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2話 存在しない妹

「──悪霊退散! 悪霊退散! 南無妙法蓮華経! 南無阿弥陀仏! えーと……他のお経は……般若心経はどんなんだったっけ……そ、そうだ! 盛り塩! 確か帰って来た時の塩がまだ……」


「ちょっと! 人を怨念とかそういう感じで扱わないでよ! 別に祟ったり取り憑いたりしないから! うらめしやとかも言ってないでしょ!?」


「……!」


 現れた、存在しない。存在しなくなった筈の妹。

 俺は困惑と混乱が入り交じり、錯乱して色々と策を講じる。

 しかし心音の言葉によって止められ、少しは冷静になった。

 俺は立ち上がり、先程まで寄り掛かっていた学習机の椅子に座り、ベッドの上に乗る心音へ向き直る。


「……えーと……本当に心音か?」

「そうだよ。天月心音。この家の長女! 兼、お兄ちゃんの妹!」

「何で居んの?」

「分かんなーい」


 二つ質問をし、一つには返したがもう一つは分からないらしい。

 何だこれ? 現実か? まだ夢でも見てるんじゃないか? 実際、心音の事で色々あったから夢に出てくる事くらい何も不思議じゃないけど。


「夢にしては実感があるな。明晰夢ってやつか」


「夢じゃなーい! 私はちゃんとお兄ちゃんの近くに居るよ!」


「幽霊にそう言われるとゾッとするな……お寺にでも行くか……」


「だから、別に取り憑いたり不幸撒き散らしたりしないって! 現に今何もしてないでしょ?」


「確かにそうだけど……幽霊って側に居るだけで不幸事を持ち込むとか言うだろ?」


「それは分からないけど、今は別に何も起こってないでしょー?」


 駄目だ。何か変だ。何かは分からないけど、今の状況が色々とおかしい事だけは分かる。

 そもそも目の前に心音が居る事自体がずっと変だ。


「とうとう本格的に精神が病んだのか……存在しない妹と話しているって……目の前の心音の言葉を含めてこれ全部俺の独り言とか妄想か?」


「そんな事無いよ。お兄ちゃんは正常。私が目の前に居るだけだって!」


「いや、だからそれがおかしいんだよ」


 どうも納得いかない。幽霊なんて非現実的なもの、居る筈が無いからな。

 もし想像上の幽霊が居たとしたら、この地球に居る時点で自転によって遥か彼方に吹き飛ぶ筈。想像上の幽霊は俺達が干渉出来ないからな。重力の影響を受けないなら留まる事が出来る筈もない。現に心音も若干浮いている。物理的に。幽霊に物理的ってのも変だな。

 取り敢えずそう考えると、イマジナリーフレンドとかタルパとか、存在しないもう一つの存在という事の方がしっくりくる。


「死んだ妹が幻覚的な存在だとしても現れるって……もしかして俺って重度のシスコンだったのか?」


「幻覚じゃないって! あ、けど私は割とブラコン気味だったよー。生前は恥ずかしいから素っ気ない態度を取っちゃっていたけど、お兄ちゃん大好きだもん!」


「……。俺にとって都合の良い思考回路をしているな……やっぱり俺が作り出した幻覚的なやつか。そもそもお兄ちゃんじゃなく、兄貴とか兄さんとか、何なら呼び捨てとかそんな感じの言い方だったしな」


「だから違うってば! 死んじゃったから色々解放されて自分に正直になっただけ!」


 元々心音は明るい性格だったが、ここまで俺と親しい感じではなかった。

 不仲って訳じゃなく、連絡とかも割と取る方ではあるけど、面と向かって言うのは違和感がある。


「もう! 何をすれば私って信じてくれるの!?」


「何をすれば……って言われてもな。霊体だし質問に応える事以外何も出来ないんじゃないか? 俺の妄想の妹って事を考えれば、俺が知らない事を話すとか」


「お兄ちゃんの知らない事かぁ。私のスリーサイズくらいは知っているよねぇ」


「そんなの知るかよ! 俺はどんな変態だ!」


「あ、じゃあ私は上からバストが87で……」

「いや、いい。言わなくていい! 流石に妹のスリーサイズを知るのは変だ! いや、妹だけじゃなく他人のスリーサイズを知る理由が無い!」


 本当に言いそうになり、俺は慌てて止めた。

 妹のスリーサイズなんて分からないし、別に知りたくもない。けど、心音って意外とあったんだな……って、実の妹に何を考えているんだ。気持ち悪い。自分で自分に嫌気が差しそうだ。


