ提案をした。
「あ、それなら心音ちゃんにしか分からない、私達の事についてお兄さんが話すとかどうですか?」
「ハハハ……発想が俺と同じだな。俺も心音を最初に確認した時、心音しか知らない心音の事を聞いたよ」
「それで信じたなら、上手くいきそうですね」
結奈さん達の、俺の知らない、心音だけが知っている事。
確かにそれが分かれば今回の件を上手く説明出来るかもしれない。喜美子さんのアイデアを貰うか。
「……て訳で……どうだ? 心音?」
「うーん……」
俺が訊ね、心音は悩む。
まあ当然か。結奈さん達は俺と心音の家庭事情は知らないから、もし俺が知らない情報だったとしても既に聞いていたという事になり兼ねない。
なので何を言うのが正解なのか悩んでいるのだろう。
そんな俺達の考えに気付いたのか、鋭い喜美子さんが言葉を続けた。
「心音ちゃん……もし本当に居るなら、もし今日ずっと私達の近くに居たなら、今日の事を話してくれないかな? お兄さんが盗聴機を仕掛けた可能性はまだ残っているけど……「オイ」今日の事なら信憑性は高いかも……!」
俺の事は無視し、喜美子さんが提案を終えた。
“今日の事”か。確かにそれなら信憑性は高い。俺には今日のアリバイもあるからな……って、本当に容疑者側の思考になってるな……。
ともかく、俺が知る訳の無い事なら結奈さん、紗枝さん、喜美子さんの三人は信じやすいだろう。
フィクション世界の物分かりが異常に良い登場人物みたいな喜美子さんが居てくれて良かったよ。
「今日かぁ。いつもと変わらない日々だったなぁ。朝遅刻した人が居て……」
「朝遅刻した人が居た……とか?」
「それは当てずっぽうでも出来ますし、信憑性に欠けますよ」
「ハハ、だよな」
もっともな指摘。一先ず心音の言葉を反復するように返して行こう。そうすれば一つはあるかもしれないしな。
「あ、ユナっち達が泣いていた!」
「ユナっち……じゃなくて、結奈さん達が泣いていた……とか」
「そりゃあ……まあ……そうですよ……ここちーが亡くなってからまだ一週間も経ってませんし……」
「……っ」
これもまた信憑性には欠ける。しかも内容が内容なので少し気まずくなってしまった。
考えてみれば、いつもと変わらない日常の中で、予想の付かない事と被らない事を探す方が大変かもしれないな。
「心音。他には無いのか?」
「うーん……」
「心音ちゃん……」
「「ここちー……」」
頭を捻り、何なら身体を捻らせて考える。三人からも信じられないが“信じたい”と思う心は俺にも伝わってきた。
そう言や、霊体なのに脳とか機能しているんだよな。とことん不思議な感覚だ。
そんな事を考えていると、心音はハッと思い出したように声を発する。
「あ、花瓶の花が揺れた!」
「花瓶の花が揺れた? 「「「え!?」」」それこそよくある……って、え?」
花瓶の花。それが揺れたらしい。
そんなのは風が吹けば起こる事。しかし三人の反応は予想外に大きなものだった。
一体どういう事だよ……。
「こ、心音……ちゃん……」
「ここちーぃ……」
「うっ……ここちー……」
「え? え!? な、泣いて……ちょ、これって俺が悪いのか!?」
その言葉を聞いた瞬間、三人の目から涙が零れ、カラオケ部屋にて膝を着いて泣き崩れる。
それを見て慌てる俺に、片手で涙を拭いながら結奈さんと紗枝さん、喜美子さんが涙声で言葉を続けた。
「ううん。違うんです。お兄さん……」
「その……花瓶……ウチら今日、ここちーの事でそれを話してて……」
「私……風じゃない……別の何かで花が揺れた気がして……」
「……。成る程な……」
「グスッ……ユナっち……サエちん……きみこん……やっぱり気付いててくれたんだね……」
花瓶の花。それが不自然に揺れたらしい。
それは丁度心音の事を話している時に起こった事であり、三人は偶然だと思っていたみたいだが、心音の反応を見る限り本人が揺らしていたみたいだな。
てか、女子高生、3(4)人が泣いててその中心に居る俺って……この場を誰かに見られでもしたら……。
「ご注文のドリンクバーで……す……」
「……あ……」
ドアが開き、先程注文したドリンクバーを届けに来た女性店員さんが止まった。
……。ヤバいな。マズイな。ヤバズイな。しかも、よりによって女性店員。目の前には膝を着いて泣き崩れる女子高生。そして佇む男性。100%勘違いされる。
「ご注文の品、ここに置いておきます。では」
「あ、その……」
深くは言及せず、少し早い素振りでドリンクを置いてそそくさと退室した。
深く言わないのは日本人の良いところだな。面と向かって言われなければ俺自身のダメージは少ない。
「ここちー……」
「うぅ……」
「グスッ……」
「みんなぁ……会いたいよぉ……」
(どうすりゃいいんだよ!?)
