3話 未練
「さて……何でこうなったんだろうなぁ」
「何でだろうねぇ~」
自室のベッドの上。仰向けで横になり、フワフワ浮かんで俺を見下ろす心音を見て話す。
スカートのある制服姿なので見上げる形になるのは問題かもしれないが、心音は空中で横になっているのでその辺の心配も無さそうだ。
「というか、最初からの事だけど何で心音は制服姿なんだ? 幽霊は基本的に白装束。作品によっては生前で一番イメージに合う格好とかだったりするけど、どんな理屈で制服なんだよ」
「えー、それなら裸とかの方が良かったの? お兄ちゃんのエッチー」
「何でそうなる。純粋な疑問だよ」
毎回ペースが狂うな。元々の明るい性格に死後補正的な解放感が加わってとんでもない発言もしている。
今はまだかなり仲が良い兄妹ならしそうな許容範囲内の会話だけど、とにかく冷静にあしらうか。
「私の格好ねぇ。ふふん、実は~……自由自在なんだー!」
「へえー」
心音はイタズラっぽい笑みを浮かべ、ウキウキしながら言葉を返した。
自由自在か。確かに幽霊の服ってイメージ出来ないからな。魂だけの存在がどうやって着るんだって疑問に直結する事柄。それなら魂の形でも変化させて衣服を自由自在に変えられる方が納得は出来る。
しかし心音は不満そうに言葉を続けた。
「ちょっとー。反応薄ーい! もうちょっと驚いてよー!」
どうやら俺の反応が気に食わなかった様子。あのイタズラっぽい笑み。ドッキリやサプライズの反応を待つ感じだったのか。
「と言われてもな。制服以外の姿を見た訳じゃないからどうとも言えないや」
「それなら今から見せるよ!」
そう言い、心音はクルンと回転。同時に一瞬だけ制服が消え、次の瞬間には別の服。帽子にシンプルなシャツにショートパンツと言う、可愛さよりも動きやすさを重視した心音の私服姿になっていた。
「どう? 凄いでしょ! 衣服その物を変化させているから一瞬だけ裸になっちゃうけど、凄い早着替えが出来るんだ!」
胸を張り、ドヤ顔で話す。
まあ、確かに凄いな。服を買う必要がないのは便利だ。
「そりゃすごいな」
「相変わらず反応薄ーい! 妹とは言え、女の子が一瞬だけ裸になったんだよ? 何の反応もしないのー? お兄ちゃん他の女の子の裸体、見た事無いでしょ!」
「余計なお世話だ。女性とは言え妹。実の妹で興奮するかよ」
「またまた~」
「何がだよ……」
もうちょっと大きなリアクションを期待していたみたいだな。
それにしても、何か本当に滅茶苦茶明るいな。色々解放されたって言っていたけど、これが本当の素なら逆に怖いぞ。
「なんだかな……心音って確かに明るい方だとは思うけど、友達の前とかではこんな感じだったのか? さっきから反応が大袈裟過ぎるぞ」
「……ぇ……。えーと……」
俺の質問に、思わぬ反応。なんだか傷心的な感じ。
……それなりに訳ありって事か。
心音は言葉を続けた。
「だって……寂しかったんだもん。ついさっき、お兄ちゃんに見て貰えるまで誰にも見えなかったんだよ……友達にも……お兄ちゃんを含めた家族にも……お医者さんとか通行人とか、誰にも見て貰えない。同じ幽霊仲間も見つからないし……本当にこの世界に私一人だけだったんだもん……下手したら寂し過ぎて怨霊とか悪霊になっていたかも! ……だから私と目が合った時本当に嬉しかった。……お兄ちゃんだけが今の私にとっての唯一なの……!」
「……。成る程な」
心音の、大袈裟過ぎる明るさ。それは誰にも見られない寂しさから……か。
その辺も納得出来るかもしれないな。実際、生きているうちは誰にも見て貰えなくても良いって思うかもしれないけど、自分が死んだ事を理解した上でのそんな状況。確かに精神的にキツいかもな。
親しい仲から初対面のコンビニ店員まで、昨日まで話していた人達全員から無視されるんだ。その寂しさはちょっと想像出来ない。
「……分かったよ。ちょっと大袈裟だけど、これからは流さないで話を聞いてやる。一応兄だからな。妹が困っているなら少しは力を貸すよ」
「本当! ありがとう! お兄ちゃん!」
さっきまでの暗くて重い、イメージ通りの幽霊みたいな様子から一変、明るい心音に戻った。
怨霊とか悪霊とかになる条件は分からないし、本当にそんな存在が居るのかも分からないけど、そうなる可能性を考えてちゃんと相手にした方が良いのかもしれないな。……それに、俺としても亡くなった筈の妹と話せるのは嬉しい方に入る。
「さて、取り敢えず俺の妄想とかじゃなく、本物の心音って事にしておこう。それを踏まえた上で聞くけど……心音は成仏とかしたいのか?」
それを考えた上で、心音がそうなりたいのかを訊ねた。