「そんな事知らないし……まさか本当に心音なのか……?」

「だからそうって言っているじゃーん」

「うーん……確かに実際に触れる事は出来ないが……」

「アハハ、けど何か少しくすぐったいよ~」


 目の前の状況が信じられない。試しに心音に触れようと頭を撫でるが、ホログラムのように触れる事は出来ない。

 けど、電波的なモノを発しているのかちょっとした静電気みたいな感覚はあるな。心音もほんのりとくすぐったいらしい。


「はぁ……精神科……行ってみるか」


「だから違うってば! これで違う発言4回目! 日本と中国じゃ不吉な数字! さっきよりは信じてくれたでしょ!?」


「まあ……そうかもだけど、色々と腑に落ちないんだよ」


「えー?」


 俺が知らない心音の情報を知っている目の前の、本物の可能性が少しはある幻覚。

 心音は何とかして俺に自分の存在を信じさせようとしているが、生まれてこの方幽霊とか見た事無いし、心霊体験をした事もない。信じる事は難しいだろう。

 そりゃまだ小さい頃は幽霊とかお化けとか怖かったけど、今はもうそんな事も無く、何かしらの理由を付けてこの世に存在して居るものと思いたかった。

 そんな事を考えていると、部屋の扉がノックされる。


「優真。夕飯出来たよ」

「あ、分かった」


 どうやら夕飯が出来たらしい。時間は午後8時くらい。

 なんやかんや30分くらいしか寝ていないな。これなら夜眠れなくなる事も無さそうだ。


「そう言えば、本当にお前が心音だとして、心音って俺以外に見えているのか?」


「私は私だよ。それと、見えていないと思うよ? ここに来るまで大通りとか通ったけど、誰も私の事見えてなかったし。お葬式にも参列したからねぇ」


「へえ……って、自分の葬式に参列したのかよ。自分の死に顔見てどんな感想を抱いたんだ?」


「別にー? みんなを悲しませちゃって悪いなぁって感じかな。あ、でもずっと目を閉じているから、鏡を見ているのとは結構違ったかも。不思議な感じではあったかな」


「質問してあれだけど、まさか亡くなった側からそんな話が聞けるなんてな……」


 どうやら心音は俺以外に見えないらしい。それのみならず、葬式にまで参加していたとの事。

 けど変だな。葬式場で俺は心音の姿を見ていない。いや、見ていたと言えば見ていたが、こんな風に明るく話すいつもの心音を見た訳じゃない。ずっと眠っていた。急に見れるようになった訳だ。


「……駄目だ。考えていても埒が明かない。腹も減っているし、さっさと夕飯を食べるか」


「お兄ちゃん、ほとんど何も食べていなかったもんねぇ」


「……まあ、色々あったからな。と言うかお前、そこまで見ていたのかよ」


「まあね~」


 どこから俺の事を観察していたのか。気になるが聞かないでおくか。

 取り敢えず今は夕飯だ夕飯。部屋のドアに手を掛け、出て行く途中俺は改めて心音の方を見た。


「心音は行くか? と言うか、どうやってこの部屋に入ったんだ?」


「えへへ。私、人はすり抜けられるけど物とかはすり抜けられないんだ。床から落ちたりはしないんだけどね。だからお兄ちゃんが部屋に入った時一緒にねー」


「オイオイ……そんな前から居たのかよ……」


「うん、嬉しかったよ♪」


「嬉しい? 何が?」


「あ、えーと……ふふ、ナイショかな♪」

「なんだよ……」


 何となく聞いてみた事だが、少しよそよそしい反応だな。俺、何か失態していたか? ……考えるのはそう。変な所を見られていたら恥ずかしいからな。


「それと、私もお母さん達に会いに行くよー!」


「変なやつ。分かった。じゃあ、取り敢えず、家のドアはなるべく開けっ放しにしておくよ。二階だけど、二階くらいの高さなら浮いて行けるみたいだから、この部屋の窓を開けてれば心音も入れるだろうしな。別に誰も文句は言わないからな」


