5話 自分の居ない学校
──やっほー!
私は不慮の事故で死んじゃった哀れな女子高生、悲劇のヒロインこと天月心音16歳! 気付いたら幽霊になって4日くらい!
お兄ちゃん以外に誰にも見られない私は、お兄ちゃんと別れた後で私の通う高校にやって来ましたー!
「コラ! 遅刻だぞ!」
「あ、すみませーん!」
「す、すみません!」
「……あ……ハハハ……私も挨拶しちゃった」
校門にやって来て教師が門番? 的な立ち位置で遅れた生徒を叱る。
ここに来たのは私以外にもう一人、私の姿は見えていないから私は挨拶する必要が無いのについついしちゃった。習慣って怖いねぇ。
そんな門を通過し、私は見慣れた校舎内に入った。
「静かだなぁ……まだ授業は始まっていないんだろうけど、ホームルームは始まっているからねぇ」
この姿になってから、自然と独り言が増えた気がする。
誰にも見えない聞かれない。だから問題は無いんだけど、多分これはそういうのじゃなくて……私自身が寂しいからだよねぇ。
自己分析は苦手じゃない。客観的に私自身を見る事も出来ていると思う。だからこそ独り言が多くなった理由が分かっちゃうなぁ。
「あ、私の教室だ」
そしてフワフワと進み、私自身の教室にやって来た。
幸い扉は空いていた。今の季節は夏だからね。ウチはまだ全教室冷房完備の学校じゃないし、夏の暑さは風で和らげている。私は暑さ感じないけど!
「それでは──」
先生が話す中、私は堂々と歩いて席に向かう。生前なら出来なかった事。悪目立ちしちゃうからねぇ。
そんな私の席は窓側一番奥。所謂主人公席。まあ、実際は日差しが直撃するからお肌に悪かったり暑かったりで大変だけど、今はもう関係無いね! ……うん、もう関係無いからね……。
「…………」
机に近付き、立ち竦んで小さく微笑むようにその机を眺める。何となく口元が緩んじゃった。別に何も嬉しくないし楽しくないのに。
机に入れられたままの椅子。上には花瓶。花の種類は……何だろうね。
私は本当に死んじゃったんだなって実感する。綺麗な花。軽く触って見るけど、当然すり抜けた。これならドアとかもすり抜けられると思うんだけどなぁ。微妙に痒い所に手が届かなくて不便。
なんかガラスというか結界というか、開いてないドアや扉をすり抜けようとすると弾かれちゃうんだよねぇ……。
「それでは、これでホームルームを終わります」
「……!」
ボーッと花瓶を眺めているとホームルームが終わった。
一時限目は教室での授業。準備の為に10分くらい空くかなー。そんな事を考えていると、私の机にユナっち達がやって来た。
あ、ユナっち達って言うのは私の友達。
ユナっちこと皐月結奈ちゃん。サエちんこと小宮山紗枝ちゃん。きみこんこと御門喜美子ちゃん。
それに私を加えた四人で一緒に行動する事が多かった。たぶん、親友って言える存在。私の、とても大切な友達……。
「……ここちー……もう来れないんだよね……」
「うん……何であの時……」
「ここちーのお兄さんも気にしないでって言ってくれたけど……」
「ユナっち……サエちん……きみこん……」
どうやら私の事を気に掛けてくれているみたい……。
少女漫画とかドロドロした学園ドラマだと“居なくなって清々した”的な悪口を言われる場面だけど……本当に仲良く思ってくれていたんだね……。
嬉しさと同時に寂しさが出てくる。目の前に居るのに、三人とはもう会えないんだね……。
「机と椅子があると……ただ休んでいるだけとか、遅刻しているだけに思えてくるね」
「うん。それ程ここちーの印象は強いから……」
「今にもウチらの後ろから驚かせて来そうだよねぇ」
軽く椅子を引き、私の事を話す。
確かに花瓶が置いてある事を除けば何も変わらない、普通の光景。私も出来る事なら三人を後ろから驚かせたいよ。三人のこんな顔、見たくないもん。
……あ、そうだ。椅子を引いてくれたし、形だけでも座ろっかな。
そう思い、私は椅子に座った。へえ、椅子は別にすり抜けないんだ。
「……えーと、よくさ、ここちーってね!」
「うん、凄いよね!」
「しかもウチらの誰よりもモテてたじゃん! 彼氏とか作んなかったけどさ!」
暗い雰囲気を払い除ける為にも三人は私の思い出話を明るく振る舞って行い、私はその話に耳を傾けながら椅子に座って花瓶の花をいじる。ちょっぴり寂しいかも。
あーあ……花……ちょっとでも揺れてくれないかな。それなら三人に私の存在を分かって貰えるのに……。そう思いながら、頬に手の平を当て、肘を着いてボーッとする。
外には夏特有の入道雲。窓は開いているけど、微風しか吹いていない。教室は暑そうだね。
私が居ない私の席を囲み、三人は話す今の光景。私が見えるお兄ちゃんが見ていたら、何気ない日常の一コマみたいな感じだったのかな。
「……あれ? 今その花……揺れなかった?」
「「「…………え?」」」
きみこんが花の方を見、私達三人は同時に声を上げる。
アハハ……こういう時って幽霊でもシンクロするんだ。
けど、花……揺れたかな?