かなり寂しいみたいだし、もし輪廻転生とかあるならさっさと成仏して生まれ変わった方が本人にとっても良いだろうからな。
心音はフワフワと漂い、目を閉じて腕を組みながら思案する。
「うーん……今のところあの世に逝く感覚とかは無いからなぁ。出来る事なら成仏とかした方が良いんだろうけど……今の私じゃ無理みたい」
「そうか。よくある設定なら未練とかそう言うモノを晴らせばいいんだけど……心当たりはあるか?」
どうやら心音はそれが難しい様子。
なので俺は成仏する為の条件になりそうな事を訊ね、心音はまた思案する。
「心当たりねぇ。友達が心配だったりお兄ちゃん達家族が心配だったり……私が死んじゃった事で悪い方向に行った事は解決したいかなぁ」
「成る程。確かに周りが暗い雰囲気なのはちょっと気になるかもな。心音の性格なら尚更だ。……自分の所為で周りが重くなってるとか思っているんだろ?」
「だって……本当にそうだもん……。あんなに楽しそうだった皆が寂しそう……ただ私が自意識過剰なだけだったら良かったんだけどね……」
「分かってるよ。それを解決するのが俺の役目だ」
「お兄ちゃん……」
心音は優しい。明るいって言う性格は周りを和ませたり楽しませて良い雰囲気を作りたいという心情からなる事だからな。
だからこそ、この数日間で崩れたモノを戻したいのだろう。割とよくある未練かもしれない。
まあ、別に周りがそれによって不仲になったりギスギスしている訳じゃないからそれだけなら解決は早そうだけど……本当にそれだけなのか。
「……他に何か未練っぽいものはあるか? 亡くなった事には気付いているから、何が起こったのか分からなくて彷徨っている訳じゃないし……」
「うーん……どうだろう。とにかく今は皆が心配ってだけかな。これを解決して成仏出来なかったらまた考えてみるよ!」
「そうか」
心音の未練。それは一応、あるにはあるが何となくそれだけじゃない気がする。ただの勘。思い過ごしならそれで良いんだけどな。
取り敢えず明日、色々と動いてみるか。両親はともかく、心音の友人達が気になるな。多分葬式で話し掛けてきた子達が未練の一つ。あれ以降……っても昨日今日の間柄だけど会っていないからな。俺と心音は違う学校……そもそも大学と高校で全くの別物だけど、行けない距離ではない。
しかしまあ、そこで話し掛けるのもちょっと気になるな。性別的な部分からして。そもそも他校の女子生徒と話すってのが問題だ。……それでもやるしかないか。協力するって言ったしな。それが心音の為だ。
取り敢えず今日は身を休めよう。俺は心音に風呂に行くと言い、部屋から出た。
*****
「ふぅ……」
湯船に浸かり、今後の事を考える。
一先ずは心音の未練を晴らすのが先決だが、俺がどの様な行動に出るべきかも重要だ。
友人や家族に心音の事を話しても信じて貰える訳が無いだろうし、まずはどんな風に寂しさを乗り越えさせるか。
「お兄ちゃん考え中~?」
「ああ、まあな。そもそも根本的な未練が分からないから何とも……」
「そうなんだ。大変だねぇ」
俺が思考を巡らせ、ボーッと思考を行う。が、ちょっと待て。
「……何で居んの? つか、どこから入った」
「隙間からかなぁ? あまり狭すぎると通れないけど、ちょっとした隙間なら抜けられるよ!」
「ゴキブリかよ……」
「ちょっとそれは酷過ぎ! もっと可愛く例えて!」
「ゴキ男君に恋い焦がれるリボンを着けたゴキ子ちゃん」
「本体を可愛くしないで! と言うか可愛くない!」
幽霊なので、分からなくもない。どうやら壁抜けは得意技らしい。
まあ、妹に裸見られたくらいじゃ恥ずかしくはないし、そもそも湯船と煙で身体自体隠れているから平気だ。
「お風呂、気持ち良さそうだねぇ。しばらく入って無かったし、私も入っちゃお!」
「っておい」
裸体の妹が入ってくる事を除けば。
いつもの制服を脱ぎ、と言うか消し去り、その姿を露にして入って来た。
兄妹とは言え、はっちゃけ過ぎだろ……。羞恥心を命と一緒に失ったのかよ。
「別に良いじゃーん! だって私の裸見ても興奮しないんでしょう? したところで触れないけどね! それに、昔はよく一緒に洗いっことかしたじゃん!」
「昔って、本当に昔だろ。まだ二桁年齢にもなっていなかった時だぞ……10年くらい前だ」
「年齢重ねても血の繋がりは変わらないもーん」
心音は俺に重なる形で座る。重なると言っても俺の身体に重なるのではなく、膝に座るような形。
幽霊だから質量は無いけど、何となく重なっている場所が肌寒いな。これも幽霊特有の感覚的なものなのか。
「風呂に入るってもな。温度とかは感じないだろうし、今はどんな状態なんだ?」
