日本にて
2025年8月24日。
異世界から戻ってきた、翌日のお昼過ぎ。
紫苑は、スマホを片手に、人がそこそこ多い駅の改札口の前に立っていた。
大きな柱に寄り掛かって見ているのは、データ移行したはずの異世界の写真や動画なのだが……。
(……やっぱり消えてるか)
紫苑は肩を落とした。
一晩経って、デジカメを見たところ、なんと半分以上の画像と動画が消えていたのだ。
慌てて残ったデータを色々な所にコピーして避難させたのだが、それも次々と消えていき、残っているのは、最後に取った集合画像のみ。
異世界から持ち込んだものも、そのほとんどが消失。
残っていたのは、最後にみんながプレゼントしてくれたカフスボタンだけだった。
(なんか落ち込むな……)
大切な思い出が消えた気がして、凹む紫苑。
すると、正面から「お待たせ」という声が聞こえてきた。
紫苑が顔を上げると、そこには頬を上気させた柚子胡椒が立っていた。
「お待たせ。シオン。久し振りだね」
ポニーテールに、白い半そでブラウス、ジーンズ地の短めパンツ。
足にはサンダルを履き、背中に小さなリュックサックを背負っている。
紫苑は、「久し振り」と言いながら、思わず口元を押さえて横を向いた。
(ヤバイ。かわいい!)
久々に見る柚子胡椒の可愛らしさに密かにもだえる紫苑。
柚子胡椒は心配そうな顔をした
「シオン、さっき暗い顏してたけど大丈夫? 何かあった?」
「いや。大したことじゃないんだけど、昨日みんなに見せたデータが朝見たら消えてさ」
「え! そうなの?」
「……うん。まあ、それで、ちょっと落ち込んでたというか」
そっかあ、それはショックだね、と、呟く柚子胡椒。
「記憶は? 記憶は大丈夫?」
「ああ。記憶はちゃんと残ってる」
柚子胡椒がホッとしたような顔で微笑んだ。
「そっか。それなら安心だね」
紫苑はきょとんとした顔で柚子胡椒を見た。
(そうだ、覚えてればいいんだ。写真や物がなくたって思い出せる)
全てが消えた訳ではないことに気が付き、少し元気になる紫苑。
そんな紫苑を、柚子胡椒は首を傾げながらしげしげとながめた。
「……シオン、なんか変わった気がする」
「え? そう?」
「うん。雰囲気が変わった。自分でも感じない?」
柚子胡椒に問われ、紫苑は考え込んだ。
そう言われてみれば、なんか違うかもしれない。
「言われてみればだけど、前よりも周りの目が気にならなくなった気がする」
「前は気になってたの?」
「うん。陰キャだと思われてるんじゃないかとか、変なヤツだと思われてるんじゃないかとか、色々気になっていた気がする。でも、今はそういうのはないかな」
そう答えながら、紫苑は苦笑いした。
考えてみれば、異世界では、英雄扱いされたり、総司令を務めたり、本当に色々あった。
変化がない方がおかしいくらいかもしれない。
柚子胡椒は、ふうん、と、呟くと、少し照れたように笑った。
「なんか大人っぽくなった気がする。前よりカッコ良くなった」
ストレートな言葉に、紫苑は頭をポリポリと掻いた。
異世界で褒められるのの10倍くらい嬉しいし、10倍くらい照れる。
彼は、誤魔化すように咳払いすると、やや目を反らしながら言った。
「そろそろ映画館に移動しようか」
「うん」
寄り添うように歩き始める2人。
紫苑が言った。
「そういえば、俺、異世界で柚子胡椒にすごく助けられたんだ。ありがとうな」
「そうなの? 自覚ないけど、役に立てたんなら良かった」
「役に立てたなんてもんじゃないよ。柚子胡椒のお陰で、シャーロット王女の魔の手から逃れられたようなもんだよ」
「すごい! 私、知らないうちに大活躍だね!」
クスクスと楽しそうに笑う柚子胡椒。
そして、2人は自然に手をつなぐと、照れ合いながら映画館に向かって歩いていった。
完
もう2話ほど異世界の話があるのですが、話的には終わっていますので、ここで完結としたいと思います。
長い間お付き合い頂きありがとうございました。m(_ _)m
ここまでの長編を完結させるのは初めてなので、感無量です。
レビュー、コメント、ブックマーク、評価、誤字脱字報告。本当にありがとうございました。
最後まで走り切れたのは、皆様のお陰です。
今後ですが、書きたい短編(ヒューマンドラマ、異世界恋愛)が4本ほどあるので、それを書き書きしながら、また中長編チャレンジしてみたいと思います。
それでは、皆様。
またの機会に!
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