「風じゃないの?」
「うん。少しだけど風吹いてるし……」
「うーん……何か不思議な揺れ方をしたように見えたんだよね……まるで誰かにつつかれているような……」
「「「……!」」」
きみこんの言葉に私達三人はまた同時に反応を示した。
もしかしてきみこんって霊感あるのかな? 私から見ても花は別に動いていないし……。
「もしかして……ここちー……?」
「そんな訳……幽霊とかあり得ないし……」
「わ、私の見間違いかも……!」
「アハハ……やっぱり幽霊は怖いんだ。基本的に強気なサエちんが一番怖がるんだね」
ユナっちが私の名前を読んで、サエちんが小さな声で話す。案じたきみこんは慌てて自分の意見を撤廃した。そんな三人のやり取りに私は苦笑を浮かべる。
私だとしても幽霊はダメかー。何かそれは悲しいかも。……そう言えば、何で幽霊って怖いんだろうね。
未練が残った存在だから生きてる人を呪うとか色々理由はあるけど、潜在的に怖がるのはなんでだろう。見えていないのに……見えていないから怖いのかな? 幽霊になってみて思ったけど、私別に幽霊怖くなかったかも。
「けどさ、幽霊だとしてもここちーに会えるなら会いたくない?」
「……!」
考えていると、ユナっちが嬉しい事を言ってくれた。
私に会えるなら会いたい。本人の居ない所で良く言う人は信頼出来るって言うけど、やっぱりユナっちは信頼出来るね。もちろんサエちんやきみこんも凄く信頼しているけど。
ユナっちの言葉に二人は返した。
「幽霊は怖いけど……確かにここちーなら会いたいかも……」
「うん……私達を恨んでたり呪ったりしなければ……」
「そんな事しないよー!」
きみこんの言葉に思わずツッコミを入れちゃった。
実際、未練はあるけど誰も恨んではいないもん。けど、そうじゃないなら会いたい。私はその条件に当てはまっている……私も今目の前で話しているみんなに会いたいな……。
「授業始めるぞー。席に着けー」
「あ、始まっちゃった」
「じゃ、後でね」
「うん」
一時限目の先生がやって来て、慌てたユナっち達は私の席の椅子を戻さず自分の席に着いた。
逆に良かったかな。主人公席と言っても隅の方の席だし、そこまで大きく引いてはいない。教室を彷徨くタイプの先生でも、余程細かい人じゃなければ直さないだろうし、せっかくだから私も授業受けちゃおっかな。
授業は基本的に好きじゃないけど、何となくみんなと一緒に居られる感じになるからね。絶対に指名はされないんだけど。
「それじゃ42ページ開けー」
そして、いつものように授業が始まった。
ページ……教科書無いなー。隣の人に見せて貰おっと。
私の住む国、私の住む県。私の通う学校で、私が居ない今日が始まった。
*****
「じゃあね~」
「バイバーイ!」
それから七時間、まあ実際は八、九時間後だけど、それくらいの時間が経過し、挨拶が飛び交う夕方の校門にてお兄ちゃんを待つ。
来るかなーやっぱり来ないかなー。どっちだろうね。滅茶苦茶ビビっていたし……私が思うのもアレだけど異性交友の経験少ないみたいだし……。その辺は兄妹だなぁって思ってみたり。
まあ、別に私はお兄ちゃん程異性と話すのが怖い訳じゃないんだよね。
取り敢えず、ユナっち達を見張りつつお兄ちゃんが来るのをのんびり待とっかな。
「ユナっち達の様子見てみよ」
フワフワ浮かび、フワフワ移動してユナっち達の元に向かう。
生きている時より移動が楽なのは良いよねぇ。鳥みたく羽ばたく必要も無いし、私の体は意思の集合体みたいな感じだからあそこに行こうって思ったら自動的に進む感じ。