「うーん……何とも言えないかなぁ。フワフワしている感じでもないし、もちろん質量を感じる訳でもないし……温度も何も感じないかなぁ」
「ますます入る意味が無いだろ……」
曰く、何も感じないとの事。
いや、幽霊なので当たり前だが、床とか扉などをすり抜けたりは出来ないのにお湯を感じる事が出来ないってのも変な話だ。
「だってお兄ちゃんが唯一私を見える人だもん。一緒に居たいのが心境だよ。お兄ちゃんも幽霊になってみたら分かる感覚だと思うよ?」
「幽霊になってみるのも良いけど、なるべく穏やかに死にたいな」
幽霊になってみたら分かる、か。
実際、なってみたい気もするけど、穏やかに死にたい気もする。難しい話だな。
心音は俺の返答に少しムッとして返した。
「それって、成仏出来ない私への当て付け~?」
「いや、そう言う訳じゃないんだ。ある程度は好奇心も優先されるって感じだ……そう言や、食欲とか睡眠欲とか人の欲求的なのは感じないのか?」
確かに成仏出来ない心音に対して少し失礼な返答だった。なので話を逸らし、食欲などの方向に転換させる。そして俺自身は一度湯船から上がり、頭や身体を洗う事にした。作法じゃ入る前に洗うらしいけどな。取り敢えず頭の混乱を無くしたいから入浴を先に行ってしまった。
心音は少し考え、自分の身体を見て返した。
「うーん、今のところ無いかなぁ。お腹も空かないし眠くもない……エッチもしたくない……したこと無いけど。人間の三大欲求は無くなっちゃってるねぇ。喜怒哀楽はあるんだけど」
「何か余計な言葉も聞こえた気がしたけど、取り敢えず喜怒哀楽以外は何もないのか。まあ、喜怒哀楽があるってのも内臓が機能していない幽霊の性質的に変なんだけど」
「けど心霊番組の幽霊は基本的に悲しんでいたり救いを求めてたりしてるって、霊能者が言ってるよー?」
「それが本当かも分からないからな。心音を連れて寺とかに行っても分かるか怪しいし。まあ、悩みを解決せずに無理矢理成仏させる事になりそうだからやらないけど」
「さっすがお兄ちゃん。気が利くねぇ」
感情以外は何も感じない様子の心音。
一先ず住職とかに相談するつもりはない。まだ何も起きていないからな。
専門家には心音が悪霊とかになったら相談するとしようか。
「一先ず今日はのんびり過ごすか。何も出来ないし。明日以降に心音の友人達と話さなきゃならないのはかなり緊張するけど」
「ユナっち達は良い人だよ~。多分お兄ちゃんとも仲良くなれるんじゃないかな?」
「……まあ、良い人なのは分かるかな」
心音の葬式に来ていた彼女達。
確か、皐月結奈さんに小宮山紗枝さんと御門喜美子さん。わざわざ俺に話し掛けて来てくれたからな。良い人なのは分かっている。
多分その光景を心音も見ていただろうけど、それについては言わない方が良いだろう。
友達を悲しませたくないと言っている心音が泣いている友人を見た時の心境は計り知れないからな。野暮な事だ。
「だよねぇ。あ、ユナっち達は誰も彼氏居ないよ~。ユナっちときみこんは元々居なくて、サエちんは最近別れたんだって」
「……。それを俺に言ってどうする」
「お兄ちゃんなら良いかな~って」
「それを決めるのは俺じゃなくて彼女達だろ……そもそも初めて会ったのは葬式の時で、名前くらいしか知らない仲だぞ」
「世界中の夫婦は全員、初対面の時は名前しか知らなかったから大丈夫!」
「なんだその同じ人間だから大丈夫みたいな理論は。そう上手くいくもんじゃないだろ」
頭と身体を洗い、再び湯船に浸かって心音の言葉に返す。
妹とは言え異性。なるべく心音の身体は見ないようにしているけど、やっぱり落ち着かないな。なので平静を装って普通に会話する。
「その辺は気合いだよ! あ、私の身体も洗って~!」
「……っ。洗えないだろ。触れないんだから」
「触れたら洗ってくれたの?」
「さあ、どうだろうな」
心音の背中は流さないが、言葉は流すように返す。
もしも生前、そんな機会があったら俺はどんな行動に出ていたんだろうな。まあ、案外今の調子と変わらないだろう。兄妹だし、別に変じゃない。
「んじゃ、そろそろ上がるか」
「もう、結局反応してくれなかった!」
心音が謎に文句を言い、頬を膨らませる。
ふっ、俺は冷静だ。死んだ筈の心音が居る時点で変だからな。もう大抵の事には動じない事だろう。実は滅茶苦茶緊張していたが、バレなければ問題無い。
「……あ……」
「あ! お兄ちゃん!?」
なるべく心音を見ないように進み、足を滑らせて転んだ。
やっぱり表面にはどうしても出てしまうか。けど、心音的には心配の方が優先されたらしい。
動揺がバレなかったのは良いとして、どこまでも格好は付かない俺だった。