ツッコミを入れたり、泣くのをやめろとは言えない。泣きたいのはこっちだよ……。
しかし、ここは男らしく、ビシッと決めて尊敬される兄になろう。
「えーと……取り敢えず良かったな。心音の事が分かって貰えて……そんな気分じゃないか」
駄目だ。モテ男じゃないから泣いている女性との接し方が分からない。てか、当の心音はもうこの世に居ないんだから良い訳が無かった。
女の人には悲しい時何をしてあげればいいんだ……? 俺に出来る事? 抱き締める……って、それは彼氏さんがやる事だ。
優しく諭す? その掛ける言葉が見つからないから困っているんだ。理屈じゃないのか? 俺が幼い時、怪我とかして泣いたら何をして貰ってた……いや、心音が泣いていた時、俺は……。
【──うえーん! お兄ちゃーん!】
【オイオイ。泣くなよ。心音。ほら、俺が居るから】
【グスッ……うん……】
「…………」
「「「…………」」」
抱き締めるまではいかない。それは知人のやる事じゃないからな。彼女達の彼氏さんの役目だ。今は誰も彼氏が居なくても、何れ優しく抱き締めてくれる人が見つかるかもしれない。
だから俺は、そっと優しく撫でた。
下手したらセクハラ。しかし、俺は結奈さん達の、友達の兄だ。兄なら泣いている妹を見過ごす訳が無いだろう。
なので俺は、異性とかではなく、幼い時の心音に接するよう、頭を優しく撫でる。……あれ、女性って髪を触られるの嫌じゃなかったっけ……。いや、今はそれを考えている場合じゃないな。
「……大丈夫だ。大丈夫。俺が居るからな!」
「お兄さん……」
「兄さん……」
「……」
「お兄ちゃん……」
そして、三人は俺に抱き付いた。心音も触れられないなりに俺の側に来る。
女子高生三人に抱き付かれているけど、不思議と俺自身の下心などは感じなかった。今の俺が思う事は、「泣き止んでくれて良かった」くらいだ。
何にせよ、三人と心音が落ち着いて良かったよ。
*****
「へへ……お兄さんに恥ずかしい姿見せちゃいましたね……」
「ウチ……彼氏にも涙は見せなかったのに……なんか彼氏より安心する……」
「こんなに泣いたの久し振りです。何だか安心しますね。心音ちゃんのお兄さん」
「でしょ! だから私、お兄ちゃんが好きなんだ!」
「ハハハ……心音はともかく、結奈さん達と出会った時間的には一日も経ってないからこれで正解だったのかは怪しいけどな」
カラオケのソファに座り、運ばれてきたドリンクを含みながら三人は照れ笑いを浮かべる。
取り敢えずその問題は解決したか。後は女性店員さんに弁明したいけど、それは置いておくか。
「それで……ここちーが今ここに居るのは分かったけど……お兄さんの話ってそれだけじゃありませんよね……」
「ああ、と言うか、ここからが本当の問題だ」
気を取り直し、改めて結奈さん達が俺に向き合った。
そう、本題はここから。一番の問題はまだまだ解決していないからな。
俺の言葉に結奈さん達は息を飲み、俺は続けた。
「心音を成仏させたいんだ」
「「……!」」
「やはりその様な問題でしたか……」
結奈さんと紗枝さんがピクリと反応を示し、喜美子さんは眼鏡をクイッと動かして分かっていたかのように話す。
ここまでの性格を分析するに、結奈さんはよく居る女の子。紗枝さんもよく居るギャル的な人。ただし幽霊は大の苦手。そして喜美子さんは推理小説やオカルト系全般が好きみたいだな。
まあ、理解している人が一人でも居るなら話はスムーズに進むか。
「と言うのも、それは俺と心音、二人の意見でな。心音自身も成仏はした方が良いって理解しているし、その為に俺は君達と話をしに来たんだ」