「サエちん。大丈夫?」
「うん。終わったよー」
「きみこんはー?」
「大丈夫ー」
教室に来てみたら三人は、夕焼けが差し込む教室で丁度帰りの準備をしていた。
私の机に置かれた花瓶に夕日が当たる光景。なんか絵になるねぇ。
今日は部活も早く終わったからね。教室に置いていた荷物を取りに戻った時間って感じかな。カバンとかは部室まで持ってくけど、他にも色々と荷物はあるの。
準備を終え、三人は廊下に出た。まだ部活をしている人達も居るから、外から運動部の声や学内では吹奏楽部の楽器の音も聞こえる。けど、遠くから微かに聞こえるだけで基本的には静かな放課後の廊下って感じかな。
「夕方の廊下って少し不気味だよねぇ」
「うん……何かお化けとか出そう……」
「この学校じゃ七不思議とかも聞かないから大丈夫じゃないかな」
「じゃあ私が七不思議の一つになってみようかな~なんてね」
薄暗く、不気味な面持ちの廊下。ユナっち達は少し怖い的な話をしていた。
私もしれっと混ざってみたけど、
「七不思議かぁ。確かにこの学校には噂程度にも無いよねぇ」
「まだ新しいからかな?」
「やめてよ……」
当然、それに対する反応は無し。
何か夕方とか学校とか、不思議な雰囲気な時間帯は幽霊とかを見やすくなるって聞くけど、そんな事は無いみたい。
「「「…………」」」
あーあ、つまんないなー。せっかく普段は強気なギャルって感じのサエちんが怖がっているんだから驚かせてみたいのに。
「うらめしやー!」
「それじゃ、話変えようか? 何にする?」
「食べちゃうぞー!」
「んー……せっかく今日は帰りが早いから、どこか寄ってく?」
「じゃあカラオケー!」
「遅くなるならお母さんに連絡しなくちゃ」
「…………」
……虚しいね。
幽霊ってやっぱり孤独。何を言っても聞こえないし、私が居ないで仲良しな三人が盛り上がっているのも複雑な気分。
自意識過剰なのかな。ううん。別に私が居なくても盛り上がる……盛り上がるだけなら良いんだけど……。
「「「…………」」」
「うぅ……」
たまに入る沈黙が気まずい……。
いつもならそのまま会話が続くんだけど、やっぱり三人にも思う事があるみたい。
幽霊が通る時は静かになるって言うけど、それとはまた違った静寂。ただの自意識過剰や思い違いだったらいいけど、私が原因だよね……多分。
「ここちー……何してるかな……」
「何って……天国なんじゃない?」
「あ……つい普通の病欠みたいな感じで話しちゃった……」
「天国なら楽しく過ごせているのかな……」
「残念。全然楽しくないよ! そもそも天国じゃないし!」
天国、行けるのかなぁ。そもそもあるのかな。幽霊が居るんだからあってもおかしくないけど、逆に幽霊が居るから無い可能性もあるよね。
まあ、その辺は宗教関係者がテキトーに考えてればいいか。生前の私は信じない側だったし。
「やっぱり帰ろっか……」
「そうだね……なんか遊ぶ気にもなれないし……」
「うん……」
あー……ユナっち達完全に意気消沈しちゃった。
やっぱりこんな寂しそうなユナっち達見たくないよ。
だけど幽霊の私には成す術無く校門まで来ちゃった。
「──えーと……君達……心音の友人だよな? 一緒に居るし……」
「「「……?」」」
「……!」
そんな時、救いの手が差し掛かった。
不馴れな感じでユナっち達に話し掛けるのはお兄ちゃん。
良かった。間に合った! うん。少し希望が見えてきたかも!