「本当!? ありがとう! お兄ちゃん大好き!」


「改めて言われると恥ずかしいな……」


 ドアが開いていなければ家の出入りも叶わない。中々大変だな、幽霊も。心音の喜び方も分かる気がするよ。当然自動ドアも反応しないだろうし、本当にただ周囲を見ながら彷徨さまよう事しか出来ないって事だからな。

 フィクションじゃ念力的な力で扉を開けたりしているけど、現実ではそうもいかないみたいだ。

 とにかく俺は、心音と共に一階へと降りて行く。



*****



「…………」

「…………」


「……っ」


 そしてリビングにて行われる食事は、カチャカチャと時折食器の音だけが響く、かなり気まずい沈黙が流れるものだった。

 まあ、心音が亡くなって数日。葬式が行われたのは今日。当然と言えば当然の事である。

 俺はなんか心音が見えるようになったから別にいつもと同じ調子に戻っていたが、見えない両親が無言なのは仕方無い事なのかもしれない。


「何か気まずいねぇ」

「…………」


 お前が死んだからだよとツッコミたいが、流石に今は心音と話せない。今度は俺が精神科を勧められるだろうからな。

 色々と言いたいこともあるけど、それは夕食後でいいだろう。


「あ、そっか。ここで私と話しちゃうとお兄ちゃん変人扱いされるから話せないのかぁ。お父さんとお母さんには見えていないみたいだし……あーあ、寂しいなー、寂しいなー。うっさぎは~寂しいと死んじゃうけど~幽霊になったらもっともーっと寂しいよ~」


「……」


 謎の歌を歌い、フワフワと食卓の宙を舞う心音。シュールな光景だ。

 よくフィクションの幽霊が寂しがったりしているのは今の心音みたいな心境って訳か? そもそも心境があるのか分からない。内臓なんて機能していないだろうし、脳も働いていない筈だから思考も出来ないよな普通。

 けど心音は普通に感情がある。幽霊の内部構造的なものが気になってきたな……。変な観点だ。


「別に私が居なくなったくらいで静かにならなくても良いのに~。修学旅行とかお泊まりとかで家を空ける事もあった筈だけど、その時もこんなお通夜みたいな静けさだったの~?」


 実際にお通夜みたいな感じだからな。

 修学旅行とかとはまた勝手が違う。今は帰ってくる事を分かりきっている、“家にだけ存在しない”という事じゃなく、永遠に帰って来ないって意味だからな。

 今はまだお盆じゃないのに帰って来てるけど。


「やっぱりお父さんとお母さんにも私は見えていないのかぁ……本当に何でお兄ちゃんだけなんだろうね」


「……」


 フワフワと浮き、両親の前を何度も横切る。

 それについては俺も同じ事を疑問に思っていた。俺が精神病を患っていないなら何故俺にだけ心音の姿が見えるのか。

 波長が合うとか急に霊感が目覚めたとか、無理矢理にでも理由を付ければ色々と候補は挙がるが、どれも決定的じゃない。謎だな。本格ミステリーだ。この謎ばかりはホームズさん家のシャーロック君も解けないだろうな。


「ごちそうさま」

「食べてないけどごちそうさま~」


 何はともあれ、こんな気まずい雰囲気の中で長居はしたくない。掛ける言葉も見つからないからな……。

 二人を残すのもそれはそれで問題かもしれないし、気休め程度だとしても俺が居た方が良いかもしれないけど、生憎あいにく俺の精神力はそんなに強くない。

 心音と共にその場を去り、自室へと戻った。一旦、改めて今回の事をまとめておくか。

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