「成る程……ここちーが……」
「ここちー……」
「それで、その方法は分かっているのでしょうか……」
心音の存在を分かった。分かったからこそ、成仏したいという考えに少し思うところがある三人。
喜美子さんも話を進めようとはしているけど、声が震えているからな。心中お察しする。
「ああ。俺と心音が話し合った結果、よくある展開を予想して心音の未練を晴らそうって事になったんだ」
「ここちーの未練?」
「そう。心音は君達を気に掛けていたよ。自分のせいで君達が暗い顔をしているのが嫌なんだってさ」
「ちょっとー! そうだけど、ユナっち達の前ではあまり言わないで……なんか恥ずかしい。と言うか、お兄ちゃんも悲しい顔していたからって理由は飛ばしてるしー!」
「ハハ、悪いな。心音」
「またここちーと話してる……」
俺もその対象の一つだった事を、俺自身が隠した。
要するに未練を晴らしたいって訳だからな。心音の問題が解決したら自ずと俺も立ち直れるかもしれない。と言うか、心音の存在が見えるから調子は戻ったしな。心音には言わないけど。
「それでその未練の晴らし方だけど……何かいいアイデア無いかな?」
「うーん、どうでしょう。何となくここちーが居るって分かったからちょっと気分が晴れましたけど……根本的な部分が解決していませんしね」
「そもそもウチらここちーに会ってないし……」
「お兄さんがそうだったように心音ちゃんの家族も問題の一つでしょうし、私達だけじゃ難しいですね。けどこんな事私達以外に誰も信じないと思いますし……」
解決に乗り出そうとはしてくれている三人だが、心音が亡くなった事実は永遠に変わらないだろうし問題の根本的な解決には繋がらない。本当に難しい問題だ。
その時、備え付けの電話にコールが掛かってきた。コールが来るのは大体終了10分前だけど、もうそんな時間か。
「えーと、今日は切り上げようか。君達にも門限とかはあるだろうし、明日も平日だからね」
「そうですね。今回の話はまた今度にしましょう」
「うん、帰ろっか」
「では、私が出ますね」
そう言い、喜美子さんが電話に出て延長はしないと話を終わらせた。
俺達は部屋を出る準備をする。
「あ、ついでにここちーのお兄ちゃん連絡先交換しよ~」
「え?」
「あ、そうですね。ここちーは私達の友達なので今回の問題はみんなで解決したいですし」
「うん、賛成」
「みんな……ありがとー!」
女子高生と連絡先の交換。メールとかじゃなく連絡アプリだが、まさか俺にこんなイベントが降り掛かるとは。
それも心音が成仏するまで。しかし、確かにそうだな。だからこそ連絡を取り合う必要もある。
「オッケー、じゃ、はい。QRコードでいいよな」
「構いませんよ」
「おけ」
「はい」
そして三人に教えた。
その後俺達は部屋から出て借り物を返し、店の外に出る。女性店員さんには睨まれたが、結奈さん達が幽霊問題は出さずに上手く弁明してくれたので誤解は晴れた事だろう。
やれやれ……今日は夕方から波乱の連続だったな。
「じゃあね! ここちー! お兄さん!」
「またねー! ここちー! お兄ちゃん!」
「では。心音ちゃん。お兄さん」
「おー!」
「バイバーイ! みんなーっ! 大好きー!」
心音にとっては久し振りの挨拶。なので滅茶苦茶張り切って声を発していた。
聞こえていないのは本人も分かっているのだろうが、気分が大きく違うのだろう。
何はともあれ、結奈さん、紗枝さん、喜美子さん達三人に心音の存在は明かせた。
未練を晴らす為の行動。まずは一歩前進だな。